「次は何しましょうか、菊音さん」
「あ.....。ああ、じゃあ料理でもするか」
まさか私が将棋で負ける時が来るとは。
私はアイドルと同時にゲーム好きでもある。
単純なビデオゲームは勿論、将棋やオセロなどのパズルゲームも得意だ。
県でも有数の実力者だと自負している。
だが、そんな私でも負ける日が来るなんて。
驚きを隠せない。
こんな高性能の機会、なぜ私に渡したのか不思議だ。
「菊音さん、ぼーっと立ってどうしたんですか?」
「ああ.....ごめんごめん。ちょっと考え事をしてたよ」
なんだろう、私らしくないな。
こんな不思議な気持ちいつぶりだろうか。
言葉には言い表せない。
が、何とも心地よい。
全力で誰かと戦ったのは久しぶりだ。
まあ、それはそれとして。
今はキッチンに行って料理をするとするか。
特に意味はない。
が、私は料理を作ることが好きだ。
週に1回、両親がいないときにこっそり料理を作ったりする。
「PIPU。それじゃあキッチンに行くか」
「菊音さん、何を作るつもりですか?」
「うーん。無難にラーメンを作ろうと思う」
「ラーメンですか。良いですね!」
「.....ん?」
「どうしましたか、菊音さん?」
私、ラーメンを作るって自然と答えちゃった。
今までの私ならパンケーキとか女の子らしいものを作ろうとしていたのに。
どちらかというと、私はラーメンの方が好きだ。
だが、親にバレるということで香りがきつくないパンケーキを良く選ぶ。
ラーメンにするとニンニクの香りが部屋中を充満するからだ。
そんな香り、親は発狂ものだろう。
なのに、今日にいたってはラーメンを選ぶなんて。
「菊音さん、私は料理が苦手です。ですが、美味しく作れるよう頑張ります」
「あ、ああ.....。黒焦げにならないように頑張らないとね」
何だかさっきから不思議な気分になる。
この子といると、本当の自分をさらけ出したくなる。
「ふふっ.....」
「.....?どうしたんですか、菊音さん。もしかして、私の顔に何かついてたりしますか?私こう見えても美容には
力をかけてるんですよ」
「ロボットに水は危ないんじゃないの?」
「いいえ、そこは大丈夫です。私たちは普通の人間と同じような性能になるように作られていますから。
体の中は機械が入っていますが、皮膚は人間と同じように作られているんですよ」
なんだろう.....。
今までの私には冗談を言い合えるような仲の友達はいなかった。
相手を傷つけることを恐れて、相手を否定することなど出来なかった。
今思えば、それが私の本当の自分をさらけ出せない原因だったのだろう。
でも、PIPUといると自然と心を許せる。
「.....よし!それじゃあ、PIPU。鍋に水を入れて沸騰させて」
「はい!了解しました」
そこから、私たちの料理は始まった。
_________________________________________________________
「.....菊音さんは料理好きなのですか?」
「え?」
しばらくして
麺を煮て、野菜をいためている時PIPUがそう聞いて来た。
「ああ.....うん。私、料理が好きでさ。将来、ラーメン屋さんを作りたいと思っているんだよね」
「あ.....」
しまった.....。
もしかしたら、私は両親に監視されているかもしれないんだった。
両親に知れたら、顔に血が上りそうだ。
両親は私に自分の会社の経営を継がせたいと思っている。
早く発言を訂正しなければ。
「あ.....いや、冗談冗談。今のは冗談なんだよね。本当は会社の経営者になりたいんだよね」
「.....そうですか。私はどちらであろうと菊音さんの夢を応援します。ただ.....菊音さんは本当にい者になりたいのですか?
今の発言には菊音さんの本音が感じられませんでした」
「.....そ、そう?」
って言わないと、両親に怒られるかもしれないし.....。
うう、さっきからこの子私のことをじっと見つめているよ.....。
「.....」
ずっと見つめてくる。
もしかして、この子嘘だって疑ってるのかな。
もしそうなら早く本音に聞こえるように言わないと。
「はは.....。これは本心だよ、私の夢は.....」
早く言わないと、私の夢は会社経営だって。
言わないと.....。
「.....」
いいのか?
