「――それが五百年前の出来事……」
私は全く以て非現実的過ぎるその歴史を、夢物語や童話のように聞いていた。
工藤は若干興奮しているのか、瞳が輝いているように見えるのは気のせいではないだろう。
本当にこういう時、彼の単純さは羨ましくすら思える。
「はい。……これはこの世界の住人であれば誰もが知っている、ヒストリア歴誕生の歴史です」
なるほど、中々壮大な話だ。
私は以前ネムルさんから聞いた年号を思い出していた。
今は確かヒストリア歴499年だったか。
「しかし、その話が私達に一体何の関係があるのですか?」
この世界の成り立ちは分かった。
だがその話を私達に話した意図は未だ見えてこない。
ネムルさんはふと片目を瞑った。
「はい、本題はここからです。勇者ヒストリアはただ強いだけではなく、ある能力をお持ちだったのです」
「能力? それは一体?」
「未来予知です」
「未来予知!?」
椎名が唐突にベッドから立ち上がった。
未来予知。
その能力を想像し、私の脳裏にこれから話される内容がある程度想像できてしまったのだ。
恐らく椎名もそうなのではないか。
椎名は少しだけこちらに近づいてこようとして、結局またベッドに座った。
「はい、勇者ヒストリアは未来に起こる出来事を予見することが出来たらしいのです」
「ふむ……」
そこで考えるのは、勇者ヒストリアは魔王を封印することすらも予知した上で行ったということなのだろうか。
それはある意味、結末に向かうべく運命をなぞっただけとも取れる。
結局ヒストリアの予知では五百年前の時点で魔王を倒せず、封印するしか手立てがなかったということなのだろう。
それはさておき、とにかく私はこの時既にこの話の行き着く先が見えてしまっていた。
だからだ。胸の中に言い様のない不安が溢れてくる。
そんな私の気持ちを知らず、ネムルさんは話を続けていく。
「彼は魔王を封印して間もなく、誰にも何も告げることなく姿を消したのです」
「消えた? ……何だかおかしな話ね。魔王にやられたってわけじゃないの?」
今まで黙って話を聞いていた椎名が口を開く。確かにそれは私も気になる所だ。
「そういう風には伝えられてはおりませぬ。姿を消した――と言われております」
「じゃあさ、代わりに何か残したってこと? 生きてる内に……例えばそうね、予言書とか」
椎名の言葉にネムルさんは目を見開いた。
「そうです! 中々察しがよろしいですな。ヒストリアは五百年後の私達に予言を残していたのです。五百年後、再び魔王の封印が解かれる時、この地に四人の勇者が現ると」
「はあ!? お、俺たちが勇者だって!?」
今度は工藤が声を上げた。
心なしかその声が嬉しそうに聞こえるのは気のせいではない。
大方勇者という単語に嬉々としているのだろう。
相変わらず単純な奴だ。
そんな工藤とは裏腹に、私は頭を抱える思いだった。
「――すみませんが」
私は俯きながらそっと立ち上がる。
隣の美奈が私を見上げている。
「……はい」
ネムルさんも同様だ。私を見つめ、次の言葉を待っている。
「……隼人くん?」
美奈の声が不安そうに呟かれる。
皆が私を見ているのが分かった。
「意味が……分からないです。勇者? いい加減にしてください。私は……私はただの高校生なのです。あの魔族だって……あり得ないくらい強くて……恐くて……。皆、必死だった……死ぬかと思ったんです。それでもなんとか生き残れた。生き残れたのです。それが……勇者? 魔王? 魔王を私達四人が倒せというのですか?」
「ハヤト殿……」
ネムルさんは私を黙って見つめている。
それがどうしようもなく嫌だった。
そんな目で――そんな目で見ないでくれ。
私は……私は……。
ふざけるなと言いたかった。
叫んで怒鳴り散らしたかった。
そう出来れば幾らか楽になれたのかもしれない。
「――失礼しますっ!!」
「ちょっと隼人くん! どこ行くのよ!?」
「うるさいのだっ!!」
私は逃げるように部屋を出た。それで精一杯だったのだ。
バタンと扉を閉めた音がやけに大きくて、その場から逃げ出すように走り出していた。
やりきれなくて、走っていないとどうにかなってしまいそうだ。
覚醒して、心が強くなれたなんてきっと嘘だ。
私は弱い。弱いのだ。
そう自覚するとこれまでの記憶が胸の中に溢れてきた。
大切な人を失う恐怖。
魔物と戦わなければならない恐怖。
仲間が傷つくのを見ているしかできない恐怖。
心が失われそうになる恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
走りながら私の胸の内はどんどんぐしゃぐしゃになっていく。
恐くて、恐くて、苦しくて。
あっという間に村を置き去りにして森に出てしまった。
以前の自分では考えられないような速度で駆け抜けていく。
変だ。
こんなのは変だ。こんなのは……おかしい。
クソ、何だこれは。
異世界に来て、ここまで必死にやって来て、何とか一つ、越えて。
そう思ったら今度は勇者だと?
魔王を倒す? 世界を救う?
ふざげるな!
一体どこまで行けばいいのだ!?
何故私が、私達がこんな世界の命運を懸けた戦いに身を投じなければならない!?
