美奈は私と目が合うと、しばらく目を左右に泳がせ、ふうと短く息を吐いた。
それからゆっくりと体を私の方へと向け、前に立つ。
すすすと数歩前に歩み寄り近づき、上目遣いで遠慮がちに私を見つめたのだ。
恥ずかしそうにして、両の手をもじもじと弄びながら、何かを言おうと頬を赤くする。
その一連の仕草があまりにも可愛らしくて、一瞬惚けたようになってしまう。
やがて彼女はふっと花のように微笑んだ。

「……っ」

それだけで私は言葉を失ってしまう。
彼女の瞳はいつもと変わらない、優しさに満ち溢れた温かなものだ。
私の心を何度も照らし続けてきてくれた。
確かな輝きを持つそれは、私の心を掬い上げる一筋の光なのだと思える。

「……あの、さ? えっ……と……私もみんなが傷つくのは見たくないよ? だけど……さ? この世界が大変なんだよね? みんな、困ってるんだよね? 私たちなら、もしかしたら助けてあげられるかもしれないんだよね?」

美奈は私の目を見つめたり、逸らしたりしながら頬を赤らめている。時折かち合う瞳が私の心の奥底を掴みとっていくようだ。
美奈に見つめられる。
たったそれだけのことがひどく特別なことのように思えて。
きっと誰しもその瞳の前では、例外なく優しい気持ちになってしまうのではないかと思える。
少なくとも私はそうだ。
そのくらい彼女の眼差しは、慈悲と慈愛に満ちているのだ。
私は小さく息をつく。

「……うむ、そうかもしれない。可能性は……低いかもしれないが」

「じゃあさ、みんなで助け合ってみたらどうかな?」

彼女は胸の前で手をぱちんと叩き、小首を傾げにっこりと微笑んだ。

「……美奈」

「どうやったってさ、上手くいかなかったり、つまづいたりすることって、あると思う。何が正しいかはわからないよ? けど私は、自分が正しいと思うことをしたい。苦しいことも皆で分け合って、助け合って乗り越えていけばいいんじゃないかなって」

最初の内こそたどたどしかった言葉が今は流暢に彼女の口から溢れていた。
彼女の瞳の揺らめきがどうしようもなく愛おしいのだ。

「私たちは一人じゃないから。4人もいるんだから。皆で力を合わせて世界を救って、必ず元の世界に帰ろうよ……ていうのはダメ? わがまま……かな?」

正しいと思うことをしたい、か。
美奈はいつもそうだ。
結局そうして自分の事よりも周りを優先してしまう。
今回も椎名を庇って毒に侵されて、自分の命が危険に晒されたのだ。
そんな目に合っておきながらも、再び周りの困っている人達を助けたいと願う。
私は誰よりも、美奈に傷ついて欲しくないというのに……。
しかしそれでも、いつだって私は美奈の言葉に、誰よりも心が動かされてしまうのだ。
誰よりも大切だから。守りたいから。
それはわがままなどではない。
私にとっても、――大切な願いなのだ。

「ん~、うんうん。さっすが美奈。分かりやすい! 私も隼人くんもさ、打算的過ぎなのよっ!」

「よっしゃ! 俺もよくわかったぞ! お年寄りには席を譲れってことだろっ!?」

「あんたが喋ると何かムカつくのよっ!」

「え!? 最早ただの悪口だよね!?」

やかましく言い合う工藤と椎名を横目に、ふうっ、と私は今日何度目かの深いため息を漏らした。
やはりとは思ったが、どうやら逃げ場はないようだ。
決意を固め、とは行かないまでも、ある程度私も覚悟は決まった。

「――ではいいのだな?」

私の言葉に椎名は口角を上げてこちらを振り向いた。

「てゆーかさ、結局反対してたのって隼人くんだけな気がするんだけど?」

人差し指で襟足をくるくると弄びながら、呆れ顔でため息を吐く。
彼女の口元にニヤリと挑戦的な笑みが零れた。
私は思う。
つまるところ、こんな皆のことが好きなのだ。大切な、大切な友人なのだ。
彼らにこう言われてしまえば最早断ることなどできるはずもない。

「……それもそうだな。私は本当にわがままで、臆病者だったらしい」

椎名につられてか、観念すると笑みが零れてきてしまった。
胸の中は今も不安で一杯なのだ。
だが先程とは違い、やってやろうではないかという気概も溢れていた。
ふと繋いでいた手がきゅっと握られて、顔を前へと戻した。
――そこにはもちろん、すぐ近くに美奈の顔があった。

「わがままなんかじゃないです。隼人くんの優しさは十分伝わったから。私も……私たちもあなたの願いに応えたいんだよ?」

「――っ」

彼女の笑顔はどこまでも輝いて見えた。
私はそんな彼女の笑顔に心から破顔してしまう。
――――大好きだ。
私は彼女の掌に指を絡め、きゅっと優しく握り返し、見つめ続けた。
そんな視線を彼女は優しく受け止めて微笑んでくれる。
私達の心はしっかりと繋がっているのだと確信できる。

「……えっと……急に世界に入り込まないでくれるかなあ~……」

「「っ!!??」」

そんな私達を見て椎名はこほんと大袈裟に咳払いした。
それにより綻んだ笑顔は露と消え、私達は慌てて繋いだ手を放した。
ちっ、という軽い舌打ちが耳に届いた。

「ったく……ちょっと近づくとす~ぐイチャイチャするんだからっ……ここまでのやり取りがバカらしくなるんデスケド」

「す、すまない……その、色々と、反省している」

私は顔に熱を帯びるのを自覚しながら、冷ややかな椎名の視線に胆が冷える。
再び椎名の大袈裟なため息が漏れた。

「……まあいいわ。とにかくさ、隼人くん。そういうことだからっ。でもね、あんまり私たちが無茶しすぎてたりしたら、ちゃんとブレーキを掛けてもらわないとなんだからね? その辺は冷静なあなたの仕事。頼むわよ?」

そう言いつつ、最後にはぴしっとサムズアップを決める椎名。
そんな彼女も陽光に照らされて充分過ぎるほど綺麗だと思った。

「ああ、任せておけ。私が全力で皆を守ってやる」

「ふざけんなっ、隼人! 俺が守ってやんだよ!」

「だからあんたが喋ると何かムカつくのよっ!」

「え!? 椎名! ただの悪口傷つくんですけどっ!?」

「ふふっ、めぐみちゃん、あんまりはっきり言うと工藤くんが可哀想だよ?」

「え? 高野、否定してくんねえの!?」

森の中に笑い声が響き渡る。
陽光が眩しくて、鳥の囀りが心地良くて、この津々とした森の中で、初めて穏やかな時間が流れている。