「今……私に近づくなあっっ……!」

絞り出すように声を出す。私はそう叫ぶので精一杯だった。

「ごばあああっ……」

その拍子に胸が張り裂けんばかりに苦しくなる。
前につんのめった私は、耐えきれずに地面に盛大に吐いた。
吐瀉物(としゃぶつ)の臭いに目眩(めまい)がする。

「一体どういうこと!?」

「わかんねえっ! わかんねえけどさっきの魔族に攻撃したらこうなった!」

「隼人くん! しっかりして! 今度は私が助けるからっ!」

誰が、何を言っているのかも最早理解出来ない。気持ち悪くて考える余裕が無いのだ。
言葉が言葉では無いように感じ、くらくらする意識の中、最早心は砕け散っているのではないだろうか。
――何も考えられない。
そんな最中、誰かが私の体を包んで強く強く抱き締めてきた。
その温かさが更に心を逆撫でする。

「あああああああっ……!!!」

苛立ちで、自身の叫びで心がざわめいて、それがどんどん膨らんで、歯止めが利かない。
何もかもを壊してしまいたくてもう自分ではどうしようもなかった。
こんな苦しみ、とてもではないが耐えられない。
駄目だ……もう……壊れる……。

「…………っ! …………っ!!」

――何も聞こえない。
深い闇の中に横たわり、深淵の中にただ一人取り残されたようだ。
意識があるのか無いのか、今この時、私は思考しているのか。何の判別もつけられない。つけたくない。
ただ何も無い、無の空間に私自身溶け込んでしまっている。もう何もかもが嫌だ。
――このまま――堕ちたい。

「…………っ! …………っ!」

――遠くで何かが、聞こえる。
――私は……。

「隼人くんっ!」

「っ!!! ……がっ……がはあっ!!」

私は肩で荒い息をしながらぜえぜえと呼吸を繰り返した。
無理矢理現実に引き戻されたかのような感覚。そして再びの苦しみ。
もしかしたら束の間、息すらしていなかったのかもしれない。
ぼやけた視界が段々とその鮮明さを取り戻していき、その先に椎名と工藤の青ざめた顔があった。
そして次に私を包み込む温かな温もりに気づく。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、その柔らかさに妙な安堵感を覚える。
それと同時に、どす黒い悪意がぶしゅぶしゅと醜悪な音を立てながら潰れていっているような感覚があった。
――温かい。
やがて少しずつではあるが確かに闇はその大きさを、領域を狭められるように縮小されていく。
心に温かな火が灯っていくように、少しずつ楽になっていく。

「隼人くん! ごめんね! 側にいられなくて! ……隼人くん! 私も、あなたを守ってみせるから!」

懐かしい声が耳に届いて、この温もりが美奈なのだということを理解する。
彼女の想いが、叫びが。黒く染まった心を白く染め上げていくように、本来の私をこの世界に呼び戻したのだ。

「……み……な……」

「隼人くんっ!?」

名前を呼ばれたことで美奈が私の顔を仰ぎ見る。
そこで私が正気に戻ったのを悟ったようだった。

「良かった……私……」

その表情は涙でぐしゃぐしゃで、笑おうとしたようだったがうまく笑えず、更に大粒の涙がぼろぼろと溢れた。

「隼人くんっ!!」

美奈はそのか細い腕で力一杯私を抱き締めた。
震える肩を私も両腕で包み込む。

「美奈……ありがとう」

「ううん……私こそ……守ってくれて……ありがとう」

私を胸に抱きながら何度も頷く美奈。
今更ながらようやく彼女を救い出せたのだと思う。
安堵の気持ちが胸に去来して、大きなため息が溢れた。