「――しっかしよう」

再び口を開いた工藤を見やる。
すると何やら彼の様子がおかしい。
先程までと違い、微かに頬に赤みが差しているように見える。
その視線の先には未だすやすやと穏やかな寝息を立てて眠る椎名の姿。

「椎名もこうやって大人しくしてれば、けっこう可愛いんだけどな」

工藤は頬を掻きながら椎名の顔からは目を逸らす。
そのタイミングで椎名の口から「ん……」と声が漏れ出て、工藤の肩はぴくりと脈打ち目が泳いだ。
そんな彼の挙動に得心がいく。
つまり――そういう事だ。
私は彼を見て、ほんの少し出来心が生まれる。

「いや、椎名は普段から充分可愛いと思うのだが? 今の寝顔もまるで天使のようだ。うん、可愛いな。いや、どちらかというと美しい女神のようか」

「なっ――おまっ……!? な、何言ってやがんだっ!
た、高野ってものがありながら!」

「いや、美奈の可愛いさと椎名の可愛いさはまた別物であってだな……」

「そういうことを言う権利があるのは俺だけだぜっ! と、とにかくお前は高野のことだけ考えてりゃいいんだよっ!」

「ならば工藤は椎名のことばかり考えているということなのだな」

「はあっ!? な、何でそーなんだよっ!? ん、んなわけねーし? ていうかそんなんじゃねえしっ!? 俺は椎名がちょっと可愛いって言っただけでだなっ」

「ん……あれ? 私……寝ちゃってた?」

「んごおっ~~~~!!!?」

椎名が不意に目を覚ますものだから工藤は顔を真っ赤にし変な声を出した。その後口をパクパクと金魚のように動かしている。うむっ、実に面白い!
椎名はまだ眠いのか、目を擦りながら一つふあぁと欠伸(あくび)をした。
その姿が妙に色っぽく感じられるとは勿論言わないでおく。

「起きたか?」

「うん……よく寝た。ていうかなんか私の話してなかった?」

「はあっ!? し、してねーよ!」

「う~ん? ふんっ、どうせまた私の悪口言ってたんでしょ。こんなところでいきなり寝て図太い女だとかっ。そんなの分かってるわよバカ。しょーがないでしょ、力を使うと眠くなりやすいみたいなんだから」

椎名はそう言いふんと鼻を鳴らした。
その直後、椎名は何かを思いついたような顔をし、ニヤリと微笑んだ。

「ていうか二人とも……私が寝てる間にエッチなことしなかったでしょーねっ!?」

「んあっ!? な、何を言っているのかよくわっかんねーなっ! 俺たちがんなことするわけねーだろー?」

椎名の言葉にあからさまに動揺の色を見せる工藤。
馬鹿な。いつも通り普通にしていればいいものを。
当然そんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。椎名は目を見開いた後、ジト目を向けた。

「え……? 何その反応……マジキモい」

「え!? ちがっ……え、……えっとだな……」

目を泳がせ、まともに焦りを見せるものだから、椎名の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「は、はあっ!? な、何よ工藤くん! 何でそんな反応するわけっ!? ほ、ほんときキモいわよっ! やめてっ! ば、バカッ……」

対する椎名も言葉とは裏腹に満更でもないような表情に見えなくもない。
そんな二人を見て私は深いため息を吐き、助け船を出してやる事にした。

「椎名、工藤はこんなだが本当に何も無かったぞ? ただ椎名の可愛い寝顔を堪能しただけだ」

「はひっ!? ……う……まあ……それくらいなら……いいけど。まあ私も勝手にこんなところで寝てたのも悪いし」

椎名はその後もしばらく真っ赤な顔をして、ぶつぶつと言いながら私達の前を歩いていくのだった。

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そこからの道中は特に何事もなく、三時間程して目的地に着くことが出来た。
まだ一時を少し過ぎた所。
ネムルさんに懐中時計を一つ持たせてもらったので時間を知ることが出来る。
やはり時間が知れるというだけでも安心感が違う。
ここまでどれくらい掛かったとか。何時にここを出発すれば何時には村に帰れるとか。
とにかく計算がしっかりと出来るのでこの後の計画が立て易いのだ。
暗くなるまであと五時間くらいはあるので、一時間位で洞窟を出れれば今日中どころか、明るい内に村に帰れるかもしれない。
だがそんな私の思考は楽観的であるとすぐに知れることになる――――。
洞窟の入り口は、岩山のような所にあった。
その岩壁にぽっかりと二メートル程の大きさの穴が口を開けている。
正直ここからでは中の様子は暗くてよく分からない。

「椎名。何か感じるか?」

彼女は風の動きを感じられる。
目には見えなくともそれなりに中の構造を把握出来るかもしれない。
そう思っての質問だった。

「ちょっと待ってて――――」

彼女そんな私の言葉を受けて暫く目を瞑りしばらく押し黙った。
数秒の後、ふと目を開く。

「う~ん……、どうだろうね。私もそこまで遠くまで感知できるわけじゃないから。せいぜい30メートルって所かしら。だから正直わかんないってのが本音なんだけど……」

「うむ、大体でいい」

椎名は顎に手を乗せしばらく思案顔を作る。
数秒考えこむようにしていた。

「――この洞窟、けっこう中広そうなのよね。奥から風が吹いてきてるみたい。とりあえず入り口付近は危険はなさそうだけど……」

ある程度距離を置くと感知は行き届かなくなるようだが、その範囲内の風の動きで奥地の当たりをつけたと、そういうことだろう。
先程の魔物の接近に気づくのが遅れたのも、遠くまでは感知できないせいだったと理解する。
その程度の距離しか分からないのならばここでの感知はあまり意味をなさない。仕方ない。

「では中に入るしかないな」

「――うん、そうね」

私の言葉に三人は頷き顔を見合わせた。
こうして私達は一歩一歩と再び歩みを進めていく。
いよいよ魔物の巣窟という洞窟の中へと足を踏み入れるのだ。