村を出てから暫くして、ふと歩みを遅め木陰に立ち止まる。
見上げた空は腹立たしいくらいに澄みきっている。
――――美しい空だ。
こんな気持ちの中で見るには、本当に息苦しすぎる。
胸の中がざわざわとして、落ち着かないのだ。

「――全く、急に走って行っちゃわないでよね」

ふと振り返ると美奈、椎名、工藤の三人の姿がそこにあった。
皆それぞれ三者三様の表情で私を見つめている。
すぐに追いかけてきてくれたのだろう。
私はそんな彼らを見て、少しだけ冷静な気持ちを取り戻した。
途端に今度は先程までの自分自身の対応に、恥ずかしさが込み上げてくる。

「――すまない……皆」

「断っちゃうの?」

椎名の反射的なその質問に、私は言葉を詰まらせてしまう。
美奈は顔を曇らせている。
工藤は何だかいつも通りだ。
彼女達を見つめながら、私はふうっと一つ深呼吸をする。
瞬きをしながら上を向き、目を閉じる。
――光が――眩しい。

「…………正直話が壮大過ぎて、私達ではどうする事も出来ないと思っている」

「はっ!? マジかよ。てか別にやってみなきゃわかんねえじゃねえかよ」

工藤の予想通りの答えが返ってきた。
あっけらかんと言い放つ彼の言動には清々しささえ感じられる。
それが酷く羨ましくて、腹立たしい。
元々この世界に肯定的であったし、覚醒によって特別な力に目覚めたのだからそう考えるのも分からなくはない。
それはそうなのだが――。

「私達は覚醒によって特別な力を得た。だが、特別な力を得た事と自分が特別だと思うことは別問題だ」

皆黙って私の言葉に耳を傾けてくれていた。
そこに皆の優しさを感じてしまって胸が熱くなる。
私自身は一体何のためにこんな気持ちを感じているのか。それが分からなくなりそうなほどに。
日射しが斜めに差し込み、体を包む空気はほんのりと温かい。

「私達は特別でも何でもないのだ。ただの平凡な高校生だ。これまでの戦いも、たまたまうまくいっただけ……もしかしたらこの中の誰かが欠けていたかもしれなかったのだ。もしこの先、そんな事になってしまったら……。そう思うととてもやりきれない気持ちになってしまうのだ」

「ああ……まあ……な。……う~む……」

珍しく工藤が私の言葉に考え込むように腕を組んで下を向いた。
私の言葉を受け、流石に彼も彼なりに現実を慮(おもんばか)ったのだろう。

「それに、こちらの世界の人々もどうかしていると思うのだ。予言にあったとはいえ、別世界から現れた私達に世界の命運を託すなど、少なくとも私ならそんな考えは抱かない。とてもではないが正気の沙汰とは思えないのだ」

別に彼らを責めたいわけではない。少なくとも今回の事には大いに感謝している。
だが私の価値観ではどうにも受け入れがたい動向だ。

「私ならもっと、自分の力でどうにかしたい」

「う~ん……言いたいことは分かるよ。だけどさ、だからって私たち、この先どうすんのさ」

今度はここまで黙って話を聞いていた椎名が呆れたように肩を竦(すく)めてみせた。

「……では椎名はこの話を受けるべきだと?」

彼女は私の発言にふうとため息を吐く。
眉根を寄せて、くしゃくしゃと頭を掻いて。
少しだけ乱れた髪を今度は手ぐしで直しながら、ちらと私の目を見た。

「う~ん……。何て言うかさ、そもそも私達ってこれからどうするべきなわけ? 世界を救うのはほっぽっといて、帰るあてもなくこの村で暮らさせてもらうの? のほほんと?」

「それはまた別の問題であろう。帰る方法は探すべきだと思う。だが世界を救うために戦うなんて危険な轍(てつ)を踏む必要は無いと言っているのだ。私達は自分達の事で手一杯なのだからな」

「んー。まあ解るけどさ。でも結局似たようなものじゃないの?」

「――似たようなもの?」

「うん。多分だけどね、そもそも私達って、どこにいてもこれから魔族との戦いは避けられない気がするのよ。だってあの魔族、私達のこと知ってたじゃない? 方法は分からないけど、たぶんある程度私たちの居どころも割れてる可能性も捨てきれないのよね」

「……それは私も思っていた事だ。魔族との関わりはこれからも続いていくと考えておいた方が賢明だろう」

「うん、そしたらきっとこれからもグリアモールみたいな魔族が私たちの目の前に現れるわ、私たちを狙って」

確かに奴等魔族は私達を狙っているのだろう。
先の戦いでそれは嫌という程実感した。
これからもきっと、グリアモールのような魔族が私達の前に立ち塞がるに違いないという予感は、私の胸の中にもある。
それにどう対処していくかは私達にとって最も重要な課題となる。

「それにね、世界を救うためにがんばりま~すっ! て言っておけば、何かとこの先便利だと思うの。私たち勇者様ご一行ってことでしょ? 色々親切にしてもらえると思うし、協力者は多いに越したことはないわ。まだまだ知らないことだって沢山あるんだし」

椎名は大げさに身振り手振りを交えながら説明する。
彼女の話を聞きながら、一理あるとは思ってしまう。

「ね? そう考えると世界を救うことも案外メリットあるでしょ?」

「……」

椎名らしい考え方だ。
それに何だか今の彼女はいつも通りに楽しそうだ。
一時は危ぶまれる部分もあると感じたが、しっかりと持ち直したらしい。
まあ確かに悲観的になり過ぎても、いい方向に転ぶものも転ばなくなってしまうとも思う。
それもそうなのだが――。
結局私は、私が最も恐れていることはそんな事ではないのだ。

「――私は……私は皆が危険な目に合うのが嫌なのだ」

「……隼人くん……」

私が嫌だと思っている事は結局それに尽きる。
皆を危険な目に合わせたくない。
皆と笑って過ごしたい。
皆を絶対に、失いたくはない。

「この世界に来た途端、美奈が命の危険に晒された。皆が皆、昨日の今日で何度も危ない橋を渡ってきたのだ。私は……今こうして四人でいられることが奇跡なのではないかと思っている」

「――まあ……それはそうだけど……」

椎名は苦い顔をし、罰が悪そうに頭を掻く。
ここまでの辛い出来事を思い起こさせてしまったのかもしれない。
だがそれでしっかりと現実を見てくれるのならばそれでいい。それがいいと思った。

「こんなことは……もう終わりにしたい。――嫌なのだ。わがままだと言われてもいい。皆が危険な目に合うよりは、よっぽどマシだっ……」

私は話しながら胸が熱くなり、言葉に力がこもる。
その熱量が両の頬へと込み上げてくるのを感じ、歯を噛みしめ、固く、強く拳を握りしめる。
そんな私を見て椎名は再びため息を吐いた。

「はあ~……。隼人くんのネガティブラー、そしてバカ。でもまあ――……よし、美奈お願い」

「――え!? き、急に!? ……」

今まで黙って会話を聞いていただけだった美奈は、急に話を振られて困ったように眉根を寄せた。