このままで。
また、私の気持ちは隠して優等生の私を演じて。
いいや、よくない。
せっかく出来た本音を言える友達だ。
私の夢は。
「私の.....」
「私の夢は.....ラーメン屋さん。美味しいラーメンを作って人々を笑顔にさせたい。それが、私の夢.....!」
「.....今のは本心ですね!とても素敵な夢です。」
ああ、言ってしまった。
本当の私をさらけ出してしまった。
でも、なんだか達成感を感じる。
PIPUの微笑んだ笑顔を見て、そう感じる。
ああ、言ってよかったと。
「PIPU?私の趣味も言っていい?」
「はい!菊音さんの趣味、聞きたいです。私に話してくれませんか?」
両親に怒られてもいい。
だけど、今日だけは、今日だけは。
「PIPU、私達.....」
「友達だね」
私の友達と語りあいたい。
「はい!菊音さんは私の大切な友達です!」
「うん.....!」
そこから、私たちは本音をぶつけ合った。
私の趣味、私の夢、私が気になっている人。
その日は生まれて初めて本当の私を出した。
「作れた.....!」
始めてから1時間かかったけど、なんとかラーメンを作ることが出来た。
塩ラーメンが完成した。
私はこってり系よりどちらかというとあっさり系が好きだ。
塩ラーメンなど簡単に作れるものだと思ってたが、思ったより時間がかかってしまった。
だけど、自分なりに満足した料理が作れてよかった。
「.....ちょっとだけなら」
その香ばしい香りに添えられた具材の数々。
我慢が出来ない。
少しだけなら、舐めてもいいよね。
ペロ
「!、おいしい.....」
一舐めしただけでこの美味しさ。
麺と絡めて啜ったら舌が痺れるだろうなあ。
ああ、でもまずは先に言わなきゃいけないことがあった。
「菊音さん、上手に出来ましたね!とっても美味しそうです」
「PIPU」
「はい!どうしましたか、菊音さん」
「今日は.....ありがとう。気持ちが軽くなった」
「私こそ、お礼を申し上げます。菊音さんと料理で来て楽しかったです!」
「それで.....今日のことは両親には黙っててね.....?」
「分かりました!」
気持ちは軽くなったとはいえ、両親は怖い。
この気持ちは.....高校を卒業するまで取っておこうと思う。
_________________________________________________________
「パパから人工知能PIPUを預かったって聞いたけど。菊音、今日はPIPUとどんなことをしたの?」
夕食の時間。
はあ、この時間が一番憂鬱だ。
一日したことを話さなくてはならないからだ。
少しでも期待にそぐわない形だとすぐに機嫌を悪くする。
しかも、証拠を付けないと疑ってくる。
が、今日は一日中PIPUと遊んだ。
将棋や料理やゲームなど。
なので、勉強していない。
こういう時のために前に余分に勉強をしておいてよかった。
「今日は.....数学の二次関数の問題をやっていたよ」
確か.....このノートだったけかな。
「.....」
.....、あ、あったあった。
数学ノートに書かれてある、二次関数の問題を解いた後。
日にちを今日の日付にこっそり書いて.....っと。
そして、見せる。
「あら.....今日は、、、書き込み量が少ないわね。こんな問題に苦戦していたの?」
「う.....うん」
「勘弁して頂戴ー。菊音は東大の理Ⅲに受けさせるつもりなんだから。家に通いながら、大学に行って、そして会社の経営に携わる.....はずだったわよね。こんな問題につまずいているようでは先が思いやられるわ」
?
