工藤くんが金属人間と戦っている間に、私はというと、ひたすらに空を高く高く上昇していた。
そして数十秒の時間を経て到達。
私が飛び上がれる限界の高度。五千メートル。
とはいってもそれは私の風の感知の及ぶ範囲が半径五キロだから。
これ以上離れてしまうと工藤くんたちの存在を感じ取れなくなってしまうという意味。
私は目を閉じて改めて精神を集中する。
私の風の能力の問題点の二つ目だけれど、それは攻撃力に乏しいということだ。
暴風にしても、風の刃にしても、肉を切り刻む程度。
エンチャント・ストームで多少は解消できたかもしれないけれど、剣や魔法での攻撃には敵わないのではないだろうかと思う。
かといって魔法は使えないし、剣での戦いというのも私自身どうにも戦闘スタイルからイメージが出来ない。
素早く動くのに邪魔になりそうだし、剣の扱いも覚えるのが面倒だ。
かといって殴る蹴るという行為を今までの人生でしてきたかというと、当然否なのだけれど。
一応もう一回言っておくけど当然否よ?
私、か弱い乙女だし。
もとい、私は腰に提げた巾着から、さっき工藤くんにもらったユニコーンナックルを取り出し、右手に装着した。
それは私の手の形にぴったりとはまり、しっくりと馴染んだ。
たったそれだけのことなのに、私は少しだけ顔に熱を帯びる。
いつもずぼらなクセに、こんな時だけしっかりとした仕事をするとか。工藤くんのクセに生意気。
しっかし流石に高度五千メートルともなれば肌寒い。
この世界に四季というものがあるかは知らないけれど、暦の上では十月二十九日は秋の終わり。
気温もそこそこ低くなってくる頃だ。
この世界に来て別段寒すぎるとか思ったことはないけれど、それでも腕や足が殆ど出ているこの格好ではちょっと厳しいものがあった。
「エンチャント・ストーム」
静かに私は技の名前を呟いて、ナックルの先の尖った部分に暴風を纏わせる。
ちなみにこの名前をネーミングしたのは私だ。
エンチャントは付与、ストームは暴風という意味だったはず。
この技を見出した私は何だか嬉しくて勢いで名前まで考えてしまったのだ。
まあこれからも思いついた技には名前をつけていくつもりだ。
何となくその方が様になる気がして。技の質も上がるような気もするのだ。
別に格好つけたいとかそんな理由ではない。断じて。
さて、準備は整った。
私は足元に這わせた風の流れを解除し、その直後、ふわりとバンジージャンプのように前に倒れ込んだ。
次に今度は両足に気流を纏わせ、ジェット機のように真っ逆さまに加速する。
ビュービューと耳に風の流れる音が飛び込んでくる。
余りの風圧に目を開けているのが辛い。
私はふと、目を閉じた。
別に目を開けていなくても大丈夫。前を見ていなくても、感じられるのだから。
私の眼下では工藤くんと金属人間の動きが、空気の流れを通じて手に取るように分かる。
私はユニコーンナックルを眼下に突き出した。
自身の体を一本の矢に見立てて、重力と風の過重により超加速させる。
あっという間に五千メートルという距離は詰められた。
もうすぐそこに地上だ。
感知の中で感じる。工藤くんはしっかりと働いてくれたのだ。
今、金属人間は完全に動きを止めている。
砕く。完全に破砕してあげるっ!
