私と工藤と椎名の三人は同時に走り出す。
そのまま三人はあっという間に村の外へと踊り出た。
私達が村の外に出るのを確認した途端、翼竜はそれを待っていたかのように翼を翻して私達の方に急降下してきた。
やはり狙いは私達らしい。恐らくあれはグリアモールの手先だ。

『……く……ソ……予想ガイだが……このままではオワラナ……』

私はグリアモールが滅び行く瞬間の呟きを俄に思い出していた。
要するに最後に私達に向けて特大の置き土産を残していったというわけだ。

「来るぞっ!」

工藤が叫ぶ。翼竜はもう間近に迫っていた。
それは私達に向かって大きく口を開いたかと思うと、氷のブレスを吐き出した。
先程は遠くて気づかなかったが、キーンという耳鳴りのような音を発していた。近くで見ると何と吹雪の量の夥しいことか。
こんなものをまともに身に受けては――。
それを見るだけで先程のネムルさんの凄惨な光景が脳裏に蘇る。
私は身震いしてしまいそうな程、余裕なくその場に佇んでしまっていた。
翼竜のブレスはもう目の前に迫っているというのに。

「隼人! 何やってんだボケッ!」

私を突き飛ばしたかと思うと庇うように前に出る工藤。

「工藤くんっ!」

椎名が悲壮な声を上げた。あれでは工藤が助からない。
彼は咄嗟にその場にしゃがみ、地面に手をつき力を込める。

「はあああっ!!」

気合いの声を発した途端に土が盛り上がり、高さ五メートルはあろうかという土の壁を形成した。
突然目の前に現れた壁を避けきれる筈もなく、翼竜はブレスと共に壁に激突した。

「ぐはっ!」

当然ながら壁のすぐ後ろにいた工藤は巻き添えを食らい瓦礫と共に吹き飛ばされた。
その先に椎名が回り込んで、工藤を全身で受け止めた。
工藤は大きな外傷は無いものの、あの質量の物体の直撃を受け、若干のダメージを被ったようだった。

「隼人くん! 何やってんのよ! ボーッとしてる場合じゃないでしょ!」

「す、すまないっ……」

その場に工藤を座らせた椎名の叱責が飛ぶ。
それを受け私は首を振り、両の頬を張り、気合いを入れ直し立ち上がった。
一歩間違えば命の炎があっさり消えてしまいかねないようなこの状況。
あれやこれやと考えている場合ではない。
今は目の前の敵に集中するのだ。
私は再び翼竜に視線を戻す。
地に落ちた翼竜は再び起き上がり、空に羽ばたこうとしているところであった。
思いの外衝突によるダメージが大きかったのか、その場で細長い首をもたげながら、じたばたと翼をバタつかせている。

「今がチャンス!」

それを見た椎名は翼竜の元へと駆け出した。
途中風を利用して中空に飛び上がる。その飛翔は燕の如く。一直線に飛び、一気に彼我の距離を詰めた。
椎名の存在に気づいた翼竜は狂声を上げて威嚇した後、その口を開き噛みつきにかかる。
鰓(あぎと)からはみ出る獰猛な牙はそれだけで身震いしてしまいそうだ。
だが今更そんな事で動じる椎名ではない。
彼女はこの世界に来てから私達の中で一番最初に覚醒した。
そこから今の今まで幾度となく私達の危機を救ってきたきたのだ。
風の扱いも見るからに習熟さを増した。
私達の中で今最も戦闘において信頼できる仲間と言えるだろう。

「はああっ!!」

彼女は気流に乗るように体を捻らせ旋回。見事その牙を掻い潜り、翼竜の後ろへと回る。
手近な木に足を着かせ、今度は風を自身に収束させ、身に纏った。

「――いい風ね」

微かな呟きと共にそのまま纏った風を右腕に移動させ、そこから跳躍。
丁度振り向いた所に椎名が右手を振り抜く。翼竜と椎名が交錯した瞬間、そこを中心にして突風が巻き起こった。
物凄い風の激流が翼竜の左の翼をぐちゃりとひしゃげさせ、そのまま空へと吹き飛ばす。

