気を失ったアリーシャのお腹からどばどばと鮮血が溢れ滴っていく。傷はかなり深い。
私は一旦近くの建物の屋根にアリーシャと共に降り立つ。次いでライラも数メートル離れて着地。
どうやっても逃げられそうにない。かといって戦って私一人でどうにか出来るとも思えない。
現状完全に詰んでいる。

「ふふ。ちょっとアリーシャが邪魔だったから。戦線離脱してもらったわ」

「あなた! 一体どういうつもり!?」

顔面蒼白のアリーシャを抱えながらライラに問う。早く手当てしないとアリーシャの身が危ぶまれる。
私は強気な視線でライラと対峙するくらいが精一杯だった。
そして大して動いてもいないのに身体中が汗でびっしょりだ。

「貴方たち……まだ弱すぎるのよ。せっかく500年も待ってあげたんだから、私たち魔族をもう少し楽しませてちょうだい」

あくまでも柔和な笑みを崩さず、さらりと自分は魔族だと言ってのけるライラ。
さっき一瞬だけ溢れ出た殺意は今はまるで最初から無かったかのように嘘みたいに消え去っていた。これ以上私たちと争う気はないと言わんばかりに。
いや、争いなんかになりはしない。
たぶんライラがその気になれば私なんか赤子の手を捻るように蹂躙虐殺されてしまうだろう。
それくらいの力をあの瞬間感じたのだ。

「私たち勇者だけで現状を打破しろってこと?」

私は答えながら声が掠れていた。
口の中が思いの外渇いて息が苦しい。鼓動がどくどくと脈打っているのが分かる。冷や汗が頬を伝い流れ落ちていく。
そんな中ライラは嬉しそうな表情を作った。
ここまで来ればそれが無機質で人間味の無いものなんだって分かってしまう。

「あら。随分と察しがいいのね。長生きしないタイプかしら。まあいいわ。とにかく、この街を救った後にヒストリア城まで来なさい。そうね……、五日待ってあげるわ。それまでにもう少しマシになって私たちとヒストリア城で戦いなさい。それより遅れたら、ヒストリアは滅ぶわよ?」

魔族に対して前から思っていたことだけれど、本当に私たちを暇潰しの玩具のように思っているようだ。
何というか、私たちを相手取るに当たって常にゲーム感覚なのだ。

「ああ、後念のため人質も取ってあるから。見殺しにするならしょうがないけど、逃げても無駄よ?」

「!?」

人質という言葉に私はハッとなると同時に刺すような焦燥感が身体中を駆け巡る。
私の感知範囲に工藤くんとフィリアがいないのだ。今さら気づいてももう遅い。

「あなた! 工藤くんとフィリアをどうしたのよ!」

反射的に叫ぶ私をまた嬉しそうに見るライラ。

「あら。気づいちゃったのね」

「返しなさい! エンチャント・ストーム!」

私は頭に血が昇って自身すらも顧みず、ユニコーンナックルでライラに襲いかかる。

「バカね。四級魔族すら倒せないのに、今の貴方が私に勝てるはずないでしょう?」

ユニコーンナックルの一撃は中空で見えない壁に阻まれたようになって、ピクリとも動かなくなった。
おまけに体も身動きが取れない。

「くっ……」

「少しお仕置きよ」

ライラの剣が身動きの取れない私の肩口に振り下ろされる。

駄目だと思った時、今度はライラの剣が中空に止まった。
そしてパキンと跳ね返ったかと思うと剣はライラの手を離れ、そのまま遠くへ飛んでいってしまった。
呆然とその状況を見つめるライラ。
やがて再び私の方へと視線を戻し微笑んだ。

「貴方……少し掴んでるじゃない」

「ど……どういうこと?」

ライラの言った意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
ライラは納得したように一人頷いた。

「じゃあもう行くわ。お仲間にもよろしく。可愛らしいお嬢さん」

そのままライラの姿は欠き消え、それと同時に金縛りから解放される私の体。
どばっと身体中から汗が吹き出す。
おそらく精神世界へと行ったのだろう。
間違いない。ライラは三級魔族だ。
何とか助かった喜びよりも三級魔族を初めて目の当たりにした絶望の方が勝るなんてなんて皮肉なものだろうか。
ふと視線の先にアリーシャの姿が映る。
かなり出血がひどい。
顔面も蒼白でこのまま放っておくとかなり危険な状態だ。
私は両手でぱちんと自分の頬を張った。
とにかく今は気持ちを切り換えて私の出来る限りのことをする。
私は未だ震える足をひっぱたき、アリーシャを肩に担いで隼人くんと美奈の元へと向かった。