一度見れた椎名の顔は、増え続ける魔族によってあっという間に埋もれてしまった。
けれど工藤はそれだけで心を撃ち抜かれたように苦しくなった。
椎名はぐしゃぐしゃで。今まで工藤が見た事も無いほどボロボロで疲れきっていたのだ。
涙とか血とか汗とか、それら全部がごちゃ混ぜになり、尚且つ力の消耗も激しい。
まるでボロ雑巾のようで。いつもの元気で明るい、輝いた笑顔の彼女は何処にもいない。
「――お前ら……」
工藤の体が打ち震えた。
怒りと悲しみと、ぐちゃぐちゃな感情の波が押し寄せて、どうにかなってしまいそうだった。
「ブォッハァッッ!!!」
そんな工藤に対し、レッサーデーモンの群れが新たに現れた獲物目掛けて一斉に飛び掛かった。
「――お前らああああっっっ!!!!」
その瞬間工藤は吼えた。
自身の中の激情の全てを解放し、それが炎という形となりその奔流が迸る。
それはそのままオーラのように彼の体に纏わりついたのだ。
結果的にはそれが灼熱の鎧と化し、近づく者全てを灰に帰した。
「ギャアアアァァッッ…………!!」
断末魔の叫びを上げながら炎に焼かれ、消失していく魔族達。
その炎から辛うじて逃れたレッサーデーモンは工藤の放つ圧に後退った。
「――よくも……よくもっ!! 椎名をこんなにしてくれたなあっ!!」
工藤の怒りは青天井に高まっていく。
それに呼応するように炎はうねり吹き上がっていった。
中空に漂うそれはまるで意思を持った生き物のようにとぐろを巻き、その力をぶつける対象を模索しているようだ。
工藤は自身の周りを取り囲むその力を、ある生き物として形容した。
「――ドラゴン」
これは、全てを灰塵に帰す竜。
彼の心の中に湧き上がる情動が、そのまま体の外へと溢れ出て、一体の竜となってその鰓をその対象へと向ける。
工藤は列泊の気合いと共にその情動を吐き出した。
「はあはあああっ!! 炎の奔流よ! 全てを呑み込めえっ! ドラゴニックブレイズッッ!!!」
「ギャアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
うねる炎はまさしく炎竜と化し、轟音と地響きを上げながら広場にいる魔族全てを呑み尽くした。
およそ百数十体にも及ぶレッサーデーモンの群れはほんの数秒の内に灰燼と帰し、跡形も残らなかった。
「何という力だ……」
騎士の一人がポツリと呟いた。
それで完全に決着は着いたかに見えた。
「――工藤くん……ダメ」
「?? 椎名?」
だが何も無くなった広場に響いたのは椎名の弱々しい呟き。
未だ彼女の周りには光のドームが形成されている。
それはホプキンスの掛けた術が解けていないという証でもあった。
「バフォアッ!」
次の瞬間、椎名の言葉を裏付けるように新たに数十体のレッサーデーモンが広場に出現。
「ボッハアアッッ!!」
「うおっ!?」
そこに木霊する絶望を告げる咆哮。
精神世界にはいまだ多くのレッサーデーモンがいる。
それらを全て倒さない限り終わりは来ないのだ。
だが工藤はそんな事で絶望などしない。
意思を込めた瞳で倒すべき相手を見据え続ける。
「全部ぶっ倒しゃいーんだろーが!」
「……無理よ……数が……多すぎる」
工藤の意思を尊重したい。
だが椎名は知っている。
どれ程多くのレッサーデーモンが精神世界に滞在しているのかを。
それと工藤の力を天秤に掛けて、彼がやろうとしている事が無茶で無謀であると否定しているのだ。
「あっ……かっ、……は……」
「椎名っ!?」
椎名が一層苦しみ始めた。
この術がレッサーデーモンをこの世界に排出すればする程、彼女の生命力をより強く蝕むという仕組みなのだ。
工藤もそれは承知していた。
「急がねえと……」
ここで彼にも若干の焦りが生まれる。
早くレッサーデーモンを倒しきってしまわないと椎名が危ないのだ。