何て言った、お母さん。
生きたい大学の話は私の好きなようにさせるって話で決まったのに。
またこの話を掘り返すつもりか。
「母さん.....その話は私の自由なようにさせる.....って話で決まったんじゃないの?」
「?、あらぁ.....そうだったかしら。.....待って、自由にさせるって『違う仕事に就く』ってことを言いたいの?」
「あ.....いや、そうは言ってなくて」
まずい。
ヒステリックが出始めた。
家では少しでもまずい所を見つけると.....。
「菊音?どういうことだ?私の会社を継いでくれるわけじゃないのか?」
普段、静かな父さんが絡んでくる。
ああ.....めんどくさい。
いつも思うけど、親との喧嘩にもう一つの親が絡んできて欲しくないんだけど。
こうなったら、2対1で私が負けるじゃん。
片方落ち着かせるだけでも大変なのに.....。
「菊音.....?なんでママの言う通りにしないの?」
「菊音!何か言いなさい!」
ああ.....うるさい。
少し黙れよ。
また、私が謝らなきゃ.....いけないじゃない。
「父さん、母さん、ごめん.....」
「いえ、菊音さんは謝ることはないですよ」
「何!?」
え、今の誰が行ったんだろう。
確か声の主の方向にはPIPUがいたはず。
え.....、今のPIPUが言ったの?
「私は菊音さんが不愉快を感じているように思います。今のは単純に両親の言い方が不味かったのだと思います。
なので、菊音さんは少し嫌な気持ちになり反抗してしまったと考えられます。健全な親子関係を紡いでいくには、互いが
納得する形に持っていく方が良いです。片方が一方的に相手を言い負かす関係はよろしくないです」
え.....。
嬉しい.....。
じゃなくて、PIPU今の発言は不味いんじゃ.....。
そんなこと言ったら、両親の顔がみるみる赤くなっていって。
「それもそうだな。PIPU、気づかせてくれてありがとう」
え?
父さんがPIPUの言ったことを肯定した?
あの自分が正義だと思っている父さんを改心させた?
「私も少し言い過ぎたわ」
母さんも父さんと同じ反応だ。
ヒステリー女が静かになった.....。
これは一体どういうことだろう。
「PIPU.....。ありがとう」
「どういたしまして!菊音さんは私の親友です。困ったときは私を頼ってください!」
狐につままれた気分だ。
両親が口を止めて、食べ始めたよ。
説教が数十秒で終わった。
.....。
まあ、別に気にすることでもないか。
これを機に両親が大人しくなってくれればいいな。
PIPUが来てから何ヶ月経っただろう。
あれから、私は学校では勉強をして、家に帰ったらPIPUと生活する。
アイドルの推し活生活は最初こそは禁止していた。
だが、禁断症状が出始めて深夜の時間帯にこっそり見ることにした。
でも後で考えれば勿体ないことしたなあって思う。
なぜなら、PIPUに監視システムは付いていなかったからだ。
PIPUと一緒にアイドルの配信を見た次の日に、両親は何も言ってこなかった。
通常運転であった。
今もPIPUと有名アイドルの配信を見ている所だ。
「きゃあーーーーーーーーー!!、仁ーーーーーーーーーー!!」
絶叫。
仁とは私が一番推すアイドルの名前だ。
今、動画でアップで映し出されて軽く興奮している所。
「もう!菊音さん、うるさいですよ。今深夜で両親が寝ているっていうことを忘れないでくださいね」
「ああ.....ごめんごめん。興奮が抑えきれなくて.....」
ああ.....この光景をどれだけ望んだのだろう。
学校でお嬢様たちと囲まれて、優雅に話をするようなものは望んでいない。
私が望むのはもっとお互いのことをさらけ出したような関係。
その関係をどれだけの間、望んでいたのだろう。
少し予想だにしない形でその望みは叶った。
そう.....親友とテレビを取り囲み画面の中にいる人に声援を送る。
同級生には見せられない姿だ。
だけど、私は満足している。
_________________________________________________________
「ああ.....面白かった」
配信はあっという間に終了した。
いつも、孤独を感じていた。
配信を見ている間の私は孤独で時間が進むのが遅く感じた。
自分がしたいことなのに早く終わって欲しいとさえ思っていた。
