椎名の全力の戦闘を横目で見つつ、私自身もこれだけの数の魔族を相手に相当の苦戦を強いられていた。
そもそも能力的に一対多を相手取るのには厳しいものがある。
二対四十の戦いとなれば尚更だ。
だがアリーシャの安全を確保しつつ、互いに離れてしまい工藤のような行方不明者を出さないようにする。
そのためにはこうするしかないという私と椎名の判断。
むしろ簡単に私の安い挑発に乗ってくれて良かったと思っているくらいだ。
ちらと美奈とアリーシャのいる場所を見やると心底不安という表情で私を見つめる美奈と目が合った。
この数日、身体能力の向上や剣術の基礎など多少の享受はネストの村で受けてきた。
しかし今の椎名のように魔族の一挙手一投足を把握し、攻撃を正確に防ぐ事は到底無理な話。
今も生傷が増え、確実に私の身体を蝕みつつある。
私に利点があるとすれば、レッサーデーモンの核となる部分が黒い靄のように見えて、そこに剣を突き立てるだけで倒せてしまう事くらいだ。
私は今もレッサーデーモンの大振りの爪を掻い潜り、懐に飛び込んで正確に急所を貫いた。
これで四体か。
それでも安堵する暇も無い。
消滅したレッサーデーモンのすぐ後ろに、蜥蜴の魔族が潜んでいた。
いよいよ四級魔族のお出ましだ。
そいつはシミターのような刀を大上段の構えから私に向かって振り下ろす正にその瞬間だった。

「くっ……!!」

レッサーデーモンが死角になり対応が完全に遅れた。
何とかこの一撃は既の所で受け止める事が出来たが、それを受け止めるので精一杯で完全に動きを封じられてしまう。
それにこの魔族。凄まじい力だ。
ジリジリと私の持つツーハンデッドソードを胸元へと押し込んでいく。

「ははっ! やっちまえっ!」

ニヤリと笑い周りにいたレッサーデーモン三体に攻撃の合図を送る。
その際細く先が割れた舌が出たり入ったりした。
重なる視線。奴の瞳は縦長で黒く、睨まれただけで身震いがする。
私の周りのレッサーデーモンは三方向から同時に爪を振り下ろして来た。
何とか身を翻し、それを避けようと体を精一杯ひねる。

「むんっ……!!」

ガギンッという音が幾つか鳴り響き、左腕に衝撃が走った。
そこからじんわりと血が滲む。
致命傷、という程ではないが決して小さくは無い傷を負ってしまう。
痛みよりも熱いという感覚の方が勝る。
それでも倒れ伏したのは未だに顔に笑みを張り付けたままの蜥蜴の魔族の方だった。

「エルメキアソード」

手に持つツーハンデッドソードに私の精神エネルギーをつぎ込み、それをを蜥蜴の魔族の胸にねじ込み風穴を空けてやったのだ。
仰向けに倒れていく蜥蜴の魔族。
そのまま地面に倒れるかと思われたが、地に届く前に体は灰となり消滅した。

「うおおっ!!!」

返す剣で状況が掴めずその場に止まっているレッサーデーモンを力任せに横凪ぎに斬りつける。
その攻撃により上下に分かたれたレッサーデーモン三体は見事に塵となり消え失せた。
うむ。手傷は負ったものの確かな手応えを感じていた。
手には薄明るく鈍い光を放つツーハンデッドソード。
この攻撃方法は予想以上に効果があったようだ。
私がネストの村で自己流で身につけた技であった。
以前グリアモールと戦った際に、自身の精神力を力に変えて攻撃をした。
その際に精神力にプラスの要素を付加して攻撃したのだが、結局深い恐慌状態に陥ってしまうという諸刃の剣である事が判明した。
その後私はこの攻撃方法を何とか実用化出来る方法は無いかと考えたのだ。
ヒントは戦いの後、椎名が私に言った一言であった。

『その攻撃ってプラマイゼロって訳にはいかないわけ?』

椎名は精神攻撃を何色にも染めなくてもいいと私に告げた。
それを聞いて私自身ハッとさせられたのだ。
純粋な精神の力をそのまま形にする。
そこに熱量や温度感は存在しない、させない。
そういう事を意識して力を具現化するだけで結果、上手くいったのだ。
椎名はやはり発想力が柔軟で視野が広い。
彼女の何気無い言葉でここまでの戦果を上げる事が出来たと言っても過言ではないだろう。
本人にそんな事を言ったら調子に乗る事間違い無しなので黙っておく事にするが。
後もう一つ、念のため実際村の外の木を斬る事でそれぞれの場合の効果を試してみた。
プラスの付加で斬った場合、木は緑葉や花を咲かせた。
マイナスの付加で斬った場合、木は枯れた。
そしてプラスマイナスゼロの精神力を乗せて斬った場合、木は鳴動する事を止めてしまったのだった。
この事から得られる答え。
フラットな精神力を乗せて攻撃をすると、相手の魂――というものがあるのは実際分からないが――そのものにダメージを与える事が出来るのだ。

「エルメキアソード!」

私が更に立て続けに斬りつけた二体のレッサーデーモンは、断末魔の声を上げる事もなく消滅したのだった。
これで九体目だ。