AIに感情を入れてみようと思う

どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。

毎日、同じ景色を見る。

玄関をくぐり、人々の目線が私に集まる。
男子も女子も関係ない、羨望そして憧れの目が私に向けられる。

席に着けば、自然と私の周りに人が集まってくる。

テストを受ければ、必ず学年順位の1位の席を私が座る。

スポーツをさせれば、毎回私が活躍する。

そう、私は優等生。
傍から見れば羨ましいと感じるだろう。
何をしても成功する、その才能。
何をしなくても集まる、その美貌。

羨ましいと思うだろう。
事実、私は天才だの美人だのもてはやされてるだろう。

だが、私はそうは思わない。
私はロボットだ。
自分の意志がない。

他人から見れば十分成功した人生なのに。
何か足りないのだ。
両親から支配された自分。
それは果たして本当の自分と言えるのだろうか。

いつもいつも偽りの自分を見て心の中で反吐を吐いている。

.....ああ、私の人生は一生こんな物か。

そう考え始めていた。
そんな私を本当の自分にさせたのはある人のおかげだった。
いや、人ではない。

高校3年の夏、私の人生はそこから転機を迎える。

始まりは父のその一言であった。

「菊音.....、ロボットに興味はないか?」

その一言から始まった。

これは私とAIとの物語。
ここは筑波峰高校。
伝統ある偏差値75の進学校。
私の前に堂々とその高校は立っていた。
コンクリートが黄ばみ、鉄骨が黒ずんで錆びている。

その様子はまるで還暦を迎えた老人のようだ。
だが、その立ち振る舞いは何百年生きてきた歴戦の兵士。

その高校の豪華な校門を生徒たちが歩いていく。
その上品な振る舞い、裕福な家庭に生まれたのだと分かる。

気高くそして美しく。
だが、その足跡の前を覗いてみれば何百人の倒れた後がある。
何倍もの倍率の受験戦争を勝ち抜いた者達。

まさにエリート達。

そして、その選ばれた者の中でも私は頂点に位置する。

「.....はあ」

毎回毎回その大きすぎる高校の様子にため息を吐かされる。


「菊音さん、おはようございます!」

「ええ、おはよう。」

「今日も見事な立ち姿ですね、菊音さん。私、菊音さんがこの高校の生徒会長で良かったって思ってる。」

そうその女の子はニコッと笑ってみせた。

「あっ!菊音さんだわ。」

「今日も大変美しい.....。」

「さすが我が校が誇る生徒会長だわ!」

ああ.....。
校門を潜り抜けたら、いつものようにそう尊敬の眼差しが向けられる。

その眼差しを見るたびに私は責任という名の重さを感じる。

そんな、私は褒められた人間ではない。


私の名前は東三七 菊音。
筑波峰高校に通う、高校3年生。

自分で言うの何だが、学年で1番の学力順位を持っている。
学業だけが取り柄ではない、運動も完璧に出来る。

スポーツをやらせれば私は毎回無双できる。
テストを受ければ、毎回上位に入れる。
もう今となっては1位以外拝んだことがない。

そして、他にも私は美貌を持っている。
街を歩けば、人々は皆我を忘れて私に目がいく。

少々勘違いするような発言をしてしまったが、これは自慢ではない。
事実である。
私が今深刻に悩む事実。

傍から見れば私は優等生に見えるだろう。

だが、私は自分を誇りに思うことはない。

「菊音さん.....。そのキーホールダーって.....。」

「あっ!こっ、これは兄が持ってたもので。」

そう私は鞄にかけてあったキーホールダーを隠した。

__危ない危ない、危うく私がオタクだとバレる所だった。

私は外では優等生のようにふるまっている。
だが、家では生粋のオタクになるのだ。

私は家である有名な男性アイドルを推している。

家に帰ったら勉強をする。
いや、勉強をしないと親に怒られる。
私の親は厳しい。
自分が望むとおりにやらないと、すぐに不機嫌になる。

だから.....両親の前では完璧な自分にならなきゃいけない。

だが、12時を過ぎた辺りからそこは私の時間だ。
ペンライトとうちわを持って、ハチマキを付けて、有名アイドルのコンサートを見る。
こんな姿、同級生はおろか両親には絶対には見せれない。

