「――はあっ……」

翳した右の掌に気合いを込めると、そこに拳程の大きさの光の球が出現した。

「――ほう……? それが君の能力かい? さあ、私に効くか、やってごらんよ」

あくまでも余裕な雰囲気は崩さないグリアモール。
この球体を光の魔法か何かだとでも思っているのだろうか。私は更に力を込める。

「……くっ!」

光の球はバスケットボール程の大きさになった。そこでとてつもない疲労感が急激に私の身体を蝕む。

「うぐ――――」

目の前が霞み、足に力が入らず膝が笑う。木々がざわめいているように風に揺られてカサカサと音を立てた。
思っていた通りだ。この力は加減が難しい。
しかもこの力を使うのは今が初めてなのだ。
大した練習もなしにぶっつけ本番でやっている。
それだけが気がかりではあった。
だが練習は危険だと判断したのだ。
出来る事ならこの力を使うのは今が最初としたかったのだ。
それ程この力は危険だと判断していたから。
この力に逆に浸食されたように気でも狂ってしまわないかと懸念したのだ。
――案の定私のその判断は正しかったのだ。

「ぐっ……が……」

「フフフ……。頑張ってるネえ。確かに生半可な威力じゃあ意味がナサそうだものねえ。無理しすギテ死んだりしないでクレよ? 死んだら君をこの先利用できなくナル。ソレは私も困るんだヨ」

「……がっ……ぐうぅ!」

やけに饒舌なグリアモールだが、その言葉を一切聞き入れられない程に私は余裕を無くしていた。
想像以上にこの力は私を蝕んでいるのだ。
それでも私はふらつく体を引きずるように一歩二歩と歩みを進めていく。
そうしながらも、光の球に込められるだけの力を込めた。

「――うあああああっ!!! くっ……くらええっ! 魔族があああっ!!」

自分の口から思ったよりも乱暴な言葉が口をついて出た。――理性が飛びそうだ。
やがて光の球はグリアモールに当たると、スッと体の中へと消えるようになくなった。

「――がはあっ! はあっ……!」

私はそのまま力尽きるように地面へと倒れ伏す。
思っていたよりも自身に与える影響は大きいものだった。
そんな私を変わらぬ立ち姿で見下ろすグリアモール。

「――……フフフ……。何だい今のハ? 魔法カい? 当たったと思ったらスグに消えてしまったヨウダが。まさかコレで力尽キタのかい? こんナンじゃあ後ろの少年やさっきの女の子の方がまだマシじゃないカ……どうやらこのゲームはあっさり僕の勝ちのようダネえ……」

「……う……く……」

体に力が入らない。
喉がひきつって声も出せない。
グリアモールの姿は視界には入らず、顔を上げることは出来そうになかった。

「隼人! 何だよ!? いきなり倒れてわけわかんねえよっ! そんなんじゃ結局俺たちの時と同じじゃねえか!」

工藤の声が先程よりも遠くに聞こえる。
もしかするとこのまま気を失ってしまうのかもしれない。
意識が朦朧として思考力が低下していく。
――――何も抗えない。

「フフフ……。その男の言う通リダヨ。こんな攻撃で力尽きたのカイ? フフフ……脆弱だねえ。期待外れだヨ。私達魔族は精神世界の生き物。この世界とは別次元の高次元生物なんダよ。だからこの世界の物理的干渉を一切受けツケない。もちろん魔法もネ」

朧気な意識の中でグリアモールの声が頭に響いた。
その言葉を聞いてようやく私は安堵する。
――――勝ったのだと。

「だから最初から君に勝ち目なんてなかったワケ――グ……フ!?」

そこまで言って、グリアモールの身に異変が起こった。
とさりと目の前にグリアモールの腕が落ちてきたのだ。
私が覚醒により得た能力。それは精神を操る能力(・・・・・・・・)だ。
グリアモールの方からピシリと乾いた音が響く。
目の前に倒れた腕はやがて灰となり、風に飛ばされるようにして消えた。

「ご――ア――何だ……と?」

顔を上げた瞬間グリアモールの足が破裂して肉片が回りに散らばり、グシャリと後ろに倒れる。

「……まさ……か――おまエのノウリョクハ……」

体中に亀裂が走り、サラサラと風に吹かれて黒い塵が飛んでいった。

「……く……ソ……予想ガイだっタが……このままではオワラナ……」

最後には砂のように崩れてグリアモールは完全に霧散してしまったのだ。
首につけていたリングが首から外れてトシャリと地に落ち灰色になる。
――――私の勝ちだ。

「な……まじかよっ……」

工藤が後ろで呆然と呟いた。

「お、おい隼人、大丈夫か!? どうなってんだよ!? あんな――」

「――ううううるさいいいいいっ! 今私に話しかけるなあああっ!!!!」

グリアモールを倒した喜びなど露知らず。突然訪れた凄まじい情動に私は声を荒げてしまっていた。
私の心の中に深い闇が渦巻き始めていたのだ。

「……隼人?」

呆然と私の名前を呼ぶ工藤。
その音がどうしようもないほどにむしゃくしゃするノイズに聞こえる。気分は最悪だ。
自分の回りの全てに対する憎悪の感情が心の全てを支配していく。
これは、流石に誤算だった。
私の心がここまで蝕まれようとは。

「隼人くん!」

そこへ私を呼ぶ声は椎名だ。
その声音にどうしようもなく胸がムカムカして吐き気がした。

「おうおまえら! 高野も無事だったんだなっ、て髪白っ!」

「あ、うん。私も覚醒できたよ。皆ありがとう。工藤くんと隼人くんも無事で良かった」

何を一体呑気に話しているのだコイツらは。
私が今こんなに苦しんでいるというのに。

「このっ――クソがああああああああああっ!!!」

気づけば私はあらん限りの声を振り絞って立ち上がり、がなり叫んでいたのだ。