あたしはお腹がすいていた。
「ただいまー」
 玄関のドアを開ける。返事はない。それもそのはず、あたしはこのマンションに一人暮らしなのだから。
 壁の時計を見ると、十一時五十分。今日は日が変わる前に帰宅できた。
「とりあえず、ごはん……」
 エコバッグからほかほかに温めてもらったコンビニ弁当と、割り箸を取り出す。
「くーっ、唐揚げうまい!」
 唐揚げは毎日食べてもうまいものだ。しかし。
「たまには違うものが食べたい……」
 あたしの記憶はそこで途切れた。

「山崎さーん、体調悪いんですかあ?」
「あ、川瀬さん」
 あたしはデスクからむくりと顔を上げた。目の前には、この春入社したばかりの後輩の川瀬さんがいた。心配そうにこちらを見下ろしている。
 あたしは先輩の威厳でなんとか力を込めて微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちょっと、疲れちゃったんで、昼休み寝てようかなって」
「えー、でも十二時になった途端突っ伏しましたよね? お昼、食べに行かないんですかあ?」
「あ、お昼、朝コンビニで買ってきたあんぱんがあるか……」
「ダメですよう! もっとちゃんと食べなきゃ!」
 川瀬さんは拳をぶんぶんと振った。
 彼女は入社早々、課長の昭和なら許されたかもしれないセクハラに遭っていた。それを助けてあげて以来、あたしはやたらと川瀬さんに懐かれていた。ちなみに、課長には「やめてあげてください!」と注意しただけだ。あたしが空手二段を持っていることは、この社内で知らぬ者はなかった。
「いや、でも……」
 あたしは疲れていた。ここ一年ばかり。
 一年前の春。入社三年目になり、あたしは主任補佐という役職に就いた。就いてすぐ主任が病気になって長期休業し、あたしが主任の仕事もすることとなった、ところに、課長のセクハラでパートさんが三人退職した、と同時にあたしがパートさんの仕事も引き受け……ということで、あたしの仕事量はマックスになった。
 朝の通勤ラッシュに耐えきれなくなり、今のマンションに引っ越してきたのが半年ほど前。職場まで徒歩五分は素晴らしい。
「川瀬さん、ありがとね。でもあたしちょっと寝て……」
「そうだっ! これから一緒にランチ行きましょ! あたし、いいとこ知ってるんです!」
 川瀬さんは目を輝かせた。
「いや、ランチ、高いから……」
 職場まで徒歩五分の今のマンションは、家賃がだいぶお高い。節約をせねば。
 あたしががんとして椅子から立ち上がらないでいるのをスルーして、川瀬さんはあたしの腕を取った。
「だーいじょうぶですよう! すっごくリーズナブルなんで!」
 腕を組みながらにこにこと笑いかけてくる川瀬さんに負け、あたしは立ち上がった。あたしは昔からかわいい女の子に弱かった。
「じゃ、じゃあ行こっかなー」
「そうこなくっちゃー!」
 あたしは「あんぱんは今日の夕飯にしよう」と算段を付けながらエレベーターに向かった。