さて、講義は唐突に終わりを告げ、次にやるのは魔法適正の儀式だ。
 儀式と言うと仰々しく聞こえるが、実際そこまで大したものではない。
 やる事と言えば至って単純明解。目の前のテーブルに置かれた木の葉に念を込める、以上なのだ。
だからそうだな、これは検査という方が一番しっくり来るかもしれない。

「じゃあさっさとやっちまえよハヤト」

「――うむ」

私は椅子に座り直し姿勢を正すと、改めて目の前の葉っぱへと視線を注ぐ。
何の変哲もない緑色の葉っぱだ。
この世界の特別製とかそういうものではない。
そこら辺に生えている木の葉を千切って持ってきただけ、ただそれだけのものなのである。まあ異世界のものという時点で私にとってはレアリティの高い代物なのかもしれないが、これを私達の元いた世界に持って帰られれば、という条件付きだ。
私はこくりと喉を鳴らすと掌を葉っぱの周りにかざし、目を閉じむううと念じてみた。
私の中に流れる魔力で以てマナに干渉し、その力を葉へと伝える。
先程習った理論を元に、そんなイメージを膨らませながら実践してみるのだが――。

「――やっぱ無理だな。ハヤト、おめえに魔法の才能はねえよ」

「うぐっ……」

チャドルにそう突っ込まれ、幾らか精神的ダメージを受ける。
私は葉っぱわ握りしめガクリと項垂れたのだ。
改めて葉っぱを観察しても何も変わった様子は見受けられない。
くりくりと目の前で回して眺めてみるが、これっぽっちの変化も起こっていないようであった。
やはり、ダメか。

「そのようだな。では次は美奈、やってみてくれ」

私はこの事案はきっぱりと諦め気持ちを切り替えることに決めた。
さて、次は美奈だ。

「え? あ、――うん」

彼女は私の言葉を受けてちょっと戸惑うような複雑な表情をしながらも、私が明け渡した席へとちょこんと座った。
そうして私の時と同じように、手を葉っぱの周りへと持っていく。そのまま目を閉じ、精神を集中し始めたのだ。

「――――」

突如美奈の体が、淡い光を放っているように感じられた。
今は昼間。部屋の中とはいえかなり明るい。
だからはっきりとは分からないが、恐らく本当に彼女の体は今薄い光の幕で包まれているのだろう。
程なくして光が収まり、美奈はそっと手をのけた。

「――ふう」

「おおっ! 昨日とおんなじだっ! 流石俺のミナちゃんだぜっ!」

どさくさに紛れて俺の美奈ちゃん呼ばわりはかなり聞き捨てならないが、それは今は措いておくとして。昨日と同じく葉っぱの様相が変化しているのを見て私は感嘆の息を漏らした。
――葉っぱが薄い光を放っているのだ。

「へへっ! ミナちゃんはやっぱり光属性の適正があるみてえだなっ! さしづめ光の女神ってとこだっ」

「えへへ……そんなことないです」

このおっさん良くそんな臭いセリフ言えるなと思いつつ、頬を朱に染めはにかむ彼女の笑顔があまりにも眩しくて、尊いとは思うのだ。
――うむ。光の女神。確かに。

「ところで女神よ、その感覚とは一体どういった感じなのだ?」

美奈は私に女神と言われ、嬉しそうにするかと思えば若干ムッとした表情を見せた。
それがまためちゃめちゃ可愛い。
チャドルさんなんか「うはっ……」とか完全に胸を射抜かれたような声を上げた。

「えっと……普通だよ? なんかこう、身体の中を流れる血液を感じて一体になるっていうか。とにかく目を閉じて自分の中にある不思議な力を感じるの。あとはそれをうまくイメージしながら動いてくださいってお願いするみたいな?」

――うむ、よく分からん。
流石私の美奈なのだ。
頭で考えるより体が勝手に理解し、そう動けてしまう。
天才というやつだな。

「なるほど。まあその辺の感覚は人それぞれなのかもしれないな」

「ハヤト、ミナちゃんの才能に嫉妬するなよ? ミナちゃんはもしかしたら天才魔法少女かもしんねえんだからなっ。ガッハッハッハッ!」

そうして言い馴れ馴れしく美奈の肩に手を置くチャドルさん。
私は少しめんどくさくなり、曖昧な返事を一つ返すに止めた。
さて、この魔法適正の結果とそれに対する属性の見分け方なのだが。
――至ってシンプルだ。
地属性ならば葉が何らかの形で成長する。
水属性ならば葉が潤う。
火属性ならば焦げたり燃えたりする。
風属性ならば宙に浮いたり舞い上がる。
闇属性ならば葉に黒い靄がかかり、枯れたりする。
光属性ならば今のように淡く光るといった風なのだ。
私の場合は昨日に続き今回も何も起こらなかったので、そもそも魔法は使えそうにないのだとか。
ちなみに椎名も工藤も私と同じ結果であった。
彼らはそれぞれ風の能力と地の能力を持つ。
その属性の魔法は使えるだろうと思っていただけに、かなり意外であった。
やはり彼らの能力は本来の魔法とは全く違った性質のものなのかもしれない。
まあしかし、この結果も悪いことばかりではない。
椎名と工藤も魔法が使えるとあれば、魔法適正がない者が私だけとなり、仲間外れ感、疎外感みたいなものに苛まれたに違いないのだ。
今もチャドルさんに何を言われていたか分からない。
この人は割と思ったことをずけずけ言うタイプのようだからな。
そういった意味では助かったと言えるのかもしれなかったのだ。

「あの……隼人くん」

「ん?」

一人思考の海に耽る私の袖をくいくいと引っ張って、美奈が私の名を呼んだ。
何の気なしに振り向くと、美奈は申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。

「あの……ごめん、ね?」

自分だけが魔法適正があったことを気に病んでいるのだろう。
私はそんな彼女ににこりと微笑む。

「美奈、そんな事で気に病む必要はない。これはお前がこのグラン・ダルシで得た素晴らしい才能だ。これに賞賛を送ることはあれど、嫉妬や劣等感などといった感情を抱くことは一ミリも無い。本当に、私の彼女はすごい人だ」

私の言葉を目を見ながら最後まで真剣に聞きつつ、徐に目を逸らした。それから彼女は頬をほんのりと朱に染めたのだ。

「――あ……えと……ありがと」

「――っ」

「……隼人くん?」

「あ、ああ。いや、何でもない」

「??」

私は若干言葉を失いつつ目を背けてしまう。
変に思われただろうか。いや、でも勘弁してほしい。そういったはにかむような表情は反則だと思うから。
私は一人、薄明かるい室内で二人から顔を背けつつ額に手を当て思うのだ。
――女神越えてる、と。