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「し、き……っ、も、離し……、て……ください!」

 涙目でこちらを見上げる香夜を一瞥し、識は彼女を抱きしめる力を一層強めた。
 誰の気配もしなくなった自室で縛り上げるように抱きしめ、首筋に熱い口づけを落とせばピクリと反応する華奢な身体。
 素直な反応にフッと鼻で笑うと、識はようやくその顔を上げ香夜と目を合わせる。

「襲えと、言っているような恰好だが?」
「な……!?」

 信じられないものを見るような目でわなわなと震える香夜から、かぶせていた羽織をはぎ取る。
 すると、扇情的にぱっくりと胸元が開いた服に身を包んだ姿が露わになった。
 綿でできているのだろう、ふわふわの素材でできた上下の服。そして着衣と同じ素材でそろえられた……ぴょこんと主張する猫耳。責め立てるように無言でねめつけると、露出した香夜の肌がほんのりと赤く染まっていく。


「これ……は、あの、お花見っていう大きな催し事なので、皆の目を楽しませるためにもセンリとお揃いの恰好をしたら景気づけになるって……凪が」
「うん?」
「っ……! その、話してて……えっと……」

 わざと優しく相槌を打てば、面白いほどにうろたえる香夜の肌を、識の指先が悪戯に滑る。
 その刺激から逃げようと身体をよじるたびに強まる抱擁に困惑し、ほろ、と香夜の目から涙が零れ落ちた。
 羞恥心に満ちた表情は、自分がどのような恰好をしているのかをやっと自覚したようにも見える。

「……私はただ、お祝いをしようと……思っただけなんです」
「お前が猫又の恰好をすれば祝いになるのか?」
「……そんないじわる、言わないでください」

 恥ずかしそうに涙目で自分の身体を隠そうとする彼女の動きを制しながら、肌の柔い部分をさすってやれば、小さな吐息を漏らしながら嫌々と頭を振る香夜。

 ——まずい、このままでは止まらなくなる。
 
 咎めるつもりが、思いのほか『この時間』が楽しくなってきている自分に気が付き、識はぐっと手を香夜からどけた。

「……それで? この恰好を何人に見せた」
「え? えっと、まずセンリと……そこらへんにいた凪と……あとお屋敷の使用人さんたち数人に……」

 言われるがままに答える香夜の言葉に、識はピクリと眉をひそめた。
 少し前までは、人の世の催し物を楽しむ香夜に付き合ってやるのもたまにはいいと、それだけを考えていた。
 しかし、今の識にあるのは、およそ露呈できないほどの醜い感情のみ。

 この座敷に閉じ込め、身動きすることすら禁じ、一生自分の元から離れられないようにしてしまおうか。
 常夜頭であり、唯一無二の魔力を保有する自分にはそれが出来てしまう。――それならば、いっそのこと。

 赤く色を持ち、スッと光を失った識の瞳にビク、と素早く反応した香夜の表情が怯えに染まる。
 そうだ、彼女は魔力の機微を香りで感じとることができるのだと、識は上から目線を落とす。香夜の中で眠るものがいなくなってもなお、彼女のなかに残る呉羽の置き土産。その片鱗を感じ取っても、今では感情が波打つことすらなくなった。そればかりか、己の感情を読み取られることが少々厄介だと今は思う。

「識……?」

 柔らかく響いた声に、ハッと顔を上げる。
 すると、先ほどまで怯えた表情を見せていた香夜が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
 そっと、香夜の手のひらが識の頬へと添えられる。不安に揺らぎながらも、凛とした光を持つ香夜の瞳に軽く息をのんだ。
 そして、温かな香夜の体温を感じとると共に襲ってきたのは抱えきれないほどの愛欲と、切ない愛くるしさ。

「……そんな目で、見るな」

 どうか、そんな目で見ないではくれないだろうかと、識は心の中で繰り返す。