「椎名ぁ! 今だ!」
私が心の内でそう強く思った瞬間。工藤くんの声が私の名前を呼んだ。
「わかってるわよ!」
私はとりあえず工藤くんの声に答えた。次の瞬間、ナックルに衝撃が走った。
派手な破砕音を響かせて、私の体は勢い余って中空に再び上昇したようだった。
「━━っ!!」
目を開けると、私は五十メートルくらいの上空に止まっていた。
地上の金属人間の体を通過した後上昇し、勢い余ってここまで来てしまったのだ。
「あの金属人間は!?」
感知能力で探るけれど、どこにも見当たらない。
ただ、真下に工藤くんがいる。
彼の方に顔を向けると笑顔でこちらへ向けて手を振っていた。
「椎名~っ!」
「聞こえてるって」
私は工藤くんのバタバタとした動きに笑みを浮かべながら、再び地上へと降下していったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「━━で? どうなったの?」
開口一番私が訊ねると、工藤くんは腰に手を当ててニヤリとしていた。
「俺の周りを見てみろよ」
その言葉を受けて改めて周りを見渡すと、キラキラと輝く金属片がたくさん落ちていた。
言うまでもなく金属人間の粉々になった破片だ。
流石にここまでバラバラになると再生は出来ないみたいだった。
「━━うん、やったみたいね」
「おうよっ。へへへっ」
私は工藤くんが鼻を擦りながら笑う姿を見てふうっとようやく一息吐いた。
思えばちょっとした暇潰し程度のつもりだったのに、かなり大変な思いをした。
二人共にかなりガチの全力で戦ったし。
こんなではまだまだ自身の力に自惚れている場合ではなさそうだ。
だけど今回の戦いで、私たちの力はお互いいい具合に知ることが出来た。
なんとなく課題も見えたかな?
「は~っ! ……疲れた」
工藤くんもその場にぺたんと座り込んだ。
今回体を張って戦ってくれたので、私より疲労困憊(ひろうこんぱい)だろう。
その時だ。周りの金属片が突然カタカタと震え出した。
「━━っ!!? ……うそでしょ? まさか!?」
「まだ終わんねーのか!?」
工藤くんも素早く立ち上がり身構える。
これで倒せないのなら一体どうすればいいのだろう。
今のうちに逃走するべきか?
そうこう考えている内に、金属片が一つに集まっていく。
やはり再生が始まった。
そして次の瞬間、金属片は目も眩むような光を放った。
「「━━━━っ!!?」」
私と工藤くんは眩しさに目を開けていられなかった。
目は開けてはいないが、風の感知は生きている。
私は様子を伺ってはいたが、結局それは杞憂だと程なくして気がついた。
そのまま金属片は跡形もなく消え去ったのだった。
「……倒せたみたいね」
「……だな」
目の前には最初に祠に入った時にあった一振りの剣が落ちていた。
あの時と違うのは、きちんと鞘がついていることだ。
どういうことかは詳しくは分からないけれど、剣が私たちを試したのかもしれない。
剣を守護する金属人間を倒せたことによって、私たちを剣を持つ資格があると認めてくれたのではないだろうか━━なんてちょっと都合良すぎる解釈かしら。
「やれやれだ」
工藤くんはため息を吐きつつ、徐に剣を拾い上げた。
「それ、持ってくのよね?」
「え? 持ってくだろ? 戦利品だぜ? 隼人にあげんだろ?」
「うん。まあそのつもりだったけど。何か私たちの苦労を考えるとさ、何の苦労もなく隼人くんが使うとか、ちょっと癪(しゃく)じゃない?」
そう言う私の言葉を聞いて、工藤くんの動きがピタリと止まる。
「……確かに。急に腹立ってきた」
「でしょ?」
「じゃあ置いていくか!」
「はっ!? えっ!? お、置いていくの!?」
「いや! どっちだよ!?」
置いていくとか言われると、流石に勿体なさすぎる。
確かにどっちだよとツッコミたくなる気持ちも分かる。
けれど、そこは察してほしいものだ。
「だって……女心は複雑なのよ」
工藤くんはあからさまに長いため息を一つ吐いた。
「帰るぞ。腹減った」
そうとだけ言うと彼は結局、剣を持ってそそくさと村へと帰っていってしまうのだ。
「ちょっと! 待ちなさい! 工藤くんのクセに生意気よ!」
慌てて追いかける私。
ホントに工藤くんのクセに生意気すぎる。
後でいじめてやろう。
そう一人ゴチつつ、私は彼の背中を追いかけながら微笑んでいた。
私たちの冒険は、まだ始まったばかりなのだ。
そして数十秒の時間を経て到達。
私が飛び上がれる限界の高度。五千メートル。
とはいってもそれは私の風の感知の及ぶ範囲が半径五キロだから。
これ以上離れてしまうと工藤くんたちの存在を感じ取れなくなってしまうという意味。
私は目を閉じて改めて精神を集中する。
私の風の能力の問題点の二つ目だけれど、それは攻撃力に乏しいということだ。
暴風にしても、風の刃にしても、肉を切り刻む程度。
エンチャント・ストームで多少は解消できたかもしれないけれど、剣や魔法での攻撃には敵わないのではないだろうかと思う。
かといって魔法は使えないし、剣での戦いというのも私自身どうにも戦闘スタイルからイメージが出来ない。
素早く動くのに邪魔になりそうだし、剣の扱いも覚えるのが面倒だ。
かといって殴る蹴るという行為を今までの人生でしてきたかというと、当然否なのだけれど。
一応もう一回言っておくけど当然否よ?