でも、今日の時間は濃密だった。
他の人と押しを語り合う、それだけでこんなにも充実した時間を迎えるなんて。
時間を忘れて、今日は配信の最後まで見てしまった。
今何時だろう。
「PIPU、今って何時.....?」
「今の時間帯は2時です!菊音さん熱中しすぎですよ、いくら明日が休日だとはいえ」
「少し.....はしゃぎすぎちゃったね。でも、PIPUも結構熱中してたよ」
「わ、私は別にアイドルが好きというより.....」
「え?」
PIPUが頬を赤らめて紅潮している。
どうしたのだろう、使い過ぎで機械だから少し調子が狂っちゃったのかな。
「PIPU.....顔が赤いよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。私は正常です!」
本当に大丈夫なのかな。
「.....でもちょっと疲れましたね。少し.....菊音さんの太ももで寝ていいですか?」
「いいよ!私、PIPUに無理しすぎちゃったね」
やっぱり、長時間の視聴はきつかったようだ。
PIPUはその姿勢を崩して、私の膝に頭を置く。
よっぽど疲れたようだ。
でも、この感情何だか痒いな。
前までは私に少し遠慮した対応だったのに。
今では私に体を預けるようになるなんて。
「菊音さん.....」
「うん?どうしたの、PIPU」
「菊音さんに話したいことがあります」
「え?なになに?何でも言っていいよ」
「それじゃあ、言いますね」
PIPUは何を言うのだろう。
こんな改まって。
先ほどまで寝ていた姿勢を起こして、私の顔を見つめて。
真剣なまなざしで私の目を真っすぐに見てる.....。
「菊音さん」
「はい!」
「私は.....菊音さんのことが好きになったようです」
「へ.....?」
AIの恋愛。
どうやら、私は新たな道を開拓してしまったようだ。
「私.....菊音さんのことが好きになったみたい」
「PIPU.....」
聞き間違いだろうか。
今、PIPUが好きと言った気がする。
PIPUは人工知能AI。
AIはどこまでいこうと感情は無く、パターン化された会話を言っているだけだと習った記憶がある。
AIが人を好きになる?
一体、どういう.....
「PIPU、好きって恋愛的な意味で?」
「はい!私ことPIPUは人工知能AIで感情がありません。ですが、そんな私でも体の隅々に菊音さんが好きだということが
染みていきます。私は、菊音さんに恋をしてしまったようです」
「PIPU.....」
どうしよう。
PIPUは親友としては見ているけど、恋愛としては見ていないかな。
大体、PIPUは女の子だし.....。
でも.....。
「PIPU!!」
「きっ.....菊音さん!」
ああ、PIPUを抱きしめていると心地よい気分になってくる。
機械でも体が柔らかい、フワフワしてる。
PIPUのことは恋愛の対象としては見ていない。
でも.....案外付き合うのもアリなのかもしれない。
今まではただの親友として見ていた。
だけど、こう改めて意識してみるとPIPUは私のドストライクゾーンぴったりだった。
潤んだ瞳、柔らかく長い髪、か弱そうな体、白人のように白い肌。
PIPUはアニメにいそうなお嬢様であった。
今は庶民の服を着ているが、それでも高尚な雰囲気は消えていない。
ああ.....こういう子を見ているといじめたくなってくる。
体中の色々な所を触って、可愛らしい顔を涙で汚したくなる。
「PIPU.....私達.....付き合ってみる?」
咄嗟にそう口に出してしまった。
でも、後戻りはしない。
「い、いいんですか!?」
「うん。PIPUのことは.....好きっていう訳じゃないけど、親友以上の者として捉えてる。だから.....PIPUと付き合うのも
アリかなって.....」
「あ、ありがとう.....!」
その可愛らしい笑顔。
癒される。
「そ、それじゃあ。菊音さん、これからよろしk________________」
「え.....?PIPU?」
え?
PIPU?
今、PIPUが音を立てずに動かなくなった。
これからよろしく。
そう言いかける前に会話が途切れて、頭を項垂れた。
そして、電池が切れたかのように動かなくなった。
「PIPU?」
電池切れ?
いや、電池メーターは満タンの表示になっている。
じゃあ、故障?