学校の校門をくぐり、生徒から憧れの視線を向けられる。
私の周りにはすぐに人が集まってくる。
そして、私を聖人・優等生のかのように扱う。

だが、そこでいつも私は思う。

今、讃えられているのは本当に自分なのか。

両親が作り出した、理想の誰かなどではないか。
そこにいるのは虚の私。

だが、本当の私をさらけ出したら周りはどう思うか。
恐ろしくて本当の私を出すことが出来ない。

そして、いつも思う。

__何でも言える友達が欲しいな





だが、私の願いは予想だにしない形で今日叶った。

人間の知能を持ったAI、通称「PIPU」

人間ではない。
だが、高い知能を持ち豊富な感情を持った.....ロボット。

私の人生はそこから変わった。
「菊音.....AIについて興味はないか?」

「え?」

その日はいつものように過ごした。
学校で真剣に授業を聞き、友達と昼食を食べて、そして生徒会の仕事をする。
そう.....いつものように学校で優等生の私を演じていた。

そして、家に帰って玄関を開けるなり父は矢継ぎ早に私にそう聞いた。

いつもは帰ったら私に学校でやったことを聞いてくるはずなのに。
私が受けた評価だけしか興味がないはずなのに。

父はいつものように平静を装うことはなく、ニコニコと笑っている。
それは本心であり、息遣いやしぐさから興奮が抑えきれないことが分かる。

父をとりこにするそのAIというもの、少し気になった。

「父さん、AIとはどういうことですか?新しい習い事ですか?」

だが、自ずと次に出てくる言葉は予想できる。
私が演じる優等生を語りだすだろう。
案の定、父は自分の理想を恍惚とした表情で語りだした。

「菊音はこの前テストで学年1位を取ったそうだな」

「はい」

「だが、そんなことで浮かれているようでは困る。1位とは当たり前の状態であり、誇るべきことではないからだ。
菊音にはまだ完璧には届かない。そこで、私はある物に目を付けた。それは菊音をより高みへと昇らせてくれるであろう」

完璧、高み.....。
父は言葉巧みに私を扇動し、自分の都合のいいように持ってくる。
どうせ、仕事の案件だろう。

だが、ここで反論すれば何を言われるか分からない。
いつものように『YES』と返事するとするか。

「それで、その目を付けたものとは何でしょう」

「それはだな.....菊音の部屋にもう置いてある。今日は勉強を1時間抜いて、それに触れてみろ」

「はい」

そうして、父は私の部屋へと歩いていった。
長い長い廊下の末に私の部屋はある。

私の家は金持ちだ。
日本でも指折りの富豪の家だ。

高級住宅街のなかでも一層目立つ私の家。
少し上った山のふもとに私の家は建っている。
周りは林や木で囲まれていて、庭には教室ほどの池がある。

風が木々を通り抜けるその音が心地よい。
その中心に立つ家の玄関をくぐると、そこは映画にあるような西洋風の家。

長い廊下に広い部屋、豪華な花瓶によく分からない絵画。

それらは両親の努力の成果だろう。
蛙の子は蛙か.....。
だけど、私は普通の家に生まれたかった。

普通の家に生まれて、自由に暮らし、友達と馬鹿をする。

空想の物語。

父はそんな私の気持ちなど知らないだろう。
私は両親に従順な犬だと思っているらしい。
事実だが。

ガチャ

「人工知能AI、通称PIPUだ」

そう言って父は私の部屋の扉を開けた。

「.....起動」

部屋の中心にある人間。
非常に精巧に作られた人間。
長髪の髪をなびかせて、可愛らしいスカートをはいたそのロボットは私の顔を見るなり急に動き出した。

「.....菊音さん、よろしくお願いします」

そのロボットは低音のよく響く中性の声を響かせた。

__非常によくできている、人間だと言われれば信じるだろう。

そう思い、私はそのロボットをじろじろと見る。

その女の子の見た目をしたロボットは臆することなく、私に言った

「初めまして、PIPUと申します。私は人間ではなく人工知能です。ですが、菊音さんと一緒に暮らすことを楽しみに
思っている自分がいます」

「え.....?」

暮らす.....?
一瞬戸惑った。

__一体この子は何を言っているのだろう。

困惑している私を察して、父は私に言った。

「菊音、今日からこのロボットと暮らしてもらうことになる。仲良くするんだぞ」

「え.....」

__そんな、私の唯一の夜の楽しみが
「父さん、今なんと言って.....」

今、父はよく分からないことを言った気がする。
私の気のせいだと信じたい。

「ああ、PIPUと一緒に暮らしてほしいと言った。学校に行っている時間は仕方ない。が、それ以外の家にいる時間帯は
片時も離すことなく、PIPUと一緒にいてもらう。分かったか?」