私、か弱い乙女だし。
もとい、私は腰に提げた巾着から、さっき工藤くんにもらったユニコーンナックルを取り出し、右手に装着した。
それは私の手の形にぴったりとはまり、しっくりと馴染んだ。
たったそれだけのことなのに、私は少しだけ顔に熱を帯びる。
いつもずぼらなクセに、こんな時だけしっかりとした仕事をするとか。工藤くんのクセに生意気。
しっかし流石に高度五千メートルともなれば肌寒い。
この世界に四季というものがあるかは知らないけれど、暦の上では十月二十九日は秋の終わり。
気温もそこそこ低くなってくる頃だ。
この世界に来て別段寒すぎるとか思ったことはないけれど、それでも腕や足が殆ど出ているこの格好ではちょっと厳しいものがあった。
「エンチャント・ストーム」
静かに私は技の名前を呟いて、ナックルの先の尖った部分に暴風を纏わせる。
ちなみにこの名前をネーミングしたのは私だ。
エンチャントは付与、ストームは暴風という意味だったはず。
この技を見出した私は何だか嬉しくて勢いで名前まで考えてしまったのだ。
まあこれからも思いついた技には名前をつけていくつもりだ。
何となくその方が様になる気がして。技の質も上がるような気もするのだ。
別に格好つけたいとかそんな理由ではない。断じて。
さて、準備は整った。
私は足元に這わせた風の流れを解除し、その直後、ふわりとバンジージャンプのように前に倒れ込んだ。
次に今度は両足に気流を纏わせ、ジェット機のように真っ逆さまに加速する。
ビュービューと耳に風の流れる音が飛び込んでくる。
余りの風圧に目を開けているのが辛い。
私はふと、目を閉じた。
別に目を開けていなくても大丈夫。前を見ていなくても、感じられるのだから。
私の眼下では工藤くんと金属人間の動きが、空気の流れを通じて手に取るように分かる。
私はユニコーンナックルを眼下に突き出した。
自身の体を一本の矢に見立てて、重力と風の過重により超加速させる。
あっという間に五千メートルという距離は詰められた。
もうすぐそこに地上だ。
感知の中で感じる。工藤くんはしっかりと働いてくれたのだ。
今、金属人間は完全に動きを止めている。
砕く。完全に破砕してあげるっ!
