そんなこんなで私達は魔法の適正検査を終え――。
三人は一度外へと足を運び、広場まで場所を移そうということになった。
今はチャドルさんのところから移動の途中だ。
それにしても――。

「あっ、ミナちゃんおはよう」

「ミナちゃん体調は大丈夫かい?」

「ミナちゃん今日も可愛いねえ」

「あっ、お姉ちゃん! 遊ぼっ!」

広場に来るまでの道すがら、村の人々は老若男女その全てがすれ違う度に美奈へと声を掛ける。
その度に彼女ははにかみ手を振り相づちを返すのだ。
ふむ――。
我が恋人があまりにも愛らしく可愛いすぎるとはいえ、この差はなんだろうか。
私もすぐ隣にいるというのに。
そこまで私は存在感が希薄なのかと多少ヘコんでしまいそうになる。
そんな私の内心を知ってか知らずか、不意に服の袖口をちょいちょいと掴まれ顔を上げるとにこやかな美奈の笑顔。

「――――っっ」

破壊力半端ないっ!!
そんな気づかいも出来るとか、本当にこの娘は一体どこまで天使なのだっ!
やはりこの笑顔を見ていると大きく納得をしてしまう。
私の目の前にいるのは女神なのだからそこは仕方ないかとも思ってしまったのだ。
うむ。何せ神なのだ。人とは異なる。
私のような凡人が神を目の前にして何とも烏滸(おこ)がましい考えを抱いてしまったものだ。
何と傲慢な思考か、本当に自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。

「すみませんでした」

「え!? 隼人くん、どういうこと!?」

突然腰を折り謝罪する私に、戸惑いツッコミを入れる美奈。
うむ。そんな美奈の慌てた顔もグッドだな。

「よおし、何かわかんねえけどハヤトの謝罪っていういいもんも見れたことだし、いっちょやってみっかっ」

「え!? 今の時間て隼人くんの謝罪待ちだったんですかっ!?」

チャドルさんの機転の利いたギャグに戸惑いツッコミを入れる美奈。
私が変な謝罪をしてしまったがために空気がおかしくなってしまった。
それはちょっと反省だ。
実はとっくに広場には到着していた。
にもかかわらずその場に留まり周りを眺めたり何するでもなくぼんやりとした時間を過ごしていたのだ。

「いやな、ハヤトみてえな羨ましい男はいっぺん土下座で謝罪でもしてもらわねえと俺の気が済まねえってもんでなっ! ガハハハハッ!」

「……はあ……??」

美奈はわけが分からず頭の上にはてなを浮かべ続けていた。
いや、流石に土下座はしないから。
それにあまり美奈をからかうのはやめてほしいものだ。半分は私のせいなのだが。
未だに豪快に笑い続けるチャドルさんを、冷ややかに眺めていた。
美奈はこのやり取りには到底ついていけず、かなり辟易した表情を見せた。
彼の豪快な笑いにも飽きてきたのでふうと短いため息を漏らしジト目を送る。

「とにかくチャドルさん、ここまで来たんだから先へと進めて欲しいのだが……」

「あん? まあ、そだな。わーったよ。ハヤトの謝罪も見れたしな。いよいよ実践訓練と行こうじゃねえか。ガハハハハハハッ」

チャドルさんはそう言い再び豪快に笑うと、耳をほじほじとしながら前に出て、広場に生えている木の前で立ち止まる。
そうして静かになったかと思うと、手を目の前にかざし、目を閉じた。

「大気に漂いし風のマナよ 我が手に集いて大いなる風となれ」

精神を集中しているチャドルさんの周りに薄ぼんやりと光の幕が出来る。
チャドルさんを中心に突風が吹いた。

「ウインド!」

力ある言葉と共に、突風はチャドルさんの前方へとびゅおうっ! と吹き荒れた。
視線を先へと向けると目の前の木の葉が、木そのものがガサガサゆらゆらと揺らめいていたのだ。
木の葉は幾らかの細い枝ごと吹き飛ばされ、宙を空高く舞い上がった。
数秒の間隔を置いて、とさりと地に落ちる枝葉の数々。

「ま、ざっとこんなもんよ」

チャドルさんはこちらを振り向き得意気に鼻を擦ってみせた。

「うんっ、すごいです! 魔法って」

先程までの辟易した様子はどこへやら。
美奈は嬉々とした表情で胸の前でぱちぱちと手を合わせる。

「だろう? まあこれは初歩的な魔法だから威力はそこまでだが、それでも人1人を十数メートル吹き飛ばせるくらいの威力はある」

美奈が半ば興奮気味にチャドルさんに詰め寄ったものだから、彼は更に得意気になった。
いや、別に構わないのだが、美奈ちょっと感心しすぎではないだろうか。いや、別に構わないのだが。

「おしっ、じゃあ次はミナちゃんの番だぜ?」

「え? 私ですか?」

突然自分に振られると思っていなかったのか、美奈は戸惑い眉根をひそめる。

「ああっ、もう習得は成ったんだからなっ。あとは実践あるのみだぜっ」

そう言いチャドルさんは木の下にあった大きさ五十センチ程の岩を広場の真ん中まで運んだ。
やはり中々の力持ちである。

「ミナちゃんっ、的はこの岩だ。いっちょやってみてくれっ」

「あ……はい」

自信なさげにしつつ、とことこと歩を進める美奈。
岩との間隔を五メートル程開けて、そこで立ち止まる。
ちらとこちらを見やる美奈はかなり不安そうであった。

「大丈夫だ。美奈ならきっとできる」

「……うん、やってみるよ」

私の言葉に目を見開き、やがて決意を固めたようにキリッとした表情を浮かべた。
うむ。頑張る彼女は凛々しく美しい。
さて、ここから彼女は昨日習得した魔法の詠唱に入ることになるのだが、その時の事を述べておこうと思う。
時間は昨日の未明に遡る――。