「お~……勘弁してくれよ隼人……。一時はどうなることかと思ったぜ」

工藤はへなへなとその場に座り込み、苦笑いのような表情を浮かべた。

「なんか私たちさっ! 蚊帳の外くない!?」

椎名は腕を組み、頬を膨らませながら何故か怒っている。
それでもようやくほっとできたのか、皆の顔からほんの少しの笑顔が溢れた。
椎名がちょっとちょっとと美奈の肩に手を置き、振り返る美奈に対し私と美奈を交互に指差した。
そこで自身を見る美奈。
私と美奈は完全に二人密着した状態だ。
彼女は急に我に返ったように私から離れ顔を赤らめた。

「ごっ……ごめんなさい! 私ったら必死で!」

「はいはい。必死でぎゅーぎゅーしてたもんねー」

呆れ顔の椎名の言葉に、更に顔を赤くする美奈。

「ちょっ……!? めぐみちゃん!? 変な言い方しないで!!」

「はー。隼人羨ましー。あの胸でぎゅーぎゅーかー」

空を仰ぎ見ながら頭の後ろで手を組み楽しげに呟く工藤。

「く、工藤くん!? セクハラだよ!? 訴えるよ!? し、死刑だよっ!?」

「え!? またそういう扱い!?」

美奈は慌てて自分の胸元を隠しながら涙目になり、更に抗議の声を上げていく。
ふと美奈の格好を見やると、服が寝ていた時のままだったのだ。
薄着で汗ばんでいて、所々はだけていて妙に艶かしい。

「あっ! 隼人くんが美奈のこと急にやらしい目で見始めたわ! このムッツリ!」

「ふぇっ!?」

美奈が椎名の言葉を受けて弾かれたように私の方を振り向いた。

「――ムッツリだが何か?」

目敏(めざと)く私の視線を察して突っ込みを入れた椎名だったが、今の私にそんな軽口は通用しない。
敢えて言おう!
私はムッツリなのだ!

「――え、何それ!? ……この男ついに開き直ったわ! ……あっ、美奈! そう言えば美奈が寝てる間にこのムッツリに私、お尻触られました!」

「え!? 隼人くん!?」

「あっ!? 何なら私、隼人くんに裸見られたかもっ! 美奈っ、私もうお嫁に行けない体にされちゃったんだった!」

「……は?」

ムッツリスケベ扱いが無駄と見るや急速に方向転換を量る椎名。
流石にそれは予想していなかった。
私は完全に意表を突かれてしまい慌てた。

「椎名っ! そ、そういう事を言うのはひ、卑怯だぞっ!?」

「べっつに~。事実を言っただけですぅ~」

「やっぱり隼人くんてめぐみちゃんのお尻好きだったんだねっ、やっぱり!」

「み、美奈……やっぱりとは……?」

「え!? そ、そーなの? 隼人くんてやっぱり私のことそんな目で見てたの!?」

「え――だからやっぱりとは??」

「は、隼人っ! お前っ、何椎名のこと変な目で見てんだよっ!」

「工藤くんはキモいから黙っててっ!」

「――えっ、え~……」

そんな事を言い合いながらもいつしかそこには弛緩した空気が流れていた。
私は若干困惑と焦燥に駆られながらも、それでもいつもの私達の調子が戻ったように思えて嬉しかったのだ。
それは皆も同じだったようで。いつしか私達は互いの顔を突き合わせながら笑っていた。
この異世界に来て、ようやく訪れた安堵の瞬間。今は少しでも長くこの時を噛み締めたいと思った。

「フフッ。こんなところまで来ちゃったけど、結局いつもと一緒なんだよね」

不意に美奈が呟くようにそう言い微笑んだ。

「そうだな。いつもと一緒だ」

私もそれに応えるように微笑む。
だがその安寧はまだ終わりという訳ではなかった。

「――ギャアアウオウッ!!!!!」

「何!? 今の声!」

椎名が叫ぶ。
皆の身体に再び緊張感が走っていく。
少し離れた場所から突然けたたましい何者かの鳴き声が木霊(こだま)したのだ。
それと同時にグリアモールが最後に言った発言が思い出される。

『このままではオワラナ……』

終わらない。そう言いかけたのだ。
その途端に脳内に嫌な予感が駆け巡る。
声の大きさからして村の外からのようではあったが、とはいえかなり近いのではないだろうか。
直ぐに村の中へと入ってきてしまう可能性も高い。
私達四人は顔を見合せ頷き合うと、すぐに駆け出したのだった。