私は、――――私はただ元の世界に帰りたいだけだ。
元の世界に四人で平穏無事に帰れるのならばそれでいい。
それだけでいいのだ。
他には何も望まない。望みたくなどないのだ。
森の中を駆けていく。
どこまでも、どこまでも――。
私は全く以て非現実的過ぎるその歴史を、夢物語や童話のように聞いていた。
工藤は若干興奮しているのか、瞳が輝いているように見えるのは気のせいではないだろう。
本当にこういう時、彼の単純さは羨ましくすら思える。
「はい。……これはこの世界の住人であれば誰もが知っている、ヒストリア歴誕生の歴史です」
なるほど、中々壮大な話だ。
私は以前ネムルさんから聞いた年号を思い出していた。
今は確かヒストリア歴499年だったか。
「しかし、その話が私達に一体何の関係があるのですか?」
この世界の成り立ちは分かった。
だがその話を私達に話した意図は未だ見えてこない。
ネムルさんはふと片目を瞑った。
「はい、本題はここからです。勇者ヒストリアはただ強いだけではなく、ある能力をお持ちだったのです」
「能力? それは一体?」
「未来予知です」
「未来予知!?」
椎名が唐突にベッドから立ち上がった。
未来予知。
その能力を想像し、私の脳裏にこれから話される内容がある程度想像できてしまったのだ。
恐らく椎名もそうなのではないか。
椎名は少しだけこちらに近づいてこようとして、結局またベッドに座った。
「はい、勇者ヒストリアは未来に起こる出来事を予見することが出来たらしいのです」
「ふむ……」
そこで考えるのは、勇者ヒストリアは魔王を封印することすらも予知した上で行ったということなのだろうか。
それはある意味、結末に向かうべく運命をなぞっただけとも取れる。
結局ヒストリアの予知では五百年前の時点で魔王を倒せず、封印するしか手立てがなかったということなのだろう。
それはさておき、とにかく私はこの時既にこの話の行き着く先が見えてしまっていた。
だからだ。胸の中に言い様のない不安が溢れてくる。
そんな私の気持ちを知らず、ネムルさんは話を続けていく。
「彼は魔王を封印して間もなく、誰にも何も告げることなく姿を消したのです」
「消えた? ……何だかおかしな話ね。魔王にやられたってわけじゃないの?」
今まで黙って話を聞いていた椎名が口を開く。確かにそれは私も気になる所だ。
「そういう風には伝えられてはおりませぬ。姿を消した――と言われております」
「じゃあさ、代わりに何か残したってこと? 生きてる内に……例えばそうね、予言書とか」
椎名の言葉にネムルさんは目を見開いた。
「そうです! 中々察しがよろしいですな。ヒストリアは五百年後の私達に予言を残していたのです。五百年後、再び魔王の封印が解かれる時、この地に四人の勇者が現ると」
「はあ!? お、俺たちが勇者だって!?」
今度は工藤が声を上げた。
心なしかその声が嬉しそうに聞こえるのは気のせいではない。
大方勇者という単語に嬉々としているのだろう。
相変わらず単純な奴だ。
そんな工藤とは裏腹に、私は頭を抱える思いだった。
「――すみませんが」
私は俯きながらそっと立ち上がる。
隣の美奈が私を見上げている。
「……はい」
ネムルさんも同様だ。私を見つめ、次の言葉を待っている。
「……隼人くん?」
美奈の声が不安そうに呟かれる。
皆が私を見ているのが分かった。
「意味が……分からないです。勇者? いい加減にしてください。私は……私はただの高校生なのです。あの魔族だって……あり得ないくらい強くて……恐くて……。皆、必死だった……死ぬかと思ったんです。それでもなんとか生き残れた。生き残れたのです。それが……勇者? 魔王? 魔王を私達四人が倒せというのですか?」
「ハヤト殿……」
ネムルさんは私を黙って見つめている。
それがどうしようもなく嫌だった。
そんな目で――そんな目で見ないでくれ。
私は……私は……。
ふざけるなと言いたかった。
叫んで怒鳴り散らしたかった。
そう出来れば幾らか楽になれたのかもしれない。
「――失礼しますっ!!」
「ちょっと隼人くん! どこ行くのよ!?」
「うるさいのだっ!!」
私は逃げるように部屋を出た。それで精一杯だったのだ。
バタンと扉を閉めた音がやけに大きくて、その場から逃げ出すように走り出していた。
やりきれなくて、走っていないとどうにかなってしまいそうだ。
覚醒して、心が強くなれたなんてきっと嘘だ。
私は弱い。弱いのだ。
そう自覚するとこれまでの記憶が胸の中に溢れてきた。
大切な人を失う恐怖。
魔物と戦わなければならない恐怖。
仲間が傷つくのを見ているしかできない恐怖。
心が失われそうになる恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
走りながら私の胸の内はどんどんぐしゃぐしゃになっていく。
恐くて、恐くて、苦しくて。
あっという間に村を置き去りにして森に出てしまった。
以前の自分では考えられないような速度で駆け抜けていく。
変だ。
こんなのは変だ。こんなのは……おかしい。
クソ、何だこれは。
異世界に来て、ここまで必死にやって来て、何とか一つ、越えて。
そう思ったら今度は勇者だと?
魔王を倒す? 世界を救う?
ふざげるな!
一体どこまで行けばいいのだ!?
何故私が、私達がこんな世界の命運を懸けた戦いに身を投じなければならない!?
私は、――――私はただ元の世界に帰りたいだけだ。
元の世界に四人で平穏無事に帰れるのならばそれでいい。
それだけでいいのだ。
他には何も望まない。望みたくなどないのだ。
森の中を駆けていく。
どこまでも、どこまでも――。