「椎名。隼人や高野、それにアリーシャやフィリアさんはどうしたよ? まさか今お前一人で戦ってるってわけじゃないよな?」

 工藤は改めて現状についての説明を求めた。
 ずっと捕まっていたものだから情報がかなり遅れているのだ。

「……そうね。時間に余裕があるわけじゃないけど、工藤くんの力はこれから頼りになるし。できるだけかいつまんで話すわ」

 工藤の問いに彼をちらとだけ見やり、これまでの経緯を話し始めようとする椎名。
 いまだ俯くその表情の疲労の色は濃かった。
 そんな折、騎士達が手を上げる。

「シーナ、といったか。その話、私達も聞かせてはくれないだろうか?」

 彼は騎士の部隊長アーバン。
 傍らには隊員のリットもいた。

「ええ。いいわ」

 椎名は二人を見やり、ここまでの顛末を話して聞かせた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「……まあ大体こんなところよ」

「まさかそんな……。ライラ様とホプキンス様が裏切り者で魔族だと……?」

 アーバンとリットは大きく動揺していた。
 それもそうだろう。
 自分達が仕えている主が裏切り者で、そのせいで危うく命を落としかけたのだ。
 更にその者達が自国の平和を脅かそうとしているなどと、俄には信じ難い。

「とにかく今はまずアリーシャと合流したいわ。多分ライラと戦ってるはず。ホプキンスも気づいたらいないし。アリーシャの強さは認めるけど、流石に一人は危険よ」

 いつの間にかライラとホプキンスの姿はない。
 自分達がレッサーデーモンの群れと必死に戦っている間に何処かへ行ってしまったのだ。

「けどよ、一体アリーシャはどこにいっちまったんだ?」

「……分からない。無事ならいいんだけど」

「あのう……。その事なんスけど」

「ん? えっと……リットくん、だっけ?」

「そうっス」

 おずおずと手を上げたのは騎士の隊員リットだ。
 彼の瞳は半開きのような状態で、その表情からやる気のなさが伺える。

「オイラ、アリーシャ様を見たッス」

「本当か!?」

 アーバンはリットの発言に詰め寄るように彼へと近づいていく。
 その行動に若干辟易した様子で後退るリット。

「ちょっとアーバンさん近いッス……」

「む……」

  リットにそう言われ、アーバンは一歩だけその体を引いた。
 それに満足したような表情のリットは改めて椎名に向き直る。

「最初にライラ様とアリーシャ様が剣を交えた時に、何やらぶつふつ話してたんス。内容まではよく聞き取れなかったんすけど、一頻り話をしたあと、アリーシャ様が頷いて、その直後に二人共どこかへ姿を消しちゃったんスよね」

「それって虚空に欠き消えたってこと?」

「あー……そうッスね。ちょっとびびったッスけど、今思えばそうッス」

「……まずいわね。それじゃあ精神世界で戦ってるってことかも。助けに行けないわ」

 椎名は表情を曇らせる。
 アリーシャは強い。ライラに重傷を負わせられたとはいえ、それは彼女が油断していたからだ。
 油断のない彼女がそう簡単にやられるとは思えないが、流石に一人で魔族の渦中に紛れ込んではひとたまりもないだろう。

「助けに行けないもんなのか?  俺さっきもそこにいたぜ? 精霊たちと一緒だった」

「――ああ……あれね。無理よ。あれは契約の時だけなの。精霊と契約を結んでしまうと行くことができなくなるわ」

 椎名は工藤の言葉から彼が言いたい事を大体察した。
 彼女の言葉に工藤は首を傾げた。

「ん~? そんなもんなのか?」

「……そうね」

 工藤はそれ以上何も言わなかった。
 椎名が無理と言えば無理なんだろうと思うからだ。 
 彼女の頭の良さは彼も重々理解している。
 自分では到底理解し得ない事も、彼女ならば簡単に理解していると思っているのだ。

「工藤くん」

「???」

「一度周辺を感知してくれない? 精神世界も含めて」

「ん? ああ。いいけどそんなら俺じゃなくても椎名の方が得意じゃね?」

 椎名の申し出に工藤は得心がいかなかった。
 感知ならどう考えても椎名の方が得意なのだ。
 工藤の感知は基本地続きの場所に限られる。
 例えば地面を通して地に立つ生き物や何処に何かがいる、というような事だ。
 その精度もそれが誰なのか。どう言ったフォルムをしているのか、などといった詳細所までは分からないのだ。
 先程広場のレッサーデーモンを感知した際も単純に数を把握できただけだ。
 それに対し椎名の感知は風の能力。空気の流れなどから把握する力だ。
 彼女の力ならば大きさや形、生き物なのかというような事まで把握出来てしまうはずだ。
 人の形容までは分からなくとも剣を交えて戦っている者達を探せばいいのだ。
 圧倒的に椎名の方が見つけられる確率が高いと工藤は考える。

「……できないのよ」

「え?」

「私、精霊の力がなくなっちゃったみたいなの」

「は!? まじかよ!?」

「……こんなの嘘ついてもしょうがない」

 椎名は苦い顔でそう答える。
 それには工藤も驚きを隠せなかった。

「それで……」

 そこで流石の工藤も察する。
 終始伏し目がちな椎名。彼女が元気が無いのはそういった理由があったのかと。

「うっし分かった! 俺に任しとけ! それに俺が精霊と契約を正式に結んでまだちょっとだからな。どの程度能力が変わったかとか知っときたいしな!」

「……そうね」

「はああ……」

 工藤は精霊の力を解放。
 ノームの力によりこのヒストリア王国の中を探り始めた。
 広場の周辺から始まり町の中、地下水路など。正直町の中は人が多過ぎて分かりようがなかった。

「工藤くん。町や地下水路はいい。見てほしいのは城とその周辺よ。そこで戦ってるような動きの二つの陰を探してほしいの」

「ん? そうなのか?」

「ええ」

 工藤の思考を読むように椎名がそう告げた。
 今一得心がいかずとも工藤は黙ってこくりと頷いた。

「――ここかな?」

 ヒストリア城の中はそんなに人が多くないように思えた。
 今はその殆どが出払っているのだろうか。
 城の中心辺りに何人かいて、他は城の居住区だろうか。

「……う~む……」

 整然と並んだ部屋の中には結構な人がいた。
 そうしているうちにやがて城の中心に向かっていく陰が三つ見えた。

「これか……?」

「見つかった?」

 それらは移動しているだけで戦っている気配は無かった。
 それに椎名の言う対象とは外れている。

「う~ん……わかんねえ……」

「――あっ、思い出したッス!!」

「んおっ!?」

 その時急に大声を上げたのはリットだ。
 皆が一度彼に注目する。工藤も一旦感知の手を止め彼を見つめた。

「何? リットくん。言ってみて」

「ライラ様とアリーシャ様の会話の中で、一つだけ聞き取れたことがあったんスよ!」

「分かったから早く要件を言えリット! 今は一刻を争うのだ!」

「む? ……言われなくても分かってるッスよ。訓練場ッス」

 訓練場。
 アーバンの言葉をめんどくさそうに受けるリットが言った場所はそこだった。

「訓練場? どこにあるの?」

「ヒストリア城の脇にドーム状の建物がある。それだ」

 アーバンがリットの言葉を引き継いで代わりに答える。

「うしっ。了解」

 それを聞いて工藤は感知を再開させた。
 暫く目を瞑り様子を探る事数十秒――。

「……いたぞ! 陰が2つ、戦ってるっぽい!」

「っ。それよっ!」

 訓練場内にある二つの陰。
 間違い無い。アリーシャとライラだ。