門の近くまで来ると、椎名の感知圏内にも入ったようだった。

「ふむふむ。これは馬車ね。中に四人くらい乗ってるかな。もうちょっとしたら見えると思う」

椎名は工藤の地続きの振動による感知と違って大気の流れにより存在を感じ取る方法を取っている。なので工藤よりは少し範囲は狭まるものの、より詳細な情報まで読み取れてしまうのだ。
耳を澄ますとガラガラと荷馬車なような音が聞こえてきて、そこから暫くして門の先にようやくその姿を視認する事が出来た。

「来ました。ヒストリア王国の馬車ですな」

ネムルさんがそう言ったので間違いなく使者のようだ。
荷馬車は門の前まで来たかと思うと、スピードを緩め、私達の少し前で止まった。

荷馬車が止まると、中から三人の人が下りてきた。女性が二人と男性が一人。

「なっ!? アリーシャ姫!?」

ネムルさんが驚いた声を上げた。アリーシャ姫、ということはヒストリア王国のお姫様がわざわざ出向いて来てくれたようだ。ネムルさんの様子だと一国の王女がこんな辺境の地に足を運ぶ事自体珍しい、という事だろう。

荷馬車の御者は待機していたが、中に乗っていた三人はこちらへ近づいてきた。椎名が後ろで「綺麗~!」と呟いていた。
そう言うのも無理は無い。男の私から見れば本当に息が詰まる程の絶世の美女。
言うまでもなく三人の内の真ん中の女性がアリーシャ姫だろう。金色のウェーブがかった髪がサラサラと陽光に照らされて、それだけで神々しく見える。凛々しい佇まいの中にも女性らしさと気品に溢れ、青い鎧を装備し帯剣している事を除いてもその美しさに、誰もが王族の者だと思うだろう。

「アリーシャ姫、お久しゅうございます」

ネムルさんが、恭しく件の女性に挨拶をし、頭を下げた。アリーシャ姫はネムルさんの方を向くと軽く微笑んで立ち止まった。

「ネムル、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。で? この者たちが例の勇者達だろうか?」

「はい、そうです」

アリーシャ姫はネムルさんと軽いやり取りをした後、今度はこちらに近づいて来た。その身に似つかわしく無い青い鎧が歩く度にカシャカシャと音を立て、けれど何処と無く様になっているようにも感じさせた。

「初めまして。私はヒストリア王国第一王女にして王国騎士のアリーシャ・グランデだ。この度は魔族と魔物から村を救ってくれて、礼を言う。本当にありがとう」

彼女は毅然とした佇まいに、穏やかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。
王女にして王国騎士。その名乗りに私はようやくしっくりと来た。彼女は王女という建前よりも騎士という役職を重んじているのだ。その振る舞い方も華やかさよりも勇猛さや実直さの方が勝っている印象だ。それでもこの柔和な笑みを見ると、第一印象では取っつきにくそうなイメージだったが、そういう訳でもなさそうだと思えた。
私は彼女の差し出された手を見つめ、すっと取ろうとした。

「おっ、俺!工藤って言います!コイツらは皆、俺の仲間です!よろしくお願いします!」

その時横から工藤がアリーシャ姫の手をガシッと掴んできた。本当にこの男の行動にはたまに辟易とさせられる。姫も面食らったように後退っている。

「そ……そうか。よろしく。あ、あと、こっちは私の侍女のフィリアだ」

「フィリアです。よろしくお願いします」

そう言ってフィリアと呼ばれた女の子はペコリとお辞儀をした。
こちらの女性はフード付きのコートを羽織り、白を基調として纏められており、アリーシャとは対照的に大人しめのシスターのような印象を受けた。杖のような物も所持している事から魔法が得意なのかもしれない。
私はこの時、何となくではあるがこの風景に少しの既視感のようなものを感じていた。特に気にするような事でも無いと思ったので別にこの時はそれっきりで流した。そんな事よりも私は他に彼らと対峙した時から気になっていた事があったのだ。
確信しているこの想いをどのように伝えたものかと思案しつつ、私は言葉を紡いだ。