「椎名ぁ! 今だ!」
私が心の内でそう強く思った瞬間。工藤くんの声が私の名前を呼んだ。
「わかってるわよ!」
私はとりあえず工藤くんの声に答えた。次の瞬間、ナックルに衝撃が走った。
派手な破砕音を響かせて、私の体は勢い余って中空に再び上昇したようだった。
「━━っ!!」
目を開けると、私は五十メートルくらいの上空に止まっていた。
地上の金属人間の体を通過した後上昇し、勢い余ってここまで来てしまったのだ。
「あの金属人間は!?」
感知能力で探るけれど、どこにも見当たらない。
ただ、真下に工藤くんがいる。
彼の方に顔を向けると笑顔でこちらへ向けて手を振っていた。
「椎名~っ!」
「聞こえてるって」
私は工藤くんのバタバタとした動きに笑みを浮かべながら、再び地上へと降下していったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「━━で? どうなったの?」
開口一番私が訊ねると、工藤くんは腰に手を当ててニヤリとしていた。
「俺の周りを見てみろよ」
その言葉を受けて改めて周りを見渡すと、キラキラと輝く金属片がたくさん落ちていた。
言うまでもなく金属人間の粉々になった破片だ。
流石にここまでバラバラになると再生は出来ないみたいだった。
「━━うん、やったみたいね」
「おうよっ。へへへっ」
私は工藤くんが鼻を擦りながら笑う姿を見てふうっとようやく一息吐いた。
思えばちょっとした暇潰し程度のつもりだったのに、かなり大変な思いをした。
二人共にかなりガチの全力で戦ったし。
こんなではまだまだ自身の力に自惚れている場合ではなさそうだ。
だけど今回の戦いで、私たちの力はお互いいい具合に知ることが出来た。
なんとなく課題も見えたかな?
「は~っ! ……疲れた」
工藤くんもその場にぺたんと座り込んだ。
今回体を張って戦ってくれたので、私より疲労困憊(ひろうこんぱい)だろう。
その時だ。周りの金属片が突然カタカタと震え出した。
「━━っ!!? ……うそでしょ? まさか!?」
「まだ終わんねーのか!?」
工藤くんも素早く立ち上がり身構える。
これで倒せないのなら一体どうすればいいのだろう。
今のうちに逃走するべきか?
そうこう考えている内に、金属片が一つに集まっていく。
やはり再生が始まった。
そして次の瞬間、金属片は目も眩むような光を放った。
「「━━━━っ!!?」」
私と工藤くんは眩しさに目を開けていられなかった。
目は開けてはいないが、風の感知は生きている。
私は様子を伺ってはいたが、結局それは杞憂だと程なくして気がついた。
そのまま金属片は跡形もなく消え去ったのだった。
「……倒せたみたいね」
「……だな」
目の前には最初に祠に入った時にあった一振りの剣が落ちていた。
あの時と違うのは、きちんと鞘がついていることだ。
どういうことかは詳しくは分からないけれど、剣が私たちを試したのかもしれない。
剣を守護する金属人間を倒せたことによって、私たちを剣を持つ資格があると認めてくれたのではないだろうか━━なんてちょっと都合良すぎる解釈かしら。
「やれやれだ」
工藤くんはため息を吐きつつ、徐に剣を拾い上げた。
「それ、持ってくのよね?」
「え? 持ってくだろ? 戦利品だぜ? 隼人にあげんだろ?」
「うん。まあそのつもりだったけど。何か私たちの苦労を考えるとさ、何の苦労もなく隼人くんが使うとか、ちょっと癪(しゃく)じゃない?」
そう言う私の言葉を聞いて、工藤くんの動きがピタリと止まる。
「……確かに。急に腹立ってきた」
「でしょ?」
「じゃあ置いていくか!」
「はっ!? えっ!? お、置いていくの!?」
「いや! どっちだよ!?」
置いていくとか言われると、流石に勿体なさすぎる。
確かにどっちだよとツッコミたくなる気持ちも分かる。
けれど、そこは察してほしいものだ。
「だって……女心は複雑なのよ」
工藤くんはあからさまに長いため息を一つ吐いた。
「帰るぞ。腹減った」
そうとだけ言うと彼は結局、剣を持ってそそくさと村へと帰っていってしまうのだ。
「ちょっと! 待ちなさい! 工藤くんのクセに生意気よ!」
慌てて追いかける私。
ホントに工藤くんのクセに生意気すぎる。
後でいじめてやろう。
そう一人ゴチつつ、私は彼の背中を追いかけながら微笑んでいた。
私たちの冒険は、まだ始まったばかりなのだ。