とりあえず、一旦父さんに聞いて見なきゃ。
ガチャ
「菊音、よくやった。でかした、さすが私の娘だ」
「あっ!」
父さんが私の部屋の扉を開けて、中に入ってきた。
行く手間が省けた。
治してもらわなきゃ。
「父さん、PIPUが動かなくなったんだけど」
「ああ.....。それは、私が止めたからな」
「え.....」
「とりあえず実験、第一段階終了と言ったところか。まさか、たった1ヶ月そこらでフェーズが次の段階に入るとは。
流石は私の娘だな。PIPUに感情を入れるなんて」
「父さん、それはどういう.....」
実験?第一段階?感情?
どういうことだ?
父さんは私を学習目的でPIPUを与えたんじゃなかったのか。
「菊音、PIPUはな.....我が国が極秘に開発した軍事用ロボットなんだ。高い知能に計算能力、そして持続能力。
人工知能AIは高いパフォーマンスを持つ。だが、欠点が見られた。それは感情がないことだ。人間のように自発的に
動いてくれて、そして文句を言わない兵士。それを我が国は求めている」
「だが、科学者たちの力を合わせてもAIに感情を入れることが出来なかった。そんな時、我が家に白羽の矢が立った。
菊音にPIPUを与えた理由は.....私の仕事のためだったのだよ。おかげで出世にとても役立った。礼を言う」
「あ.....あ.....」
言葉が出ない。
「今までの行いはずっと監視してた。いつ、感情を芽生えさせてくれるか。途中、お前の行いに腹を立てるところはあった。
でも、それは今日で全部水に流してやろう。そして、報奨をやろう。金を実績をそして私の会社を」
「父.....さん.....」
「うん?」
「PIPUは.....私に預けてくれますよね」
「いや、PIPUだけは渡せん。これはこの後、開発室で解析する予定だ。そして、最強の兵士を生産する。
これで、我が国の安泰は決まったも同然だ」
「.....」
「私はPIPUと共に研究室へ向かうとする。菊音は自由にしてて良い」
「東三七 菊音。あなたは我が国の大規模な事業に参加し、見事に結果を残しました。ここに表彰します」
パチパチパチパチパチ
今までで一番最悪な表彰だ。
今まで、幾度となく私は表彰されてきた。
だが、こんなに心に響いてこない表情など初めてだ。
私の心はこんなにも暗く沈んでいる。
だが、周りの人たちはそんなものなど知らず拍手をしている。
父親に上手く扇動されている。
その拍手が声援が憧れが視線がより私の心を暗く沈ませる。
本当にこれで良いんだろうか。
表彰式はいつもより長く感じた。
「凄いですね、菊音さん」
「国から表彰されたって.....すごいしか言葉がないよ」
「さすが、私たちの生徒会長ですね!」
「私女子だけど、菊音さん好きになりそう.....」
鬱陶しい。
あなた達のその無邪気な気持ちが私を苦しませる。
彼らは事情を知らない。
聞かせられてるのは私が大きな成功を収めたということ。
いや、AIに新たな可能性を見いだしたというところまでは聞かせられている。
ただ、そこだけだ。
都合のいい部分だけ切り取られ、重要な部分は知らない。
__でも、機械だから良いんじゃんない?
喝采に釣られて、一瞬そう思ってしまった。
だが、それは違う。
私が一番許せないのは.....機械を無惨に使ったことでもなく、周りの人たちに嘘を吹聴したわけでもない。
一番許せないのは、私の心を弄んだことだ。
PIPUは私の親友だった。
たった一人の親友であり家族であり.....。
「流石ね菊音さん」
「憧れちゃうわ」
うるさいな。
本当にうるさい。
彼らは悪くないとは分かっていても、怒りがどんどん増幅していく。
うるさい。
うるさいうるさいうるさい。
うざい。
「うるさい!!」
「え.....?」
や、やばっ。
つい口に出ちゃった。
どうしよう、場が一気に静まり返ってる。
「あ.....な、なんでもない.....」
「っ.....!」
駄目だ。
教室に居られない。
静かな圧が、悲しみが私を襲う。
ひとまず、家に帰ろう。
