ネムルさんは部屋に入ると一番奥のベッドの横に備え付けられた椅子へと腰掛けた。
私達もそれぞれネムルさんを囲んで椅子やらベッドやらに腰掛ける。この部屋に五人は流石に多いか。
椎名は窓を開く。そよ風が吹いた。
彼女はそのままベッドに腰を下ろし、窓の外を眺めていた。
心地よい風は部屋へと流れ込み、カーテンが揺れて陽光が射し込む。小鳥の囀りが耳に届いて長閑な時間が流れた。
ネムルさんは一度私達を一人一人見回し、フッと微笑んだ。
ふうと短い息を吐き、ようやく口を開き始めたのだ。

「昨日は本当にありがとうございました。特にミナ殿。私の命を救ってくださり、心から感謝しております。改めて礼を申し上げる」

深々と礼をするネムルさん。
私の隣に座る美奈は頭を掻き、恥ずかしそう笑った。

「私はそんな……ただ夢中で――」

もじもじと身をよじり、まっすぐな言葉がむず痒いという様が見て取れた。
彼女はとても優しい女の子だが、昔から人と接するのがそこまで得意な方ではなかったりもするのだ。
きっと嬉しさよりも恥ずかしさの方が勝ってしまうのだろう。
そんな彼女にネムルさんはにこやかに微笑み頷く。

「それに村に現れた魔物を退治していただき、結果的に村の皆の命までをも救っていただいた。本当に感謝してもしきれませぬ。この村はあなた方のお陰で今もここに存在しておるのです」

再び深々と腰を折る。
そんなネムルさんの深い礼に些か複雑な想いが込み上げる。

「ネムルさん、もう頭を上げてください。私達に親切にしていただき感謝しているのはこちらの方なのです。それに感謝されても少し複雑な気持ちもあります。あの魔物は恐らく私達が招いた結果だと自覚しています」

私は当初、美奈の毒を癒す事しか考えていなかったのだ。
そこにたまたま自分達を狙ってきたであろう魔族が現れ、やむなく戦闘となってしまっただけのこと。
その後村が戦場になり、巻き込まれた村人を守れただけのこと。
元々村を救うなどという大義名分があったわけではないのだ。
それに裏を返すと私達が居なければ村は平和であったはずだ。
本来非難される云われはあれど、感謝されるのはお門違いという気がしていたのだ。
そんな私の心情を察したのか、ネムルさんは少し苦い顔をした。

「うむ。……確かにそうかもしれません。この村には今日を除いて、未だかつて魔族やワイバーンが現れたことは一度もありませんでしたからな。それも立て続けに現れたとなれば、まあ……そういうことなのでしょう」

ネムルさんは素直にそう所感を述べた。
私もそれを何ら否定するつもりはない。
だがいざはっきりとそう言われてしまうと、それはそれで胸が締めつけられるものだ。

「はい、なので寧ろ、こちらこそ面倒事に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

私はそう言って今度はこちらが深く頭を下げた。
後ろで椎名が少し息を呑むのが分かった。
その時私の肩にネムルさんの手が置かれた。
顔を上げ、体を起こし、ネムルさんを見た。
彼は黙って首を横に振ると、にこやかに笑みを浮かべた。

「お気になさるな。それに経緯はどうあれ、あなた方が私達を助けてくれた事実に変わりはない。事実、私たちを無視して戦うことも出来たのですからな。あなた方は皆、優しい方ばかりだ。本当に……安心しました」

そして破顔したネムルさんの表情は、どこか晴れ晴れとして、清々しくさえもあった。

「……なんかちょっと含みを感じるんだけど」

椎名が後ろで呟く。それは私も同意見で、私は黙してネムルさんを見つめ、次の言葉を待った。

「……実は今回のようなことが起こるのは、ある程度予見してはいたのです。そのためにこの村がここにあったと言っても過言ではないのですから」

「━━は? ……というと?」

ネムルさんが突然そんな事を言ったので、私は呆けた表情をしてしまう。
同時に私以外の三人も、驚いたような声を上げたのだ。

「はい。……ふむ……何から話したものですかな。まずは、この世界の歴史から話さねばなりませんかな」

そう言ってネムルさんはこの世界の成り立ちについて語り始めたのだ。

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それは今から約五百年前。
この世界、グラン・ダルシは滅びの危機を迎えた。
ある日突然、人々の平和を脅かす存在、魔族とその王が現れたのだ。
彼らは魔王を中心に世界を蹂躙し始めた。
突如現れた厄災。
世界は混乱の渦に巻き込まれた。
勿論人間側もそれを黙って見過ごすわけはない。
各国、格種族、魔族と応戦したのだ。
だが魔族は人間が思っていた以上に強かった。
そもそも奴らにはどんな武器の攻撃も、どんなに強力な魔法もダメージを与えることが出来ないのだ。
人々はその力の大きさに抗えず、無力にも滅びの一途を辿ろうとしていた。
そんな時だ。
何処からともなく一人の勇者が現れた。
名をヒストリア、勇者ヒストリアと言う。
彼は強かった。
そして強いだけではない。
彼は人々の心を惹き付ける何かがあったのだ。
それは世界の全ての種族を巻き込んでばらばらだった人々を一つにした。
人間側の協力なリーダーとなったのだ。
個々では到底太刀打ちできなかった人々は諸手を上げて立ち上がり、そこから大きな衝突が始まった。
戦いは熾烈を極めた。
決して少なくはない犠牲を生み出しながら、二年の時を経てようやく魔王を封印することに成功したのだ。