「さて、と。次行きますか」

「うむ。行き先はシーナに任せる」

初めの一群はアリーシャの活躍で難なく倒しきり次の目的地を決めるべく私は再び感知に意識を飛ばす。
私とアリーシャが最初に降り立ったこの場所は、街の中心からは少し外れた所だ。
比較的円に近い形をしているこのピスタの街は、その全てが風の感知範囲内に納まっていた。
数千人規模の街ならそんなもんなのだろうか。
街には未だ数十体の魔族が蔓延っている。
その中には四級魔族と思われる独特なフォルムをした魔族も数体残っていた。

「アリーシャ! こっちよ!」

「承知した!」

私はレンガ造りの建物が並ぶ街の中を比較的魔族が多くいる方へと駆け出していく。
魔族はばらばらに動いているわけではなく、ある程度集団で行動しているからか、この辺りは特に敵と思わしき者は見当たらない。
そんな矢先、建物の裏側から私たちの様子を伺っているような影を察知した。
私は不審に思い立ち止まる。
当然アリーシャも歩を止めて訝しげな表情をこちらに向けてきた。

「シーナ? どうしたのだ?」

「そこにいる人。出てきなさい!」

アリーシャに答える代わりに建物の向こうにいるであろう人に声を掛ける。
しばらくあっちも様子を伺うようにじっとしていたけれど、やがてゆっくりと建物の影から姿を現した。
出てきた人物はアリーシャと同じような騎士の格好をしており、鎧に身を包んだ女性だった。
アリーシャよりは10くらい年上だろうか。大人の女性といった感じの雰囲気で、とても綺麗な人だった。
だけどどうしてこんなに落ち着いているのか。
この街の惨状を見ていながらも、余裕を崩さずしかも私たちの様子を伺うなんておかしい。
騎士なら尚更のことだ。
そんな違和感しかない彼女を見て私はさらに警戒心を強めた。
けれどアリーシャは全く違う反応を見せた。

「ライラ! ライラではないか! こんな所にどうして!?」

「アリーシャ、戻って来たのね。お帰りなさい」

アリーシャの緊張が弛む。
その女性は柔らかい物腰でアリーシャの方に近づいてきた。
アリーシャもライラと呼んだその女性に近づいていく。
どうやらアリーシャの知っている人だったらしい。
それも当然か。見るからにアリーシャと同じように騎士の格好をしているんだもの。
アリーシャが知っていたって何ら不思議はない。

「アリーシャ、知り合いなの?」

「ああ。ライラは王国騎士団の副団長で、私の剣術の師匠でもある人だ。ライラ、こちらが予言の勇者の一人、シーナだ」

「貴方が勇者ね。随分と可愛らしいのね。他のお仲間は?」

ライラと呼ばれた騎士は、私のことを嬉しそうに見ている。
何故かその笑顔に再び違和感が走った。

「ああ。近くまで来ているのだが、魔族が街にいることが分かって、私とシーナだけ先に救援に来たというわけだ。ライラ。一緒に戦ってくれ!」

アリーシャが私に代わって答える。
私はというとその場に硬直し、立ち止まったままライラを見ていた。

「そう。というか、魔族の存在までわかっちゃうのね。それがシーナさんの能力というわけかしら?」

ライラは笑顔のまま。アリーシャの方を向くことがない。
まるで用は私にあるとばかりに。
流石にアリーシャもいつもと違うライラの様子に違和感を覚えたようだ。
そして私は更に警戒を強める。

「いいえ、違うわ。私は風の能力で周りの状況を感じ取れるだけ。魔族かどうか見分けられるのは他の仲間の能力よ」

私は話しながら自分の周りの空気をうねらせる。

「へえ。じゃあその人がいれば魔族か人間かなんてどんなに取り繕ってもバレちゃう訳ね?」

そこまで話してライラの右手が剣の柄に触れる。その瞬間、ライラからおぞましいまでの殺意が溢れた。
そしてそれを見て刹那的に動く私。
背中から溢れ出るどす黒く、紫掛かった障気のようなそれは私の疑いを確信に変えるにはもはや充分すぎた。

「アリーシャ! 逃げるわよ!」

私は未だぽかんとした表情のアリーシャの手を引っ張る。
そのまま一気にアリーシャごと空へと上昇。
アリーシャは若干慌てふためいていたけれど、そんなのは関係ない。
全速力で空高くへと疾空していく。
少し前に私の感知範囲内に隼人くんと美奈が入ったのが分かった。
これは私の直感みたいなものでしかないのだけれど、とにかく皆と合流すべきだと思った。
具体的な所はよくわからない。
でもあのライラって人、何かすごくヤバいと感じるのだ。
アリーシャの話では自分の師匠だと言っていた。少なくともアリーシャよりは剣の腕は立つということは間違いないだろう。
今しがた驚嘆しまくったこのアリーシャよりも強い? そんなの私たちじゃ相手にもならないじゃない。

「シーナ! 一体どうしたというのだ!? ライラから逃げるなど、私の師匠であり、王国騎士団なのだぞ!?」

私の思考を遮って、アリーシャが戸惑いと抗議の声を上げる。
アリーシャの言い分ももちろん分かる。何ならアリーシャの意見が正しいことを祈るばかりだ。

「ごめんアリーシャ。後でいくらでも怒られるから。ただ、女の勘ってだけだから!」

「女の勘って! ……そんなっ! 意味がわからないぞ! レッサーデーモンも放っておくのか!?」

五十メートル程上昇して、そこから方向転換。
一気に隼人くんの元へと向かおうとした矢先。

「話の途中で逃げるなんてひどいわね」

ライラの声が耳元で聞こえた。こんな事でもはや驚く気にもなれなかった。怖気が走ると同時に苦し紛れに力を開放する私。

「くっ! 風よ切り裂け!!」

咄嗟に声のした方向に風の刃を放つけれど、虚しく空を切るに止まる。その瞬間、私の首筋にか細い指の感触が伝う。

「焦っちゃって、可愛らしいわね」

ぞくりと悪寒が走り、やられると直感した。

「大丈夫。あなたはまだ傷つけたりはしないわ」

そんな私の心を見透かすようにライラの声が耳元で聞こえた。
そして私の横から一筋の剣閃が走った。
それは私ではなく、横にいたアリーシャの腹部を切り裂いた。
目の前に飛び散る赤々とした鮮血。
頬に帰り血が滴り驚きの表情で目を見開くアリーシャと一瞬目が合った。

「アリーシャ!?」

「え……? ライラ……? どう……し……て……」