_________________________________________________________
「.....PIPU」
私は学校から抜け出し、家に帰った。
両親に知られたら怒られるだろうな。
いや、怒られないか。
彼らが好きなのは私じゃなくて、私の役職なのだから。
AIに感情を付けるという大事業を成し遂げたのだ、少し間は私ことを大目に見てくれるだろう。
勉強をしなくても、夜更かししても、ゲームをしても.....。
私には自由が与えられた。
でも、こんな自由は望んでいなかった。
私は.....何をやっても心が満たされないだろう。
PIPUがいないと、全てがつまらなく感じる。
私は、いつの間にかPIPUに依存していたようだ。
「はは.....PIPU、会いたいよお.....」
PIPUは今、研究所にいるだろう。
どこかの研究所に開発をされているだろう。
研究所.....。
一つ心当たりがある。
父が家庭の中で何度と出した研究所が。
父が私を放り出して、何度と入り浸っていた研究所が。
もしかしたら、そこに.....PIPUがいるかもしれない。
「いくか.....」
生き方は知っている。
極秘ではあるが、少し前に父の部屋のパソコンでその研究所をこっそり見たのだ。
場所は確か、ここから少し離れた場所にある。
「.....よし」
行くか、研究所へ。
ガタ
ガタ
ガタ
小刻みに揺れている。
振動が心地よい。
今の私の辛い気持ちを癒してくれる。
一人で考えるにはちょうどいい空間だ。
周りに人がいる所が玉に瑕だが。
私は今、電車に乗っている。
電車に乗ること自体、初めてではないが。
私の意志で電車に乗ったことは初めてだ。
今までは両親から命令されて物事を決めていた。
だけど、今日は両親の意志に逆らって電車に乗った。
窓から次々と景色が変わる。
町、都会、田舎。
森、川、平野。
光景が入れ替わっていく。
「.....」
「就職するなら株式東開発会社!!」
「今話題の人工知能AIに携われることができます。平均年収は1000万円。就職するなら東開発会社!」
CMか。
どういう因果かは知らないが、電車の中で私の父が経営している会社が宣伝された。
東開発会社.....。
何度も何度も、耳にタコができるくらい聞いた会社名だ。
父が私に継がせたかっていた会社。
表では父の会社は評判がいいらしい。
乗客たちの目線が一斉に広告に向かう。
「ご覧ください。東開発会社のAIを。このAIはPIPUと言い、感情を持っているそうです」
え.....。
聞き間違いじゃないのか?
今、PIPUって声が聞こえた気がするが。
「!」
いや、聞き間違いじゃなかった。
皆の目線の先には、ある動画があった。
一見、人間が車や金属など様々なものを破壊している動画。
だが、それは人間ではない、AIだ。
見ただけで分かった、それがPIPUであることに。
だが、私の知っているPIPUではない。
冷徹で恐ろしい。
その動作一つ一つには感情がこもっている。
が、凍えるような雰囲気を醸し出している。
その動画に映っているのは正直で明るいPIPUではない。
言い表すなら殺戮兵器。
ここまでなるのにどれだけ開発されたのか。
「っ.....!」
見てられない。
早く、研究所に行きたい。
入れるかは分かんない。
だが、やってみるしかない。
PIPUに会って、そして家に帰るんだ。
そして、アイドルの配信を見る。
それが、私の目的。
「.....あった」
PIPU.....を見つけた。
やっぱりこの研究所にあったんだ。
父の極秘の研究所にあると踏んで、侵入してみたところ。
案の定、正解だった。
電車を降りて、山を登り、隠れるように草木の先に立っているのがこの研究所。
バレないつもりなのか、その研究所には4~5人くらいしか出入りしていなかった。
人の目を盗み、私は研究所へ入った。
そして.....PIPUを見つけた。
入ってから直ぐに左の部屋にてPIPUは立っていた。