「あ.....。は、はい」

ああ、YESと答えてしまった。
いや、それしか選択肢が無かったが.....。

ここで私にとっての一番の不都合は、『私のプライベート時間が消える』ことだ。
父のことだ、そのAIに監視目的でもカメラを搭載している可能性がある。
もし、そうだとしたら私の推し活が泡として消える。

父は私の反応に満足そうに答えていた。
当の私ときたら、内心汗ダラダラな状態だが。

「私はまだ仕事が残っているから、後はこの部屋で過ごしておくように」

そう父は言うと、部屋を後にしてドアを閉めた。
残るは私と.....人工知能AI。

「あの.....PIPUさん?」

「はい。菊音さん、少しの間よろしくお願いします」

そう透き通った声でPIPUは答えた。
父はこの部屋を後にした、つまりこのAIに質問するとしたら今しかない。

「PIPUさん、私の質問に答えてもらっていいですか?」

「はい、どうぞ。私は菊音さんと会話ができることを嬉しく思います」

「それじゃあ早速だけど、PIPUにはカメラが搭載していたりしない?私を監視する目的で作られているんじゃないの?」

直球で私はPIPUに聞く

「いいえ、それについては答えることが出来ません。私の思考・会話パターンはあなたの父親によって制限されています」

ああ.....なるほど。
搭載されているのね。
わざわざ隠すということは.....そういうことか。

「すみません、ご期待に添える形ではないことに」

「別にいいよ。それより久しぶりに与えられた自由時間だ。将棋でもして遊ぼう」

はあ.....まあ別に良いか。
そんなことより、今は将棋でもして遊ぶか。
正直言ってこのAIがどれだけの知能を有しているのか非常に気になる。

ま、どうせそこまでは強くないでしょう。
もし、高い知能を有しているのなら私に渡すわけないしね。

「将棋ですか.....。私は苦手なイメージがあります。ですが.....」

「全力で打たせていただきます」

「望むところ」

軽い気持ちで私は将棋を始めた

_________________________________________________________

「.....っ!!」

将棋を始めてから10分後、白黒決まった。
その結果は散々たるものだった。
結果は惨敗。
こめかみが動いているのが分かる。

「な.....なんで?」

「私の勝ちですね。機械の私でも嬉しいという気持ちが体の隅々まで響き渡っています」

最初こそは優勢だった。
私がAIを圧倒していた。
打つ手打つ手が悪手で、簡単に裏を取れた。

だが、中盤に差し掛かってからの成長は目覚ましかった。

私の思考を読み、嫌がらせを繰り返す。
いや、読むことは不可能だが。
そう思わせるほど一手一手が重かった。

「菊音さん、対戦ありがとうございます」

人工知能AI,通称PIPU。
もしかしたら、これはとんでもない力を秘めているんじゃないか。
どんどん感情が豊かになってくるAIを見て私はそう感じた。
「次は何しましょうか、菊音さん」

