緋咲(ひさき)は屋敷に向かう途中、明継(あきつぐ)を感知していた。顔を向けなくても明継の感情は読み取れる。
 その隣にいる少年の心が掻き乱されている事にも気が付いていた。

 屋敷の玄関を開けると土間があり、同行してきた男たちはその先の部屋につながる襖を開けて緋咲に中に入るよう促した。
 緋咲が笠を脱いで、用意された座布団の上に腰を降ろすのを確認すると、男たちは静かに襖を閉じて緋咲をその部屋に取り残した。
 続き間となっている、目の前の襖がゆっくりと開かれる。
 それを引くのは小柄な少女だ。その足はおぼつかず、過度の疲弊が見て取れる
 暖簾で囲われた”何か”の横に腰を下ろした少女は薄っすらと笑みを浮かべながら頭を下げた。

「旅の者。よくいらっしゃいました」

 緋咲も深々と頭を下げた後、少女に目を向けると、その瞳に光は宿っていなかった。
 薄っすらとにじむ汗、青い顔、髪は整いきれずにおくれ毛が出ている。
 まともではない少女の雰囲気に、緋咲は眉間に皺を寄せた。

「この村は大神様(だいじんさま)のお力で成り立っています。どうか、失礼の無いようにお願いいたします」



 緋咲は少女の言葉を聞きながら、同時に心を読んでいた。
 その心は「逃げたい」「怖い」「嫌」「苦しい」という言葉で埋めつくされている。
 とげとげしく黒いその感情は緋咲が受け止めるには大きすぎた。途中で遮断するも、額には薄っすらと汗がにじんだ。

 暖簾の向こうの影がゆっくりと動く。少女はそれに耳を傾けるように視線を向け、もう一度緋咲の顔を見た。

「大神様が日を改めて接見したいと申しております。その際は、お渡しする着物をお召しになって、お越しください」

 そう言って深々と頭を下げた。
 そして顔を上げた時、少女の瞳は喜びに満ちていた。



 屋敷を出ると村の男たちがこらえきれずに歓声を上げた。緋咲が驚いていると男たちは口々に

「新しい巫女様の到来じゃ」

「大変名誉な事じゃ」

「宴をしよう」

 と言い合った。
 緋咲は男たちに急かされるように高台を降り、宿場につれていかれると部屋を渡された。
 ぐいぐいと部屋へ押し込まれ、緋咲は戸惑いながら問う。

「これから私はどうなるのですか?」

「あんたは大神様に見染められたのじゃ。あのお方の傍で巫女として働けるぞ」

「私は巡礼をしております。ここで足を止めるわけには……」

 緋咲がそう言った瞬間、朗らかに笑っていた村人たちの顔が急に強張った。

「大神様がお選びになったのだ。拒否する権利があると思うか?」

「俺たちはどんな手を使ってもあんたを連れていく」

 その異常さに緋咲は顔をしかめた。


「数日はここで身を清め、大神様の元へ行ってもらいますからな」

 村人たちはその言葉を残し襖を閉めた。その向こうには刀を携えた男が二人、見張り番としてついている。


 締め切られた部屋で緋咲が腰を下ろすと、嗣己(しき)が現れた。

『いい感じの展開になって来たな』

『何が良い感じよ! ここの村人は全員おかしいわ。あの少女は村の被害者よ。早く助けないと』

『そう急くな。明継も別で動いている。俺が指示するまで勝手なことはするなよ』

 釘をさすと消えていく。
 緋咲はじりじりとした苛立ちを感じて唇を噛んだ。