そこからの工藤と椎名の無双ぶりは凄かった。
コウモリのような魔物が大量に出てきたかと思うと、椎名が暴風を起こして魔物を一ヶ所に集め、その間に工藤が大岩を壁から引き抜いてその岩の下敷きにしてしまったり。
一メートルくらいの背丈の薄緑色の体をした生き物が、手に錆びた斧や短剣を携え数匹現れた時は、それぞれ持ち前の身体能力で相手を翻弄し、殴る蹴るで簡単に倒してしまうし。
グレイウルフの格好をしてはいるが、体毛が赤く、炎を吐く魔物も五匹程出たのだが、炎は椎名が全て風でいなし、相手を引き付けている間に工藤が剣で切断してしまうし。
――――とまあこんな感じで先程命の危険を感じていた事が嘘のように、洞窟内の敵は雑魚と化してしまっていた。

「……」

私は二人の活躍を端から見ながら物思いに耽ってしまう。
不思議なものだ。
昨日までの椎名は魔物を初めて倒した際泣き崩れる程に取り乱していた。だが今では慣れたもので魔物に対しての攻撃に躊躇の欠片もなく、倒した後もケロッとしているのだ。
工藤に至っては初戦から普通に戦っているが、いくら戦い続きとはいえそんな簡単に慣れてしまうものなのだろうか。
普通ならそんな事は到底あり得ない事のように思えた。やはりあの光に包まれる変化は身体能力だけでなく、心の在り方すらも変えてしまうのだろうか。
しかし、だとしてそれが果たして本当にいい事と言えるのか。
捉えようによってはそれはまるで人間らしさを失ったようにも感じるのだ。今は必要な力とはいえ、仮にも高校生である私達が何かの命を奪う事に慣れるなど、到底素晴らしい力とは言えないように思えてしまうのだ。
そしてその力に多少なりとも羨ましいという感情を抱いている私はもっとどうにかしてしまっているのではないかと少しの危機感を覚えた。
私は二人の活躍を目の当たりにしながらふとそんな事を考えていたのだ。

「いやあー! まじスゲーなこの力は!」

前を歩く工藤が意気揚々と、いつになく興奮した様子で声を上げた。

「だけど中々目当ての物は見つからないわね」

椎名は辺りを見回すでもなく腰に手を当ててすたすたと歩いていく。二人共にその姿は熟練の冒険者のようであった。
瞳は輝き、自信に満ち溢れている。

「おい、なんか広そうな空間があるぞ! あそこだけスゲー明るい」

すると工藤が突然走り出した。

「おい! 待て工藤! 何があるかわからないのだぞ!」

私達も慌てて追いかける。
工藤は普段もそうだが、覚醒してからというもの危機感が全く無くなったように感じる。
確かにここまで敵らしい敵はいなくなでたのは分かる。
だがそれはただ単に強敵に出会っていないだけかもしれない。
いくら強くなったとはいえ油断や慢心は禁物だ。
単独行動やお互いが離れる事も無いように気をつけなければ。
何故か私はそんな焦燥感が胸を満たしていた。嫌な予感、と言い換えてもいい。

「おっ! あれじゃねーか!?」

遅れて入っていくと、そこには村長が言っていた白い花がそこらじゅうに咲きほこっていた。
ここの空間はかなり広く、拓けている。学校の体育館程の広さくらいはあるだろうか。
光を発する苔も多く、まるで昼間のような明るさだった。
私は見通しの良いこの空間の中で、外敵がいない事を確認し、ふうっと短いため息をついた。

「ようやく見つけたか。ではある程度摘んで早く引き返すとしよう」

私は辺りを見回しながらも花を十程摘んだ。持ってきていた麻袋の中へと放り込み、さっと口を閉じる。
色々あったが何とか目的を果たす事が出来た。後はこのまま何事も無く村へと帰還すればいい。これで美奈を救える。
そう思い私が立ち上がった時だ。

『フフフ……。待ちくたびれたよ』

「――誰だ!?」

どこからともなく部屋に声が木霊した。
低く、くぐもった男の声。スピーカーのようにこの空間に響き渡った。
しかし周りのどこを見渡せど、特に何か変わった様子はないように思える。

『見えないかな? では見せようか? 別に隠れんぼをしに来たわけじゃあないんだ』

「――そこよ!」

椎名がその声に反応し、地面に転がる石を拾って部屋の角に向かって投擲した。
石は真っ直ぐ壁へと進んで、突然に消えてしまう。まるで空間の中へと吸い込まれるように。

『ほう……やるじゃないか。第一関門突破というところか。どうやら私と戦う資格ぐらいはあるようだ』

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、先程石が消えた空間からズズズ……とそれは現れた。
その異形の姿に私は言葉を失った。

「フフフ……お初にお目にかかる。私はグリアモールというものだ」

「な、何だおめーはぁっっ!」

工藤が叫ぶ。
だがその声音には明らかな動揺の色が混じる。
彼なりに自分を鼓舞しているのかもしれない。それが今は酷く怯えているように見えてしまうのだが。

「フフフ……。活きがいいねえ」

グリアモールと名乗るそれは、おおよそ人の形をしていた。
体は灰色、頭からは三本の角が生えており、目は澱んで白い。
鼻はいびつに歪み、頬まで裂けた口からは鮫のような牙が並んでいた。
腕は丸太のように太く、足元まで伸び、背中からは三枚の翼のようなものが生えていた。
足は二本だが膝から下が更に二本ずつに分かれている。
おおよそこの世の生き物では無い。
魔物のそれとは明らかに違う。

「何だか……気持ち悪い」

椎名が口に手を当て毒づいた。
その声にその異形の者はピクリと反応したようだった。

「随分と失礼なことを言うねえ。下等生物が我々魔族の完成されたフォルムにケチをつけるか。興奮してあっさりと殺してしまいそうだよ」

「魔族……だと?」

「今までの魔物とは違うってこと?」

「ククク……今までお前達が戦ってきたものはただの我々の道具にすぎない。戦いぶりもある程度は見させてもらっていたよ」

目の前の異形の者の言葉を咀嚼したいのは山々だが、頭がうまく思考してくれない。
初めて見る魔の者に抱くこの感情は明らかな怖れだった。

「……何を言っている?」

絞り出した声は自分の予想以上に枯れていた。
渇いた喉が何とか音を形成してくれて、途切れたような言葉になる。

「フ……まあ色々と解らないのも無理はないよねえ……昨日この世界に来たばかりじゃあね」

その一言で私達の中に明らかな動揺が走る。
その口振りだとまるで私達のことを知っているみたいだ。
この異世界転移はまさかこの魔族が仕組んだとでもいうのだろうか。

「……お前はなぜそんな事まで知っているのだ!?」

「なぜだろうねえ。私を倒せでもしたら教えてやらんでもないよ? ククク……」

そう言ってその魔族はニタアッと顔を歪めた。
その表情に三人の表情はますますひきつる。

「し、しゃらくせえっ!」

「行くわよ! 工藤くん!」

工藤のかけ声に椎名も動いた。
戦いの火蓋は切って落とされたのだ。