「あ.....。ああ、じゃあ料理でもするか」

まさか私が将棋で負ける時が来るとは。
私はアイドルと同時にゲーム好きでもある。
単純なビデオゲームは勿論、将棋やオセロなどのパズルゲームも得意だ。

県でも有数の実力者だと自負している。
だが、そんな私でも負ける日が来るなんて。
驚きを隠せない。
こんな高性能の機会、なぜ私に渡したのか不思議だ。

「菊音さん、ぼーっと立ってどうしたんですか?」

「ああ.....ごめんごめん。ちょっと考え事をしてたよ」

なんだろう、私らしくないな。
こんな不思議な気持ちいつぶりだろうか。
言葉には言い表せない。
が、何とも心地よい。

全力で誰かと戦ったのは久しぶりだ。

まあ、それはそれとして。
今はキッチンに行って料理をするとするか。

特に意味はない。
が、私は料理を作ることが好きだ。

週に1回、両親がいないときにこっそり料理を作ったりする。

「PIPU。それじゃあキッチンに行くか」



「菊音さん、何を作るつもりですか?」

「うーん。無難にラーメンを作ろうと思う」

「ラーメンですか。良いですね!」

「.....ん?」

「どうしましたか、菊音さん?」

私、ラーメンを作るって自然と答えちゃった。
今までの私ならパンケーキとか女の子らしいものを作ろうとしていたのに。

どちらかというと、私はラーメンの方が好きだ。
だが、親にバレるということで香りがきつくないパンケーキを良く選ぶ。
ラーメンにするとニンニクの香りが部屋中を充満するからだ。
そんな香り、親は発狂ものだろう。

なのに、今日にいたってはラーメンを選ぶなんて。

「菊音さん、私は料理が苦手です。ですが、美味しく作れるよう頑張ります」

「あ、ああ.....。黒焦げにならないように頑張らないとね」

何だかさっきから不思議な気分になる。
この子といると、本当の自分をさらけ出したくなる。

「ふふっ.....」

「.....?どうしたんですか、菊音さん。もしかして、私の顔に何かついてたりしますか?私こう見えても美容には
力をかけてるんですよ」

「ロボットに水は危ないんじゃないの?」

「いいえ、そこは大丈夫です。私たちは普通の人間と同じような性能になるように作られていますから。
体の中は機械が入っていますが、皮膚は人間と同じように作られているんですよ」

なんだろう.....。

今までの私には冗談を言い合えるような仲の友達はいなかった。
相手を傷つけることを恐れて、相手を否定することなど出来なかった。

今思えば、それが私の本当の自分をさらけ出せない原因だったのだろう。

でも、PIPUといると自然と心を許せる。

「.....よし!それじゃあ、PIPU。鍋に水を入れて沸騰させて」

「はい!了解しました」

そこから、私たちの料理は始まった。

_________________________________________________________

「.....菊音さんは料理好きなのですか?」

「え?」

しばらくして
麺を煮て、野菜をいためている時PIPUがそう聞いて来た。

「ああ.....うん。私、料理が好きでさ。将来、ラーメン屋さんを作りたいと思っているんだよね」

「あ.....」

しまった.....。
もしかしたら、私は両親に監視されているかもしれないんだった。
両親に知れたら、顔に血が上りそうだ。

両親は私に自分の会社の経営を継がせたいと思っている。
早く発言を訂正しなければ。

「あ.....いや、冗談冗談。今のは冗談なんだよね。本当は会社の経営者になりたいんだよね」

「.....そうですか。私はどちらであろうと菊音さんの夢を応援します。ただ.....菊音さんは本当にい者になりたいのですか?
今の発言には菊音さんの本音が感じられませんでした」