「あー。私は隼人と言います。後ろの二人は美奈と椎名です。で、アリーシャ姫。一ついいだろうか」

簡単な自己紹介をしつつ、やはり私は単刀直入に伺う事に決める。

「? どうしたのだ? ハヤト殿?」

私の真面目な表情に訝しげな表情を浮かべるアリーシャ姫。私は一呼吸置いて次の言葉を告げる。

「後ろの男性二人は人間では無いようですが、心当たりはありますか?」

「何だと!?」

アリーシャ姫が近くにいる方の従者の顔を見る。従者は急に注目を浴びてぽかんとした顔をしたが、すぐに怒りを顔に滲ませた。

「は? 貴様、何を言っている! 無礼だぞっ!」

「そ、そうだ。ハヤト殿。この者達が人間ではないだと? 私達はここ数週間行動を共にしてきたのだぞ? そんな事は有り得ない」

アリーシャ姫もかなり半信半疑といった様子だ。まあ当然だろう。しかし私もそんな言葉で譲る程不確定な気持ちでは無い。
私は短くため息をついた。

「私はこちらの世界に来てからある能力に目覚めました」

「能力?」

「はい。簡単に言うと精神を操ったり、感じたりする能力なのです」

「……」

アリーシャ姫は黙って私の話を聞いている。他の者達もそれは同様であった。

「私にはその者の精神の状態のようなものが見えます。不安、焦り、喜び、悲しみ。そういう感情が私には色を見分けるように感じ取る事が出来るのです」

「そして人では無いもの、いや、魔族はその色が人間のそれとは明らかに異なる!」

私は背中に挿していたツーハンデッドソードを引き抜き突進、従者の肩口から思い切り斬り裂いた。

「なっ!?」

アリーシャ姫は突然の出来事で驚きを隠せない様子だったが初めから確信があった私はこの一太刀に渾身の力を込めた。

「ぐわああああああああああああーーーーーーーーーっ!」

従者は断末魔の叫び声を上げた。だが斬り口から鮮血が飛び散る事は無い。代わりに黒い淀みのような空間だけが見えて、やがてするりと塞がった。
従者は二、三歩後退り、肩を押さえて笑い始めた。

「ふははははははははーーーーっ! やってくれるじゃねえか! この腐れ人間ごときがあっ!」

「!!? ……そんなっ!?」

アリーシャ姫は驚愕の声を上げる。
だがそんな事は最早お構い無しに、従者は身体から無数の足を溢れるように伸びさせた。足といっても人間のそれでは無い。蛸のような軟体動物のそれのようなものを数十本生やし、上半身がイソギンチャクで下半身が人間というような奇妙なフォルムを形成した。身体の色は紫色で身体から粘液が垂れており、醜悪なその姿には吐き気を催させる。

「先ずはお前からだっ! アリーシャあああああっ!」

そのイソギンチャクは手近にいたアリーシャ姫目掛けて無数の触手を射出した。
私は内心舌打ちする。アリーシャは未だこの一連の流れに困惑し、動揺している筈。予想以上の魔族のスピードにここからでは助けが間に合わないのだ。

ガキンッ!!

しかしアリーシャ姫は私の予想の更に斜め上を行った。
横にいたフィリアを瞬時に抱き抱え、後ろに飛ぶと同時に剣を引き抜き、全ての触手を一太刀の元に迎撃しきって見せたのだ。
あれだけの数を一太刀でどう捌いたのか、正直間近で見てもよくは分からなかった。

「フィリア、離れていろ」

「はい」

姫は鮮やかに着地し、一度距離を取るとフィリアを逃がした。そして改めて魔族に向けて剣を構える。先程の動揺など、今はもう露と消え去っている。この切り換えと機転の早さは感嘆に値する。この姫様は自分で騎士と名乗るだけあって相当腕が立つ。

「ふへへへへへへっ! 姫様よう! お前一人で俺たち魔族に勝てると思ってんのかよ~!」

正体がバレたことにより、人の姿を取る意味も無いと悟ったのか、いつの間にか馬車に乗っていた御者も同じように姿を変え、アリーシャ姫に迫っていた。同じようなフォルムだが、こっちの方は青い色をしている。

「黙れ魔族共」

凛とした声音、そしてその言葉と共にアリーシャ姫の周りの空気が一瞬にして張り詰める。魔族も無意識なのか、触手の動きが数秒止まった。

「一国の王女である前に、騎士である私のヒストリア流剣術、その身に受けて滅ぶがいい」

その立ち姿は神々しく、彼女の身体からオーラのような、闘気のようなものが吹き出した気がした。
たったそれだけの事で場の雰囲気を支配してしまった。
現に二体の魔族はたじろいでいる。

「う、うるせえクソ王女があっ! てめえの身体の隅々までしゃぶり尽くしてやるぁっ!」

二体の魔族は人間の剣気に充てられたのが気に食わなかったのか、怒気を孕ませながらアリーシャ姫に襲いかかった。
アリーシャ姫はというと軽く呼吸を調え、一瞬閉じたその瞳をカッと見開いた。

「アリーシャ・グランデ! 参る!!」

その彼女の闘志に呼応するように一陣の風が舞い起こった。