「ノーム! 力を貸せ!」
『クゥン!』
工藤は次にもう一体の精霊、ノームの力を解放した。
使った力は感知能力だ。
精神世界に一体どれ程の数のレッサーデーモンが存在しているかを探るためだ。
本来感知は精神世界までには及ばない。
だが今はホプキンスの術により精神世界へと通ずる歪みが生まれている。繋がっているのだ。
なら向こうの状況を知る事も不可能ではない。
そこまでの事を考えての行動では無かったが、結果として工藤の思惑通りの情報が得られた。
「――1万……か」
工藤の呟きに椎名の体がぴくんと動いた。
それから程なくして彼女の顔が歪み、涙が零れ落ちる。
「うっ……うっ……だから言ったでしょ……無理なのよ……こんな数の敵……とてもじゃないけど太刀打ちできないよ……」
「椎名……」
椎名の涙に工藤の胸にはやり切れない感情が溢れていた。
けど今は、工藤はニヤリと笑ってみせた。
「大丈夫だ椎名。心配すんな」
「な……何言ってるの? バカ……早く逃げてよ」
「うるせえよっ! バカはどっちだ! 俺がこんなことされて喜ぶとでも思ってんのかっ!」
「――っ。 ……だって……」
工藤の怒りに椎名の表情は強張った。
けれどそれは一瞬だけ。すぐに工藤は微笑んだ。
胸の痛みは見せないように。
「だから大丈夫だって、心配すんな。今俺が助けてやる」
「……え?」
「はああああっっ!!!」
工藤が気合いを込めると、先ほどの比ではない程の炎の奔流が迸った。
轟音を響かせて炎は尚も肥大していく。
「……ウソ……でしょ?」
これを見て椎名は思い知る。
工藤が先程放った炎は、全く以て手加減されていたのだと。
そして理解する。この戦いはとっくに詰んでいたのだと。
彼が精霊の力を得てこの場所に現れた時点で。
「ドラゴニックブレイズ!!」
その炎竜はまず先程と同じように、広場に出てきた魔族を全て呑み込んだ。
「まだまだあっ!!」
更にその後、炎は止まる事なく加速していき、広場を畝り、やがてある一点へと注ぎ込まれていったのだ。
魔族が出てきているゲートの入り口へと。
「そこだああああっっっ!!!」
炎の奔流は中空で欠き消えたように消失していくが、言うまでもなくその力は精神世界へと注ぎ込まれていっているのだ。
すなわち炎竜は今、精神世界の中を縦横無尽に蹂躙しているという事。
ほんの数刻の後、決着は成った。
一万の魔族は工藤の放った炎の一撃によって完全に焼き払われたのだった。
「――こんな……ことって……」
椎名は信じられないといった表情でぽそりと呟きを漏らした。
ゲートはというと、排出する対象を全て失い止まった。
広場は光を失い、静寂が空間を支配する。
「椎名っ」
工藤はすぐに彼女の元へと駆けつけ、傷だらけの彼女を抱き上げ自身の腕の中に収めた。
「――あっ」
女の子らしい声を上げ抱き止められる椎名は妙に弱々しくて可愛いらしい。
工藤はそんな彼女を目の前に何故だか酷く緊張してしまっていた。
そもそも久しぶりの再会なのだ。照れ臭くもなってしまうというものだ。
「よお……その……大丈夫か?」
椎名は茫然と彼の腕の中で沈黙していた。
互いに見つめ合い、頬を赤らめているのは工藤だけだ。
それが少し憎らしかったが今は彼女を責める気になは一切なれない。
「――椎名、ごめん」
結局工藤の口から絞り出された言葉は謝罪だった。
椎名の行動はもちろん褒められたものじゃなかった。
けれど何はともあれ、この結果は工藤の迂闊さ、弱さが招いた結果だったのだから。
椎名はその言葉に一瞬驚いたような表情を見せた。
直後少しだけ複雑な表情をし、最後には大粒の涙を溢れさせた。
「――ばかっ……ばかあっ!」
そこからは歯止めを失くしたように嗚咽を漏らしながら彼女は泣いたのだ。
