美奈は若干涙目になりながら、私に詰め寄り腕を掴んできた。
彼女の接近に伴い、女性らしい部分が私の胸に触れる。

「――……っ」

私は平静を装い、ぽりぽりと頬を掻いた。

「えっと……何を話せばいいのだ?」

美奈はそんな私の感情など露知らず。心配そうに眉根を寄せていた。

「んっと……隼人くんがどうしてあんな状態になっちゃったのかなって」

「…………」

なるほど、聞きたいことはそれか。
彼女のその発言から私を慮っていることが十分に伝わる。それが単純にすごく嬉しい。

「うむ、そうだな。――それは私の今回のグリアモールを攻撃した際の方法に起因する。奴と対峙した時、私の能力で攻撃するに際し、二つの選択肢があった」

「2つの選択肢?」

「うむ、それは精神力のプラスマイナス、どちらをぶつけるかだ。簡単に言えば喜びや楽しいといった正の感情を形にしてぶつけるか、恨みや憎しみやといった負の感情を形にしてぶつけるかということだ」

美奈は黙して頷き、真剣な面持ちで私の顔を見つめている。
私の腕を掴まれた手の温もりが心地よかったし、先程から彼女の柔らかい部分がぽにょんぽにょんとしていたがそれこそは間違っても言わないでおくと心に決め、私は話を続けていく。

「そこで考えたことはこうだ。グリアモールに精神攻撃をするにあたって、奴に対する恨みや憎しみを形にしてぶつけても、ヤツにとっては回復魔法をかけられたようになるのではないかと。仮にも魔族、魔の生物だ。そんなものにもし攻撃をするならば、私の皆に対する想いや、感謝、喜び、そんな前向きなプラスの気持ちをぶつけないと効果がないのではないか。そう考えた。だからプラスの想いを形にして奴にぶつけたのだ」

「……ああ……そうしたらプラスの想いがなくなって、マイナスの想いが強くなっちゃったってことかな?」

「そうだ」

美奈はゆっくりと私の言葉を噛みしめるように咀嚼しながら、それでもきちんと理解を示してくれたようだ。

「結果的に予想通りの効果はあった。だが私の中にマイナスの感情だけが残り、渦巻き、溢れだし。ついにはあのような恐慌状態になってしまったというわけなのだ」

少し体が硬直したのもあり、かなり早口で捲し立てるようになってしまった気がする。
だがそれでも彼女は話の中で何度も頷き、今度はしっかりと理解してくれたように思う。
またその頷きのために美奈の柔らかい部分が時折――以下同文。

「心のプラスが無くなってマイナスばっかりになって心の均衡が崩壊したってワケね。それで一時気が狂っちゃったみたいになった。あ、でも待って? 精神がやられたのに美奈の能力で回復したのはなんで?」

椎名は補填を入れながらも自身の考えの矛盾に気づく。
確かにそれは私も思っていた所ではある。
ただそれはちょっと言い難い部分があった。
しかしこうなってしまっては結局言うしかないのだろう。

「あー……これは恐らくでしかないのだが」

「何よ、気づいてるんならはっきり言いなさいよ」

歯切れの悪い私に短いため息を吐き、続きを促す椎名。
美奈も私が話すのを待っている。
まあそうなるだろうなと思いつつ、観念する。

「うむ。肉体と精神は常に繋がった状態であるからだと予想したのだ。病は気からとよく言うが、心の病気は肉体にも影響を及ぼす。そして身体の病気は心にも影響を及ぼす、と言った所か。要するに……」

「? ……要するに?」

椎名が珍しく不思議そうな顔をしている。
察しのいい彼女だからここまで言えば分かると思ったのだが。
私はふうと短い息を吐き、一呼吸おいた。

「やっぱり美奈だったからではないかな」

「――は? は? ノロケってこと? 何よそれ、バカらしい。……ああバカらしい」

「二回……」

椎名はそれを聞いた途端にうんざりとした表情を作った。
自分で聞いておいてそれは酷くないだろうかと思わなくもないが、まあ私も自分で何を言っているのかとは思う。
言った手前だが顔にはしっかりと熱を帯びる感覚があった。
更に美奈の私に触れている部分も熱を帯びていくように思えた。
そんな私の様子を見て大袈裟にため息をつく椎名。

「美奈、良かったわね。隼人くんはあなたのことが好きで好きでしょうがないみたいよ? 良かったわね~」

「えと……うん」

今まで黙って聞いていた美奈が、ここで口を開いた。なんだろう。少し様子がおかしい。思っていたのと違う反応だったのだ。