「なるほど、そうか。では君達にこれを授けよう。国に持ち帰る予定なのだが、今は君達に使ってもらった方がいいだろうからな」

アリーシャ姫は私の言葉を受けて少し思案した後、馬車の中から拳にも満たない大きさの、水晶のような玉を取り出した。

「それは……?」

「私達はここへ来る前、ある事情があって、他国へ行っていたのだ。そして目的の一つが隣国のインソムニアでこれを手に入れるというものだった」

インソムニア王国。
ここ、ヒストリア王国の領土の北に位置する国だ。
聞いた話によれば、ドワーフの王国らしい。
だがここヒストリアとは違い、数々の種族が共存しており、獣人や稀に希少種であるエルフなどの姿も見受けられるとか。
主に武具の精製や販売が盛んな国だと聞いている。
剣術の国ヒストリア王国とは友好関係を築いており、国易も盛んなのだそうだ。

「これは純度の高い魔石でな。光魔法が込められている。これを武器に埋め込めば、光属性の武器として機能するようになる。それで下級魔族とも対等以上に戦えるようになるはずだ」

アリーシャ姫はそう言って私に四つの魔石を差し出した。

「光属性……ですか?」

私は彼女の言っていることが良く理解出来ず、怪訝な目を向けていた。
それを見てアリーシャ姫は目をパチパチと瞬かせる。

「ん……。そうか、君たちはまだ魔族について解らないことが多いようだな。まあ当然と言えば当然か。その辺りの話は世に大々的に広まっている話ではないからな」

「はい、魔法は魔族には効かないと認識しています」

属性の知識はこの村である程度教わったのだが、魔族に関しての知識はあまり得られなかったのだ。
私の知る限りでは、魔族に魔法や属性でのダメージを与えることは難しいはずだが。
どうやらアリーシャ姫は私よりも魔族について詳しいようだ。
私の顔を見てふっと微笑むアリーシャ姫。

「うむ、そうだな。魔族には魔法は有効ではない。だがそれは上級魔族に限ってのことだ」

「上級魔族……ですか?」

「そうだ。一括りに魔族と言っても幾つかの階級が存在する。その筆頭は勿論魔王。そしてそこから更に一級から四級、下級までの階級に振り分けられる」

「では、先程戦った魔族は?」

アリーシャが一網打尽にした魔族だ。階級はそう高くはないのかもしれない。

「あれは四級魔族だ。人の形を取り、人の言葉を解する」

アリーシャ姫にそう言われ、ふむと納得する。
確かにそこまで強いとは思わなかったが、確かに人に化けるということをしていた。
それは私からすればかなり高等な能力なように思えるのだ。

「下級魔族は見た目がどれも同じだ。レッサーデーモンと我々は総称している。背中には羽が生え、獰猛な牙爪を持つ白い化物だ。体格は人に比べれば大きく、2メートルを越える個体がほとんどだ」

「うへぇ~。なっ……なんだよそりゃ」

共にアリーシャ姫の言葉に耳を傾けていた工藤が彼女の話におののいた。
想像して気持ち悪く思ったのか両手で自信の肩を抱き、身震いしている。
相変わらず想像力だけは逞しいようだ。

「では、上位魔族となればどれほどのものなのでしょうか?」

その問いにはアリーシャ姫は少し口ごもる。

「魔王と一級魔族は今も封印状態にある。だから実際その力がどれ程のものかは分からない。更に二級魔族について。これらもこの数百年間姿を見たという記録すら残ってはいない。現実世界にいるのかもわからないし、精神世界で眠っているのではという説もある」

「じゃあ結局その辺の魔族は実力も能力も完全に未知数ってことね? アリーシャ」

今度話に割り込んできたのは椎名だ。
腕を組み、にこりとした笑顔を見せていた。
急に名前を呼び捨てにしたので気になってアリーシャ姫の様子を伺ったが、彼女は別段気にした様子もなくこくりと頷いて肯定を示していた。

「結局最後になってしまったが、三級魔族についても話そう。一般的に知られている魔族がこれだ。この世のあらゆる魔法や武器の攻撃を受け付けない精神世界の住人。もちろん私は見たことは無いが、このレベルでも相当の手練れだと思った方がいい。これまでの歴史上、その魔族が現れた村や街は等しく壊滅、地形がその前と後で大きく変わってしまったり、一切生物が寄り付かない場所になったという逸話まである」

