石畳に寝転がり空を見上げる。
血を流しすぎたのか、朦朧とする意識の中で背中に当たる床はひんやりと冷たくて心地よかった。
……ああ……星が……きれいだなあ。
夜空に瞬く満天の星空の下で人生の最後を迎える。
そう考えたら、そんなに悪くないような気がしてきた。
私は光球の中で、自分の中の全ての欠片をむしり取られるような感覚を味わいながら、それでも心は晴れやかだった。
助けたい人を助けられたのだ。もう思い残すことはない。
光球の輝きは明らかにさっきよりも弱々しくなり、いよいよ自分の中にはもう何も残っていないような、空っぽな入れ物の容器のような心持ちとなった。
程なくして目の前の光も消え去り、そうしたら魔族の出現は治まってくれるだろうか。
どちらにせよもう打てる策は何一つ無い。このまま流れに身を任せるたまけなのだけれど――。
「最後……か」
「何が最後だっ! ふざけるな!」
不意に口から漏れ出た私の呟きに否定を被せてくる声があった。
一瞬アイツが戻って来てしまったのかと嬉しいような、焦ったような気持ちになりながら、そうではなかったことに安堵と寂しさと驚きの感情が入り乱れた。
「あなた……たち!?」
どうやら声の主は先程逃がした騎士団の人たちだ。
数人だけで引き返してきたのか再びレッサーデーモンと斬り結んでいる。
けれどあまりにも多勢に無勢。
かなりの劣勢だということは見なくても分かる。
「どうし……て……」
「どうしてではない! 貴様! 我々に死ぬなと言っておいて何だこの様はっ!」
そう声を発しているのは先程の隊長だ。
けれど彼ら騎士達の姿は一瞬見えただけ。
それ以降は魔族の体に阻まれて見えない。
「そんな……」
まだ彼らは広場の入り口付近で戦っている。
今引き返せばまだ助かるはずだ。
「だめっ……逃げてっ」
「断るっ!!」
「っ!?」
「ふざけるなっ!! この馬鹿者がっ!!」
「ギャアオウッ……!」
「――っ!!」
隊長の大声が広場に響き渡る。
それと同時に上がるレッサーデーモンたった一体の断末魔の声。
言いたいことは分かる。けれどこんなのはダメだ。
彼らが戻ってきても、この現状を打破することなど土台無理な話なのだから。
物量に呑まれて、ものの数分と持たずに命尽き果てるのが関の山。それほどに魔族の数は多い。
私はというと、さっきからもう動きたくても全く身動きが取れない。
マインドもいよいよ枯渇して、今の私にはもうどうすることもできない。
いや、マインドが完全に枯渇すれば少なくともレッサーデーモンの出現は抑えられるかもしれない。
その証拠に工藤くんが私に変わった事でレッサーデーモンの出現速度が明らかに鈍化している。
それでもレッサーデーモンの数はもはや絶望的なほどに多い。
余りにも飽和しすぎて何体かは町中へと繰り出していってしまっているだろう。
私は歯噛みする。
せっかく助けた命なのに。戻って来てしまうなんて。
「シルフッ……! どうにかできないっ……?」
私は藁をも掴む気持ちで先ほどまで一緒に戦ってきた相棒に意見を求める。
「…………? シル……フ?」
そこで初めて違和感に気づいた。
いつものように帰ってくる声はなかった。
「――そん……な……」
不意に心の中が空っぽになったような寂しさを実感する。
自分の中にあるべきはずの風の力の存在が、消失してしまっていることに気がついたのだ。
「シルフ……?」
いない――どこにも――。
私は自分の中に確かにいたはずの彼の存在を胸の中に見つけ出すことはできなくて。
もしかして……いなくなってしまったの?
