目の前にいる魔族の群れが私と隼人くんに向かって攻めてくる。
正に鬼の形相。はっきり言ってこんなか弱そうな女の子に向ける視線じゃない。こんな大勢で集団リンチとかほんと勘弁してほしい。本当なら泣きわめいて逃げ出したいところだけれど、そうも行かなくなった。私は歯を食いしばり、下唇をきゅッと噛みしめた。もちろん甘噛みで。
私たち二人だけで魔族四十体を相手取る。それはここへ来る前に私と隼人くんで決めたことだ。
美奈には思いっきり反対されたけれど、私と隼人くんの強い意思に最後には首を縦に振った。
アリーシャは傷は塞がったものの顔面蒼白で気を失っている。そして美奈にはそんなアリーシャのことを守る役目をお願いした。
だから隼人くんの魔族に対しての持っていき方には賛辞を送りたい。
今の隼人くんの煽りと提案を受けて、狙い通り二人への攻撃という危険は軽減出来るだろう。
少なくとも最初は私と隼人くんを狙ってくるはずだ。四級魔族は逆上しやすく、プライドだけは高い。言葉は通じるけれど、そのせいで逆に扱い易いのだ。
徐々に魔族との距離が無くなっていき、もうあと数秒もしない内に先頭の魔族が私にその獰猛な爪や牙で私の全てを切り裂こうとしてくるんだろう。
だけど負けられない。こんな所で負けていられないのだ。
私は隼人くんたちと合流する前、ライラに遭遇した際に彼女から言われたことを思い出していた。

『貴方たち……まだ弱すぎるのよ』

これでも結構強くなったつもりでいたのだけれど、考えが甘かった。悔しいけれどやっぱりまだまだ上位魔族には足りない。ついさっきそれを嫌というほど思い知らされた。文字通り、全く手も足も出なかった。
でもこうも言われた。

『貴方……少し掴んでるじゃない』

どういうことかは正直まだよく分からないけれど、ライラの剣が私に迫ったあの瞬間。私の意思とは関係なく何らかの力が働き、ライラの剣を止め弾き返した。
それは結局、未だ私自身が理解しきれていない能力を宿しているということ。
ならば私のやるべき事は一つ。
この戦いで、今の自分の限界を一つ越えて、もっと強くなってみせる。
そしてヒストリアに乗り込んで、ライラ他、残りの魔族を倒して工藤くんを助け出す。

「ディバイン・テリトリー」

静かな呟きと共に繰り出すこの技は、ネストの村での修行で編み出した私の必殺の領域。
私は自身の周りの空気をより濃密なものへと変化させ、その中の情報をより正確に細かく読み取っていく。
普通なら半径五キロ圏内の感知範囲だったものを半径五十メートルまで縮め、それにより相手の息遣いや鼓動などの情報までも把握してしまうのだ。
これによって魔族の次の行動や、魔族の心臓である核の場所すらも把握し、正確に致命傷を与えていく算段だ。

「最初から全力で行くわ! エンチャント・ストーム!」

更に技の上乗せ。私の放った言葉と同時に右手に装着したユニコーンナックルに光の暴風が顕現する。さらに左手にも暴風を纏わせる。それによって私の精神力、マインドが大幅に持っていかれるような感覚があったけれど、そんなことは気にしている場合じゃない。それだけ多勢に無勢だし、魔族は強固なのだ。

「はあっ!!」

私はまず目の前に迫ってくる魔族の群れを視界に入れつつ空中へと跳躍。二十メートルほどの所で一旦止まった。

するとレッサーデーモンの群れは一斉に私に向かって翼を広げ、飛び上がってきた。その数十数体。
先頭のレッサーデーモンが十メートル程の所まで来た頃に、ヒートブレスを放ってきた。

「ストームウォール!!」

目の前に風の竜巻を発生させ、迫り来るヒートブレスを呑み込んだ。
竜巻は灼熱の奔流となり、凄まじい熱量を周りに迸らせた。それをそのまま空中で羽ばたいているレッサーデーモンに向けて放つ。
先頭のレッサーデーモンは、空中で急な反撃に対応出来ず、まともにそれを食らい一瞬で事切れて落下。これで一体。
その隙に竜巻を回避したレッサーデーモンの横に回り込み、胸部にユニコーンナックルを突き立てる。急所であるコアを正確に突かれたレッサーデーモンはあっさりと消滅。これで二体。
更に消滅したレッサーデーモンの後ろで慌てふためくもう一体のレッサーデーモンへも急所への一撃を見舞う。これで三体。

「まだまだあっ!!」

私はそのままの勢いに任せ、動きを止めているレッサーデーモンの胸部を狙ってユニコーンナックルを放とうとする。しかしその時頭上に私に接近してくる気配を感じ取った。

「中々やるじゃねえか!」

振り向けばそれは鷲の四級魔族。すぐそこまで接近し、拳を振るってくる。しかしそれは想定済みだ。
その拳を左手の払うような動きで往なす。
けれどその魔族の拳は私の予想以上に重かった。結局それを往なしきれず、地面近くに叩き落とされた。

「くっ!」

そこへレッサーデーモン四体が四方から私に襲い掛かってくる。

「エンチャント・ストーム!」

私は両足に暴風を纏わせ、後ろの二体を吹き飛ばした勢いで、目の前のレッサーデーモンの急所を貫いた。これで四体。
そのままの勢いで、もう一体の背後に素早く回り、背中から正確に急所を貫く。これで五体。
そうこうしている内に九体のレッサーデーモンとその後ろに亀の魔族がのそのそと接近して来るのを感じ取る。

「邪魔よ!」

私はその全てを暴風に巻き込んで空に舞い上げた。けれど、亀の魔族だけは暴風に晒されてもびくともしないで近づいてくる。私はそいつを吹き飛ばすのは諦めて、身体の中の核目掛けてユニコーンナックルを振るう。
ガキンッ。という音がして私の拳は魔族の硬質な皮膚を貫くことが出来ず弾かれてしまった。岩の四級魔族ですら傷くらいはつけられたというのに、この硬度は半端じゃない。

「おらあっ!」

「きゃあっ!」

瞬間丸太のような拳が放たれ、私は咄嗟に左手でガードしつつ後ろに跳んだけれど、その重過ぎる拳に左手がちぎれるかと思うほどの衝撃が走る。後ろに跳んでいなかったら間違いなく左手は死んでいただろう。それでもしばらく痺れて使えそうにないけれど。
私は跳んだその先に隼人くんを感知。
流れに任せているとやがて体をがっしりと受け止められた。

「椎名、大丈夫か?」

「うん。まだ何とか。」

私は笑顔を作ろうとしたけれど、中途半端な顔になってしまう。
最初から飛ばしすぎて、マインドがもう半分近く消耗していた。

「何体倒した?」

「ん……五体かな」

隼人くんも堅実に三体倒していたのは確認済みだ。しかしそれでもまだ三十体以上残っている。しかも四級魔族に至っては、全員健在だ。
このままでは確実に……いやいや余裕余裕。

「どうにかなりそうか?」

「どうにかするしかないんでしょ?」

「……ああ、そういう事だ。」

私たちは短い言葉を交わして目配せをして、再び魔族の群れへと突っ込んで行った。
立ち止まっている暇なんて全然ないんだから。