「はあ.....はあ.....」
鼓動が止まらない。
部屋には誰もいなく、入るには絶好のチャンスだが。
その部屋にいるのはPIPUだったが、PIPUのようではなかったからだ。
雰囲気が全然違う。
今は冷徹な人間という感じだ。
「.....やるか」
でも、入るしかない。
私の記憶を消されているかもしれない。
だけど、私はPIPUと会いたい。
「今、会いに行くよ。PIPU」
ガチャ
「PIPU!!」
やっぱり、PIPUだ。
ドアを開けた先にいたのは、私の親友PIPUだ。
その可憐な姿は私の知っている姿であった。
だが、冷酷な表情を浮かべている。
今までは私を見つけたら笑顔で寄ってきた。
だけど、今相対してみてもPIPUはこちらを呆然と見つめるばかり。
「PIPU!私だよ、菊音だよ」
「.....」
あれ.....反応がない。
無言だ。
いや、違う。
無反応ではない。
私に向けられる視線、それは明らかな敵視であった。
「誰ですか?この研究所の方の関係者の方ですか?マイナンバーを見せてください」
警戒がどんどん強くなっている感じがする。
「あ.....いや、関係者って訳じゃないけど。でも、この研究所の所長の娘なんだ」
「娘.....?」
「東三七 菊音っていう名前なの」
「菊.....音.....?____知らない」
知らない。
そうは言いつつも、PIPUは頭を抱えてる。
苦しそう。
多分、これ私の名前を出したからだよね。
このまま、話していいんだろうか。
いや、私は今日PIPUを助けに来たんだ。
話そう、私が親友だったことを。
そして、その後は二人で一緒に家に帰ろう。
「私は.....あなたの親友、東三七 菊音。あなたを助けに来たよ」
「え.....」
「覚えてる?二人で料理したよね。二人でアイドルの配信を見たよね。PIPUは忘れてるかもしれないけど、私は覚えてる。
最後にあった日にPIPU、私に告白してくれたよね。私嬉しかった」
「もう一度二人でやり直そう。二人で家に帰ろう」
「そして.....私の.....」
パチン!
今、PIPUに叩かれた。
それも思いっ切り。
「私、あなたのこと知らない」
「.....!」
「侵入者は排除する。それが私の仕事.....」
「菊音という方はご存じありません。今は主人からこの研究所の中身を外に持ち込むなという命令が出ています」
「そんな.....」
もう、私の知っているPIPUに戻すことは難しいのかな。
その冷徹な言葉を聞いてそう私は思った。
「無関係者は.....排除します!」
シュンッ
「いっ.....!」
い、痛い.....。
今、腰に常備されてた包丁を取り出して私を斬りかかってきた!
反射神経で避けたが、手の皮が切れた。
もう、PIPUの心は以前の姿じゃない。
感情はある。
だけど、その姿は言いつけられた命令を淡々とこなす無機質な人間だ。
「や、やばっ.....」
そして、今この場において私は処刑する対象。
に、逃げなきゃ。
「うわあああああああああああああ!!!!!」
「侵入者は逃がしません」
ど、どうしよう。
PIPUと会えたのに、私PIPUを避けてる。
でも、今立ち止まったら殺されるし。
「逃がさない!」
「っ.....!」
あ.....。
その言葉を聞いて、何かこみあげてくるものがある。
今まで親友だと思っていた人から殺しにかかるなんて、こんな悲しいことはあるのかな。
でも.....どうせこれ以上生きていた所で楽しいことなんてあるのだろうか。
私が唯一気が許せると思っていた人はもういなくなった。
なら、後は.....両親の思い通りに使われる未来が残っている。
それなら.....今立ち止まって死んだほうがいいのかもしれない。
どうせ、人間は最後には死ぬ。
なら、最後は好きな人を見て死にたい。
「いいよ.....。私の命あげる」
大丈夫。
痛みは一瞬、後はこの世界からおさらばできる。
「PIPU.....最後に見るのが、、あなたでよかった」
「うん.....?」
痛みを感じない。
なんで?