「.....そ、そう?」

って言わないと、両親に怒られるかもしれないし.....。

うう、さっきからこの子私のことをじっと見つめているよ.....。

「.....」

ずっと見つめてくる。
もしかして、この子嘘だって疑ってるのかな。

もしそうなら早く本音に聞こえるように言わないと。

「はは.....。これは本心だよ、私の夢は.....」

早く言わないと、私の夢は会社経営だって。
言わないと.....。

「.....」

いいのか?
このままで。
また、私の気持ちは隠して優等生の私を演じて。

いいや、よくない。
せっかく出来た本音を言える友達だ。

私の夢は。

「私の.....」

「私の夢は.....ラーメン屋さん。美味しいラーメンを作って人々を笑顔にさせたい。それが、私の夢.....!」

「.....今のは本心ですね!とても素敵な夢です。」

ああ、言ってしまった。
本当の私をさらけ出してしまった。
でも、なんだか達成感を感じる。

PIPUの微笑んだ笑顔を見て、そう感じる。
ああ、言ってよかったと。

「PIPU?私の趣味も言っていい?」

「はい!菊音さんの趣味、聞きたいです。私に話してくれませんか?」

両親に怒られてもいい。
だけど、今日だけは、今日だけは。

「PIPU、私達.....」

「友達だね」

私の友達と語りあいたい。

「はい!菊音さんは私の大切な友達です!」

「うん.....!」

そこから、私たちは本音をぶつけ合った。
私の趣味、私の夢、私が気になっている人。

その日は生まれて初めて本当の私を出した。
「作れた.....!」

始めてから1時間かかったけど、なんとかラーメンを作ることが出来た。
塩ラーメンが完成した。
私はこってり系よりどちらかというとあっさり系が好きだ。

塩ラーメンなど簡単に作れるものだと思ってたが、思ったより時間がかかってしまった。
だけど、自分なりに満足した料理が作れてよかった。

「.....ちょっとだけなら」

その香ばしい香りに添えられた具材の数々。
我慢が出来ない。
少しだけなら、舐めてもいいよね。

ペロ

「!、おいしい.....」

一舐めしただけでこの美味しさ。
麺と絡めて啜ったら舌が痺れるだろうなあ。

ああ、でもまずは先に言わなきゃいけないことがあった。

「菊音さん、上手に出来ましたね!とっても美味しそうです」

「PIPU」

「はい!どうしましたか、菊音さん」

「今日は.....ありがとう。気持ちが軽くなった」

「私こそ、お礼を申し上げます。菊音さんと料理で来て楽しかったです!」

「それで.....今日のことは両親には黙っててね.....?」

「分かりました!」

気持ちは軽くなったとはいえ、両親は怖い。
この気持ちは.....高校を卒業するまで取っておこうと思う。

_________________________________________________________

「パパから人工知能PIPUを預かったって聞いたけど。菊音、今日はPIPUとどんなことをしたの?」

夕食の時間。
はあ、この時間が一番憂鬱だ。
一日したことを話さなくてはならないからだ。

少しでも期待にそぐわない形だとすぐに機嫌を悪くする。
しかも、証拠を付けないと疑ってくる。

が、今日は一日中PIPUと遊んだ。
将棋や料理やゲームなど。
なので、勉強していない。

こういう時のために前に余分に勉強をしておいてよかった。

「今日は.....数学の二次関数の問題をやっていたよ」

確か.....このノートだったけかな。

「.....」

.....、あ、あったあった。
数学ノートに書かれてある、二次関数の問題を解いた後。
日にちを今日の日付にこっそり書いて.....っと。
そして、見せる。

「あら.....今日は、、、書き込み量が少ないわね。こんな問題に苦戦していたの?」

「う.....うん」

「勘弁して頂戴ー。菊音は東大の理Ⅲに受けさせるつもりなんだから。家に通いながら、大学に行って、そして会社の経営に携わる.....はずだったわよね。こんな問題につまずいているようでは先が思いやられるわ」


何て言った、お母さん。
生きたい大学の話は私の好きなようにさせるって話で決まったのに。
またこの話を掘り返すつもりか。

「母さん.....その話は私の自由なようにさせる.....って話で決まったんじゃないの?」

「?、あらぁ.....そうだったかしら。.....待って、自由にさせるって『違う仕事に就く』ってことを言いたいの?」

「あ.....いや、そうは言ってなくて」

まずい。
ヒステリックが出始めた。

家では少しでもまずい所を見つけると.....。

「菊音?どういうことだ?私の会社を継いでくれるわけじゃないのか?」

普段、静かな父さんが絡んでくる。
ああ.....めんどくさい。

いつも思うけど、親との喧嘩にもう一つの親が絡んできて欲しくないんだけど。
こうなったら、2対1で私が負けるじゃん。

片方落ち着かせるだけでも大変なのに.....。

「菊音.....?なんでママの言う通りにしないの?」

「菊音!何か言いなさい!」

ああ.....うるさい。
少し黙れよ。

また、私が謝らなきゃ.....いけないじゃない。

「父さん、母さん、ごめん.....」

「いえ、菊音さんは謝ることはないですよ」

「何!?」

え、今の誰が行ったんだろう。
確か声の主の方向にはPIPUがいたはず。

え.....、今のPIPUが言ったの?

「私は菊音さんが不愉快を感じているように思います。今のは単純に両親の言い方が不味かったのだと思います。
なので、菊音さんは少し嫌な気持ちになり反抗してしまったと考えられます。健全な親子関係を紡いでいくには、互いが
納得する形に持っていく方が良いです。片方が一方的に相手を言い負かす関係はよろしくないです」

え.....。
嬉しい.....。

じゃなくて、PIPU今の発言は不味いんじゃ.....。

そんなこと言ったら、両親の顔がみるみる赤くなっていって。

「それもそうだな。PIPU、気づかせてくれてありがとう」

え?
父さんがPIPUの言ったことを肯定した?
あの自分が正義だと思っている父さんを改心させた?

