ツーハンデッドソードを大上段から袈裟懸けに振り下ろす。その質量の剣の前にレッサーデーモンは大裂傷を作り、そのまま事切れて灰となる。

「はあっ! はあっ! はあっ……!」

これで倒した魔族は十二体に及んだ。だが、私の体にもそれと同じか或いはそれ以上の裂傷が生まれていた。
ドクドクと血が滴り、体の至る所がズキズキと脈打っているように私に苦痛を味合わせる。
息遣いも荒くなり、顔から血なのか汗なのか自分では判別のつかないものが噴き出しては伝う。
意識が朦朧としてきて本当は立っているのも辛かったのだが、私が倒れたら次は美奈やアリーシャが蹂躙されてしまうという使命感や強迫観念にも駆られたような感情だけが私を繋ぎ止めていた。

「この腐れ人間風情があっ! そろそろくたばりやがれいっ!」

私の死角から突然鉤爪の蹴りが襲ってきた。鷲の魔族だ。先程から厄介な事この上無い。度々私の隙をついては有効な攻撃を繰り出してくる。
後ろ斜め上からの蹴りに対応出来ず今回もまともに攻撃を食らう。数メートル吹き飛ばされ、たたらを踏んでしまう。それでも倒れはしない。両足が力を失う事を激しく拒否しているように持ちこたえる。最早ただの意地を張り通しているだけなのではないか。
その先には亀の魔族。太短い俵のような腕による横殴りの攻撃。今の私にそれを避ける術は無い。

「がっ……!!」

口の中が切れて血を吹いたようになるが、今更こんな傷は誤差の範囲だ。それでも本来なら首の骨でも折れてもよさそうなくらいの攻撃に歯を食い縛り堪えられているのだから、改めて覚醒の能力向上の凄さに感嘆する。
だがそれでも敵の攻撃を受け過ぎた。
膝が震えて崩折れそうだ。それと同時に精神にも限界が近いている。いや、そんな事は断じて無い。まだやれる。私はまだ戦える。

「ゴハアアァァッッ!!!」

声に目を向けるとレッサーデーモン二体が同時にヒートブレスを放つ瞬間だった。
頭では避けようと必死にもがくが身体が言う事を利かない。足が、動かない。
私は咄嗟にツーハンデッドソードの腹を盾の様にして構え、せめてダメージを減らそうと試みた。
その瞬間。
一陣の風が吹いてヒートブレスは私の横へと逸れていった。
ふと風が吹いた方を見ると、壁に着地し自身の武器へと力を込める椎名の姿。一瞬の煌めきのような強烈な光を放ち、私は目が眩みそうになった。
それでも目を瞑るまいと目を開いた瞬間、奇しくも彼女と目が合った。
その刹那、彼女は建物の壁から大きく跳躍。まるでロケットのようなスピードでレッサーデーモンのヒートブレスを跳ね返し、その衝撃で周りにいた四体に飛び火。燃えてのたうち回るレッサーデーモン。更にその勢いのままに三体の体を貫き吹き飛ばした。
鬼気迫るとはこの事だ。凄まじいまでの威力に仲間の私ですらも戦慄する。
更にその先にいる狼の魔族へと肉薄。恐らく本命はこいつなのだろう。だがレッサーデーモンを吹き飛ばした勢いで方向と勢いは完全に削がれてしまっていた。それでも結果、左腕を吹き飛ばした事は称賛に値する。
狼の魔族は特に痛がるでも無く、残った方の手で椎名の足首を掴み、そのまま地面に叩きつけた。そして直ぐ様地に仰向けになった彼女に向けて、無情な魔族の拳が腹部にめり込んだ。鈍い音を立てながら大きく九の字に曲がる体。直ぐに同じ箇所に一発二発と拳が放たれ、椎名は手足を痙攣させながら遂には動かなくなってしまった。
それと同時に、今まで戦闘の最中に私の回りに有った濃密な空気の流れのようなものも消え失せる。
恐らく椎名の能力だったのだろう。先程吹かせた風のように、自身も魔族と戦いつつも、私達にまで意識を飛ばし守られていたのかもしれない。
椎名を助けに行きたいが、体が最早思うようには動いてくれなかった。
例え全快の状態であっても一瞬では辿り着けない距離にいる椎名を、見ている事しか出来ない。
それに、こうしている間にも次々とレッサーデーモンの攻撃が椎名との間を阻むように覆い被さってくるのだ。
椎名のあの攻撃を目の当たりにした事で、自身に大きな隙を作ってしまった。私の周りにはいつの間にか十体近いレッサーデーモンが周囲を取り囲むように位置していたのだ。
そんな中でも私は椎名から目が離せない。ゆっくりと狼の魔族が彼女の方へ歩いていくのが見えた。
椎名が殺られる。
私は必死に目の前のレッサーデーモンへと剣を振り回すが、そんな闇雲な攻撃が当たる筈も無い。逆に体の各所から血を吹き出し、動きを更に鈍らせる結果を招いてしまう。
そんな隙を四級魔族が逃す筈もなく。

「おめえも早くくたばりなっ!」

鷲の魔族の低空飛行からの蹴りをまともに食らってしまう。

「がっはっ……!!」

私は数メートル吹き飛び建物の壁に激突する。
壁を破壊しないまでも、亀裂が入り、背骨が軋みを上げて、電撃が走ったような苦痛を伴わせる。いっその事壁を貫いた方が衝撃が拡散されて小さいダメージで済んだかもしれない。
私もこの一撃で善戦虚しく地に倒れ伏した。
倒れる瞬間視界の端に椎名が映り、そのすぐ横には拳を振り上げる狼の魔族が見えた。
駄目だ。待て……。

「止め……ろ……」

振り絞るように声を上げて体を起き上がらせようとするが、最早首を持ち上げるので精一杯であった。再び椎名がいる場所に何とか視線を這わせる。そんな事をしても無駄なのは分かっている。けれど見届けなくてはならないと、そう思ったのだ。

「……? ……しい……な?」

ふと彼女の名前を呟いてしまう。そこには彼女の最後の瞬間が広がっているのかもしれなかった。それとも奇跡的に何とか起き上がり、果敢に再び魔族に向かっていく椎名の姿が映るのかと。
だが結果、そのどちらでも無かった。
私の視線の先、狼の魔族の前にはもう椎名の姿は無かったのだ。