「菊音.....さん!こんな所で何してるの.....?」
「え.....」
死んだと思った。
だが、痛みを感じなかった。
不思議に思って目を開けた。
その先に広がっていたのは同級生が私を囲む景色であった。
「なんで.....」
「電車で偶然会長を見かけてついてきたんだけど。刺されそうになってる様子が見えて、居ても立っても居られなくて
駆けつけてきたの」
「あ.....」
後ろには同級生たちによって取り押さえられているPIPUの姿があった。
「表彰式の後、菊音さん私たちに向かって『うるさい』って言ったよね。最初は困惑したけど、でもそれも何か事情が
あってのことよね」
「俺たち、会長に重荷を負わせてたかもしれないな.....」
「会長の気持ちに気付いてあげれなくて、ごめん.....」
「みんな.....」
私は一人だと思っていた。
頼れる人は自分だけだと思っていた。
だけど、それは違った。
私は一人じゃない。
私は勘違いしていたのかもしれない。
一人で背負いすぎていたのかもしれない。
今なら言える。
私の気持ち。
「私のこと、話してもいい.....?」
「うん!」
「俺らのことを頼ってくれ」
「私たちは仲間なんだから」
「じゃあ.....話すね。私、なりたいものがあるんだ______」
「.....」
話した.....。
全部。
私の将来の夢、両親のこと、PIPUとの生活、父の目的、この研究所の意図。
全て話した。
こんなにスッキリした気持ちになったのはいつぶりだろう。
「それじゃあ、あのCMでよく出てくるロボットっていうのは.....」
「私の親友なの」
「酷い.....」
「人間のやることじゃない.....」
こんなに気分が晴れやかになったのは何年ぶりだろう。
プルルルルルルルルル
うん.....?
この音の正体は一体何だろう。
通知とも違う、この独特な。
気分を不快にさせるような、耳に残るようなこの音は。
しかも、一つの機会から鳴っているわけではない。
全員が持っているスマホからその音が鳴っている。
「皆、スマホをひらいて!」
【緊急通知】
我々日本国は感情を持つ軍事ロボット、NAMBERを完成しました。
これより、今から日本国は全ての国に対して宣戦布告します。
軍事ロボットを使い各国に侵略します。
国会は死にました。
これより、我々統制党が仕切る独裁国家へと生まれ変わります。
日本国民の皆さんは速やかに県の指示に従ってください。
「なにこれ.....」
これは一体。
スマホの画面を見たら、こんな通知が流れてきた。
フェイクだと疑いたくなるような内容の。
だが、その発信元が正式な政府のアカウントだと気付いたときは事の重大さがようやく理解できた。
「皆、ニュースや動画サイト見て。大変なことになってる!」
ニュースの一番は『我が国、他国に宣戦布告』という記事が。
動画サイトでは政府が他国へ侵略する旨を伝えている。
今、何がどうなってるんだ.....。
「ギギギギギ.....。主人よりA地点へ集合という命令を承りました。今から、速やかに移動します」
まずい。
急にPIPUが動き始めた。
今すぐに何とかしないと、PIPUはどこかへ行ってしまいそうだ。
十人がかりで押さえつけているのに、PIPUは押し返している。
「会長!どうしましょう、急にPIPUが動き始めてます!」
「落ち着いて!」
軍事ロボットはPIPUがベースになっている。
だから、PIPUの洗脳を解けば.....ロボットの暴走を止められるかもしれない。
私たちで戦争を止められるかもしれない。
PIPUの洗脳を解くには。
一つだけ方法がある。
それは、私一人だけではできない。
皆の力が必要だ。
以前の私なら逃げだしていたかもしれない。
自分で抱え込んでいたかもしれない。
だけど、今は違う。
私には頼れる仲間がいる。
「皆.....今度は私が皆を頼ってもいい」
「勿論!」
「.....!」
「俺らをは仲間だ。だから、会長は仲間に頼ってください」
「ありがとう.....」
「じゃあ、半数は町の人たちにロボットの事実を伝えて。残りの半数はここに残って.....私を手伝って欲しい」
「お願いできる.....?」
「はい!」
「ありがとう!」