工藤の胸に顔を埋め、泣き続ける椎名は、か弱い一人の女の子だった。
けれど工藤はそれだけで心を撃ち抜かれたように苦しくなった。
椎名はぐしゃぐしゃで。今まで工藤が見た事も無いほどボロボロで疲れきっていたのだ。
涙とか血とか汗とか、それら全部がごちゃ混ぜになり、尚且つ力の消耗も激しい。
まるでボロ雑巾のようで。いつもの元気で明るい、輝いた笑顔の彼女は何処にもいない。
「――お前ら……」
工藤の体が打ち震えた。
怒りと悲しみと、ぐちゃぐちゃな感情の波が押し寄せて、どうにかなってしまいそうだった。
「ブォッハァッッ!!!」
そんな工藤に対し、レッサーデーモンの群れが新たに現れた獲物目掛けて一斉に飛び掛かった。
「――お前らああああっっっ!!!!」
その瞬間工藤は吼えた。
自身の中の激情の全てを解放し、それが炎という形となりその奔流が迸る。
それはそのままオーラのように彼の体に纏わりついたのだ。
結果的にはそれが灼熱の鎧と化し、近づく者全てを灰に帰した。
「ギャアアアァァッッ…………!!」
断末魔の叫びを上げながら炎に焼かれ、消失していく魔族達。
その炎から辛うじて逃れたレッサーデーモンは工藤の放つ圧に後退った。
「――よくも……よくもっ!! 椎名をこんなにしてくれたなあっ!!」
工藤の怒りは青天井に高まっていく。
それに呼応するように炎はうねり吹き上がっていった。
中空に漂うそれはまるで意思を持った生き物のようにとぐろを巻き、その力をぶつける対象を模索しているようだ。
工藤は自身の周りを取り囲むその力を、ある生き物として形容した。
「――ドラゴン」
これは、全てを灰塵に帰す竜。
彼の心の中に湧き上がる情動が、そのまま体の外へと溢れ出て、一体の竜となってその鰓をその対象へと向ける。
工藤は列泊の気合いと共にその情動を吐き出した。
「はあはあああっ!! 炎の奔流よ! 全てを呑み込めえっ! ドラゴニックブレイズッッ!!!」
「ギャアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
うねる炎はまさしく炎竜と化し、轟音と地響きを上げながら広場にいる魔族全てを呑み尽くした。
およそ百数十体にも及ぶレッサーデーモンの群れはほんの数秒の内に灰燼と帰し、跡形も残らなかった。
「何という力だ……」
騎士の一人がポツリと呟いた。
それで完全に決着は着いたかに見えた。
「――工藤くん……ダメ」
「?? 椎名?」
だが何も無くなった広場に響いたのは椎名の弱々しい呟き。
未だ彼女の周りには光のドームが形成されている。
それはホプキンスの掛けた術が解けていないという証でもあった。
「バフォアッ!」
次の瞬間、椎名の言葉を裏付けるように新たに数十体のレッサーデーモンが広場に出現。
「ボッハアアッッ!!」
「うおっ!?」
そこに木霊する絶望を告げる咆哮。
精神世界にはいまだ多くのレッサーデーモンがいる。
それらを全て倒さない限り終わりは来ないのだ。
だが工藤はそんな事で絶望などしない。
意思を込めた瞳で倒すべき相手を見据え続ける。
「全部ぶっ倒しゃいーんだろーが!」
「……無理よ……数が……多すぎる」
工藤の意思を尊重したい。
だが椎名は知っている。
どれ程多くのレッサーデーモンが精神世界に滞在しているのかを。
それと工藤の力を天秤に掛けて、彼がやろうとしている事が無茶で無謀であると否定しているのだ。
「あっ……かっ、……は……」
「椎名っ!?」
椎名が一層苦しみ始めた。
この術がレッサーデーモンをこの世界に排出すればする程、彼女の生命力をより強く蝕むという仕組みなのだ。
工藤もそれは承知していた。
「急がねえと……」
ここで彼にも若干の焦りが生まれる。
早くレッサーデーモンを倒しきってしまわないと椎名が危ないのだ。
「ノーム! 力を貸せ!」