「ギアオオオオッ!!!」

――見事。
思わず感嘆の吐息が漏れる。
翼竜は痛みにのたうち回った。
翼をはためかせるがうまく飛べず、血飛沫が撒き散らされ、それはそれは凄惨な光景であった。
翼竜は苦悶の声を上げながら、滅茶苦茶にブレスを吐き散らす。
森の木々が次々と氷漬けになっていった。
そんな中椎名は翼竜のブレスを身を捻り避わし、或いは風を利用して次々と往なしていく。
その内ふと椎名と目が合う。

「グァオーーー!!!」

怒り狂い、痛みにのたうち回る翼竜。
だがその足取りは若干覚束なく見えた。

「隼人くんっ! 最後!」

「分かっているのだ!」

私は既に走り出していた。
ロングソードを握り締め、翼竜目掛けて突き進む。

「むんっ!!」

次の瞬間――空高く跳躍した。
消耗し、ふらついている翼竜の真上へと。
私の体は翼竜の上をゆっくりと、十メートル程の弧を描き跳んだ。
その時だ。翼竜と目が合う。そこで悪い予感が胸をつく。そう感じた直後、私目掛けて翼竜は氷のブレスを吐いたのだ。
跳び上がってしまったため今更方向転換など出来るはずもない。
しまった。迂闊過ぎた。そう思っても意外に心は落ち着き、凪いでいた。

「させないっ!」

椎名が突風を発生させ、ブレスの軌道を変えた。

「おらあっ!」

更には工藤が土の壁を形成し、ブレスを遮る壁を作った。
私は工藤の作った土の壁を足場に再び跳躍。
今度こそ勢いをつけてドラゴンの背中を目掛けた。
翼竜の背中の一点には実は黒い靄(もや)のようなものが見える。
これは私の能力の一環であるのは言うまでもない。
グリアモールを葬った際も見えていた。
実は全ての生きとし生けるものに見える。
私だけが見えているあれは、間違いなく翼竜の急所であるはずだ。

「食らうがいいっ!!」

靄の中心へと剣を突き入れる。
それは音もなく。大した力を入れたわけでもないのにするりと翼竜の体へと沈み込んでいった。
とぷりと流れる翼竜の血潮。

「グッ――グオオオオオオオォォォ……」

グラつく翼竜の体。
私は後方に跳び退き、地に着地した。
プシャッという音と共に翼竜の体からは鮮血が迸り、三度目の断末魔の叫びの後、ビクンビクンと二度ほど痙攣。
ゆっくりと翼竜はそのまま横に倒れ、それ以上声を発することなく魔石へと姿を変えた。

「――終わった」

空間に染み入るように私の声が響く。
静けさだけがここを支配していた。
――やがて。

「「やったあああああああっ!!!」」

椎名と工藤が一拍の間を置いて嬉しそうに跳び上がった。
今の二人が思いきり跳び上がるとそれはそれは高く跳ぶものだ。
私はそんな二人を下から眩しそうに見上げ。ふうと短い息を漏らし微笑んだ。
終わったのだ。
こうして意外にもあっさりと、私達と翼竜との戦いは終わりを告げたのだった。

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――翌日。
私達が倒した翼竜はワイバーンという種らしかった。
一応ドラゴンということにはなるのだが、その中でもごくごく一般的で下等な個体らしい。
我々がそう苦戦しなかったのも頷けるのだ
村の人達には一頻り感謝された。
中々大変ではあったが人に感謝されるということは悪い気持ちはしない。
結果的に頑張って良かったと今は思える。
それにネムルさんが氷漬けになった件。
あの時、私はネムルさんはきっともう助からないのだと思っていた――――。