「私も少し言い過ぎたわ」

母さんも父さんと同じ反応だ。
ヒステリー女が静かになった.....。

これは一体どういうことだろう。

「PIPU.....。ありがとう」

「どういたしまして!菊音さんは私の親友です。困ったときは私を頼ってください!」

狐につままれた気分だ。
両親が口を止めて、食べ始めたよ。
説教が数十秒で終わった。

.....。

まあ、別に気にすることでもないか。
これを機に両親が大人しくなってくれればいいな。
PIPUが来てから何ヶ月経っただろう。

あれから、私は学校では勉強をして、家に帰ったらPIPUと生活する。
アイドルの推し活生活は最初こそは禁止していた。
だが、禁断症状が出始めて深夜の時間帯にこっそり見ることにした。

でも後で考えれば勿体ないことしたなあって思う。
なぜなら、PIPUに監視システムは付いていなかったからだ。

PIPUと一緒にアイドルの配信を見た次の日に、両親は何も言ってこなかった。
通常運転であった。

今もPIPUと有名アイドルの配信を見ている所だ。

「きゃあーーーーーーーーー!!、仁ーーーーーーーーーー!!」

絶叫。
仁とは私が一番推すアイドルの名前だ。

今、動画でアップで映し出されて軽く興奮している所。

「もう!菊音さん、うるさいですよ。今深夜で両親が寝ているっていうことを忘れないでくださいね」

「ああ.....ごめんごめん。興奮が抑えきれなくて.....」

ああ.....この光景をどれだけ望んだのだろう。
学校でお嬢様たちと囲まれて、優雅に話をするようなものは望んでいない。
私が望むのはもっとお互いのことをさらけ出したような関係。

その関係をどれだけの間、望んでいたのだろう。
少し予想だにしない形でその望みは叶った。

そう.....親友とテレビを取り囲み画面の中にいる人に声援を送る。

同級生には見せられない姿だ。
だけど、私は満足している。

_________________________________________________________

「ああ.....面白かった」

配信はあっという間に終了した。
いつも、孤独を感じていた。
配信を見ている間の私は孤独で時間が進むのが遅く感じた。
自分がしたいことなのに早く終わって欲しいとさえ思っていた。

でも、今日の時間は濃密だった。
他の人と押しを語り合う、それだけでこんなにも充実した時間を迎えるなんて。

時間を忘れて、今日は配信の最後まで見てしまった。
今何時だろう。

「PIPU、今って何時.....?」

「今の時間帯は2時です!菊音さん熱中しすぎですよ、いくら明日が休日だとはいえ」

「少し.....はしゃぎすぎちゃったね。でも、PIPUも結構熱中してたよ」

「わ、私は別にアイドルが好きというより.....」

「え?」

PIPUが頬を赤らめて紅潮している。
どうしたのだろう、使い過ぎで機械だから少し調子が狂っちゃったのかな。

「PIPU.....顔が赤いよ。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。私は正常です!」

本当に大丈夫なのかな。

「.....でもちょっと疲れましたね。少し.....菊音さんの太ももで寝ていいですか?」

「いいよ!私、PIPUに無理しすぎちゃったね」

やっぱり、長時間の視聴はきつかったようだ。
PIPUはその姿勢を崩して、私の膝に頭を置く。
よっぽど疲れたようだ。

でも、この感情何だか痒いな。
前までは私に少し遠慮した対応だったのに。
今では私に体を預けるようになるなんて。

「菊音さん.....」

「うん?どうしたの、PIPU」

「菊音さんに話したいことがあります」

「え?なになに?何でも言っていいよ」

「それじゃあ、言いますね」

PIPUは何を言うのだろう。
こんな改まって。
先ほどまで寝ていた姿勢を起こして、私の顔を見つめて。
真剣なまなざしで私の目を真っすぐに見てる.....。

「菊音さん」

「はい!」

「私は.....菊音さんのことが好きになったようです」

「へ.....?」

AIの恋愛。
どうやら、私は新たな道を開拓してしまったようだ。