『クゥン!』
工藤は次にもう一体の精霊、ノームの力を解放した。
使った力は感知能力だ。
精神世界に一体どれ程の数のレッサーデーモンが存在しているかを探るためだ。
本来感知は精神世界までには及ばない。
だが今はホプキンスの術により精神世界へと通ずる歪みが生まれている。繋がっているのだ。
なら向こうの状況を知る事も不可能ではない。
そこまでの事を考えての行動では無かったが、結果として工藤の思惑通りの情報が得られた。
「――1万……か」
工藤の呟きに椎名の体がぴくんと動いた。
それから程なくして彼女の顔が歪み、涙が零れ落ちる。
「うっ……うっ……だから言ったでしょ……無理なのよ……こんな数の敵……とてもじゃないけど太刀打ちできないよ……」
「椎名……」
椎名の涙に工藤の胸にはやり切れない感情が溢れていた。
けど今は、工藤はニヤリと笑ってみせた。
「大丈夫だ椎名。心配すんな」
「な……何言ってるの? バカ……早く逃げてよ」
「うるせえよっ! バカはどっちだ! 俺がこんなことされて喜ぶとでも思ってんのかっ!」
「――っ。 ……だって……」
工藤の怒りに椎名の表情は強張った。
けれどそれは一瞬だけ。すぐに工藤は微笑んだ。
胸の痛みは見せないように。
「だから大丈夫だって、心配すんな。今俺が助けてやる」
「……え?」
「はああああっっ!!!」
工藤が気合いを込めると、先ほどの比ではない程の炎の奔流が迸った。
轟音を響かせて炎は尚も肥大していく。
「……ウソ……でしょ?」
これを見て椎名は思い知る。
工藤が先程放った炎は、全く以て手加減されていたのだと。
そして理解する。この戦いはとっくに詰んでいたのだと。
彼が精霊の力を得てこの場所に現れた時点で。
「ドラゴニックブレイズ!!」
その炎竜はまず先程と同じように、広場に出てきた魔族を全て呑み込んだ。
「まだまだあっ!!」
更にその後、炎は止まる事なく加速していき、広場を畝り、やがてある一点へと注ぎ込まれていったのだ。
魔族が出てきているゲートの入り口へと。
「そこだああああっっっ!!!」
炎の奔流は中空で欠き消えたように消失していくが、言うまでもなくその力は精神世界へと注ぎ込まれていっているのだ。
すなわち炎竜は今、精神世界の中を縦横無尽に蹂躙しているという事。
ほんの数刻の後、決着は成った。
一万の魔族は工藤の放った炎の一撃によって完全に焼き払われたのだった。
「――こんな……ことって……」
椎名は信じられないといった表情でぽそりと呟きを漏らした。
ゲートはというと、排出する対象を全て失い止まった。
広場は光を失い、静寂が空間を支配する。
「椎名っ」
工藤はすぐに彼女の元へと駆けつけ、傷だらけの彼女を抱き上げ自身の腕の中に収めた。
「――あっ」
女の子らしい声を上げ抱き止められる椎名は妙に弱々しくて可愛いらしい。
工藤はそんな彼女を目の前に何故だか酷く緊張してしまっていた。
そもそも久しぶりの再会なのだ。照れ臭くもなってしまうというものだ。
「よお……その……大丈夫か?」
椎名は茫然と彼の腕の中で沈黙していた。
互いに見つめ合い、頬を赤らめているのは工藤だけだ。
それが少し憎らしかったが今は彼女を責める気になは一切なれない。
「――椎名、ごめん」
結局工藤の口から絞り出された言葉は謝罪だった。
椎名の行動はもちろん褒められたものじゃなかった。
けれど何はともあれ、この結果は工藤の迂闊さ、弱さが招いた結果だったのだから。
椎名はその言葉に一瞬驚いたような表情を見せた。
直後少しだけ複雑な表情をし、最後には大粒の涙を溢れさせた。
「――ばかっ……ばかあっ!」
そこからは歯止めを失くしたように嗚咽を漏らしながら彼女は泣いたのだ。
工藤の胸に顔を埋め、泣き続ける椎名は、か弱い一人の女の子だった。