「うわっ、埃すっごいっ……」

けほけほと鼻と口を塞ぎながら中へと足を踏み入れる。
椎名は眉をへの字に曲げながら涙目になっていた。
かくいう私もあまりの埃の凄さに若干むせていた。
美奈も辛そうではあるが彼女の衣服は私と椎名とは違い、袖に余裕がある。
そこを上手くマスクのように当てがって、そこそこ難を逃れているようだ。

「ガハハハッ! こんなの慣れればどうってことねえ――ガハッ! ……うごほおっ! ごほっ!」

「いや……むせてんじゃん……」

椎名のジト目を受けつつ、豪快に笑った際に思い切り埃を吸い込んだのだろう。
チャドルさんは涙目になり苦しそうに咳込んだ。

「まあ……俺もここに入るの久しぶりだしなっ! ガハハハッ……ごほっ! ごほっ!」

「いや、だからそんな笑い方するからでしょ……」

「――だなっ! げほっ、げほっ」

「――ったく。変な人」

椎名は呆れたように流し目を送りながら苦笑いを浮かべる。
それでもチャドルさんも椎名もどこか楽しそうだった。
まあ楽しいならば何よりだ。
異世界に来て、始めの頃はこんなのんびりとした時間を過ごせる時が来るとは全くもって思えはしなかったのだから。
さて、私達が今いるこの場所は村の倉庫である。
様々な備品や武器、防具なんかも置いてある。
一度色々拝見してみたいものだが今は埃まみれのこの状況から抜け出したい気持ちが勝つので、早く用件を済ませたいところであった。
中はそこまで広くはない。
窓もないので昼間にも関わらず見通しが悪い。
今は若干目が慣れてきたせいもあり、大体の物の陰は見えるので大丈夫だが、足の踏み場もないほどに物が置かれていて、四人も人が入っているので狭いことこの上なかった。

「――お、あったあった。ここだっ」

倉庫の最奥の書棚の上に重厚な本が何冊か積まれていた。
百科事典のようなその本の中から幾つか物色した後、チャドルさんは一冊の本を手に取った。
床に近い場所で丁寧に埃を払う。

「ほらよ、ミナちゃん」

「あ、ありがとうございます」

徐に渡された本を手に取り、まじまじと見つめている美奈。
椎名も彼女の肩にちょこんと顎を乗せ、美奈の腰に手を回し、後ろから珍しそうに覗き込んでいる。

「ふ~ん。何か変な文字が書いてあるわね」

「古代文字だからな。俺にも殆ど読めねえ。でもたぶんそれで合ってるはずだ」

「で? これをどうするわけ?」

「簡単だっ、本を開いてぱらぱらとページをめくりゃいい。適正があるなら本が対象に反応して魔法の知識が流れ込んでくるはずだ」

「へえ~っ」

チャドルさんの話に感心したように声を上げる椎名。

「美奈、やってみてよ。ちなみにせっかくだから私もこのまま覗いててい? もしかしたらワンチャン修得できるかもしれないしさ」

「ガハハハッ! シーナちゃんは無理だなっ。さっきも属性の適正はなかったんだからっ」

「むむ……ふんっ、念のためよっ」

チャドルさんに笑われて少しむくれた椎名だったが、美奈と共に魔法の本は見るつもりらしい。
先程属性検査の際に、私と共に魔法の適正がないことは確認済みだがどうしても諦めきれないのだろう。

「――じゃ、いくよ?」

そんな椎名を気づかいつつ、一緒に見ようと二人は横に並んだ。

「あ、隼人くんも見る?」

「――私はいい、そのままやってみてくれ」

一瞬悩みはしたが、この狭い空間だ。二人とかなり密着した状態にならなければいけない。
流石にそれは少し気が引けるのだ。

「ふ~ん……あっそ」

椎名はそれに気づいてかは分からないが素っ気なく私の言葉に従ったようだ。
美奈はそのままえいと本をとめくってみせた。

「――っ」

途端に本がほんのりと輝きだした。
うっすらとした光が本からは浮かび上がり、そのまま美奈の体へと移っていったのだ。
光は吸い込まれるように彼女の体へと入っていった。何とも幻想的で不思議な現象だ。
当の美奈はというと、不思議そうな顔で自分の掌を見つめている。

「美奈、大丈夫か?」

「あ、うん。ごめんね? 問題ないよ?」

「ガハハハッ! うまくいったみてえだなあっ! ガハハハッ」

「かあ~っ、おっきな声っ!」

椎名は耳を塞ぎながらしかめ面を作る。
そうしながらちゃっかり他の魔法書もパラパラめくって見ている辺りが流石だ。
そのどれを見ても、美奈と同じような結果は得られていなかったようだが。
とにかく美奈は何事もなかったように微笑んでいる。
これで魔法の修得が成ったとは、不思議なものだ。
一体どういう原理なのか、私には全く知る由もないが、異世界に来て、始めてしっかりとその文化に触れたような心持ちとなり、胸がドキドキしていた。

「はあ~。よく分かんなかったけど、私はやっぱりダメだったみたいね。でも何となく理解はしたわ。じゃ、私はここからは自分のことに専念するから、あとは二人で頑張ってっ。チャドルさん、ありがとねっ」

「お、おうよっ」

椎名はそう言い笑顔でサムズアップを決めた。チャドルさんもニヤリとサムズアップを返していた。
この二人は中々気が合いそうだなと思う。と言っても椎名は元々誰とでもうまく立ち回る奴なのだとは思うが。
彼女はそのまま倉庫を後にし、去っていった。
そんな彼女の背中を見送りつつ、本当に風のような奴だなと思うのだった。