「ま、マジかよ……」

逸話、というのでやはりその辺の情報は当てにならないという感想を抱いたが、工藤はそれを聞いて悲痛な呟きを漏らした。
美奈もずっと黙ったまま、顔面蒼白だ。
無理も無いか。
本当に魔族がそんな相手ならば、彼らを敵に回すなど最早正気の沙汰とは思えない無謀な所業のように思えるのだ。
私達が唯一戦った事がある魔族。グリアモール。
ふとあの魔族のことが脳裏に過る。
あれは一体どの辺の階級に属する魔族だったのであろうか。
アリーシャの話を聞く限りでは四級魔族に思えるのだが。
実際に対峙した私は言い様のない苦い気持ちが胸に溢れていた。
私はそれを払拭するように首を振った。
もういなくなった魔族に何をそんなに恐れることがあろうか。

「隼人くん、大丈夫?」

突然耳元で美奈の声が聞こえた。
振り向けば心配そうにこちらを見ていた。
先程まで不安そうな表情をしていたというのに、私の心の機微にいち早く気づくところに胸に明かりが灯ったように温かな気持ちが生まれる。

「大丈夫だ、美奈」

そう答え頷くと、彼女はフッと微笑んでくれた。

「で、話を戻そう。今君たちに渡した魔石についてなのだが」

そこでようやく先ほどの話に戻ってきた。
それにより最早アリーシャ姫が言いたかったことを理解する。

「要するに、だ。この魔石があればレッサーデーモンには有効な攻撃を誰しも身につけられるようになるというわけだ。彼らはただの魔物と大きな差は無い。物理攻撃に対しても多少耐性が強い程度。そして闇属性の生物なので光属性の攻撃が最も有効。分かってもらえたかな?」

そこでアリーシャ姫は花のように微笑む。
可憐という言葉がぴったりと当てはまる。
更にレッサーデーモンを彼らと形容する様にも上品さが伺えて好感が持てた。
皆、その説明を受けてようやく納得の表情を作ったのだ。

「なるほど。それでこの魔石という事なのですね。だが、解らない事がまだあります」

「何だ? まだ何かあるのだろうか」

アリーシャ姫は私の更なる問い掛けに若干眉根を寄せて私を見た。

「さっきの魔族は光魔法など効かないというような事を言っていました。光魔法でも四級魔族にとっては結局それ程脅威ではないように思えたのですが。結局アリーシャ姫の闇魔法から出現した光の剣であっさりと倒してしまった。あれは一体どういう事なのでしょうか?」

アリーシャ姫は目を見開いた後、目をすっと細めた。

「ほう……君は物事をよく観察しているようだ。確かに君の言う通り、四級魔族に光魔法はそこまで有効ではない。ないよりはマシ、という程度だ。そして私のさっきの攻撃、あれはまあ……私の特殊能力、といった所かな。……少々長く話しすぎたようだ。話は一旦ここまでにしよう。さて、結局のところ君達はこの魔石を使用するのだろうか?」

アリーシャ姫はつらつらと言葉を並べたて、最後にそう疑問を呈してきた。
彼女の能力については濁された以上、まだ秘密という事なのだろう。
確かに出会って間もない人間に色々と自分の手の内を明かすのは得策では無い。
私は改めてアリーシャ姫の顔を見てふっと微笑んだ。

「はい、有り難く使わせていただきます。アリーシャ姫」

するとアリーシャ姫も同じように柔和な笑みを作った。
そして徐に右手を差し出す。

「フ……ハヤト殿、敬語はやめてくれ。それと、アリーシャで構わない」

まるで天使にでも出逢ったかのようなその表情に、私は一瞬固まりつつもそっと彼女の手を取った。

「そう……か。分かったのだアリーシャ。では私の事も隼人と呼んでくれて構わないのだ」

「……そうか。では改めてよろしく、ハヤト」

そう言い私の手を握り返すアリーシャ。
彼女の美しい表情とは裏腹に、その掌はざらついていた。
そこからこの世界の壮絶さのようなものを想像してしまう。
だがそれでも、アリーシャの手はとても柔らかくて。
女の子なんだなとは思ったのだ。