――死んでしまったということだろうか。
そんなの考えたくないっ。
精霊におよそ死というものが存在しているのかはわからない。
だけど確実に言えることは、シルフは今ここにはいないということだ。
私が……やったんだ。
取り返しのつかないことをしてしまったという絶望感が胸に湧き起こる。
私は……私のせいでこんな……シルフを消失させてしまった。
何で気づかなかったんだろう。
何で予想しなかったんだろう。
こうなる可能性を考えずに自分勝手な行動で、結果たくさんの人たちを傷つける羽目になってしまったじゃないか。
こんなのただの独りよがりのわがままだ。
「ぐあーーーーーっ!」
「!!?」
騎士の人たちの声が広場に響き渡る。いよいよ最悪の展開になろうとしている。
皆を守ろうとしたら結局守られて。こんな私のために命を落としてしまうとか。
守るだなんて、自分はなんておこがましかったのか。
私は最初から守ったつもりになって、本当は守りきれてなんていないのだ。
そもそもここで私が負けるということは、一万にも上る魔族をこの町のど真ん中に野放しにしてしまうということ。
そうなればこの国の人々は傷ついて、きっとたくさんの命が失われる。
このまま国は滅びの一途を辿る可能性だって大いにある。
私は結局自分自身には背負い切れない問題を途中で放棄して、投げ出して逃げようとしただけなんだ。
私がどうしようもなく弱いから。
どうしようもなく無力だから。
私の行動はただのわがままでしかなかった。
こんな中途半端な形で周りの人たちの命を繋いだつもりになって、本来は無意味なことだったのだ。
だけど……。
「こんなの無理だよ……」
視界がぼやけて頬に涙が伝う。
こんなの絶対に敵いっこない。
苦しいよ。苦し過ぎて吐きそうだよ。
強大すぎる。強大すぎるよ。
こんなの、誰だって投げ出したくなるよ。
私一人の力じゃ……どうにもできない。
「ごめん……なさい」
紡ぎ出された声は嗚咽混じりでうまく言葉にならなかった。
私には……どうすることもできない。
悔しくて、情けなくて、怖くて。
後から後から涙が溢れて止まらない。
「ギャハァッ!」
「――ひっ!?」
光の壁を叩く音に向こう側の視界が不意に鮮明になった。
そこでは魔族が私を見て笑っていた。
とっても嬉しそうに。まるで至福の瞬間を噛みしめるように。
それにより自身の数秒先の未来が思い起こされて恐怖に凍りつきそうになる。
この光が完全に消え去った後、私はどんな無惨な最期を遂げるのか。
「い……嫌だ……嫌だよう……」
弱まる光にどうしようもないほどの恐怖心が煽られる。
恐い……恐い……恐い……。
「あああああ……」
私は必死で腕で顔を隠しながら、真っ黒になった視界の中で発狂しそうになった。
やっぱりこんな……嫌だ。こんなまま終わりたくない。死にたくなんかない。
恐くて。恐くてどうしようもない。
嫌だよ。このまま死んでいくなんて。
嫌――だよ。
「……たす……けて」
助けなんて来ない。来るはずもない。
分かっているけど、私は弱いから。他の誰かにすがることしかできない。
「たすけて」
ボロボロになった体が悲鳴を上げて、口の中には喋る度に血の味が広がる。
朦朧とする意識の中で、涙を流しながら慟哭する。
「――助けてっ……」
振り絞るように掠れた声は風に流されて。
――不意に。
私の右側の景色が明るくなり、少しだけ温かな風が吹いてきたような気がした。
私は動かない体で、目だけを横に向けた。
するとどうしたことか。そこにいるはずの魔族が一体もいない。
「???」
私をニヤニヤと見つめていた魔族は消え去っていて、何もない空間が広がっていたのだ。
その向こう側、一つの人影が視界の端に見えた。
そこで気づいた。
私はもう一つ大きな考え違いをしてしまっていたことに。
彼がそのまま逃げていくわけなんてないじゃないか。
すんなりはいそうですかと私の提案を受け入れてくれるはずなどないのだ。
「……なんでよ」
理由なんて聞かなくても分かってる。
けれどそんな言葉が口をついて出てしまう。
本当にコイツは大バカ野郎だ。
もう救いようがない。
そんなことを思いながらも、私もコイツに負けないくらい大バカなんだと自覚する。
「椎名! 待ってろ、今助ける!」
ホントはこんな顔見せたくなかったけれど、体はもう指一つ動かせないから仕方ない。
私はというとたくさんの涙でボヤけてアイツの顔が良く見えない。
ちゃんと見えないからやっぱり夢なんじゃないかとすら思う。
実は私はもう死んで、走馬灯のようにただただ私の願望を、都合のいい景色を最後の瞬間脳が見せてくれてるだけなんじゃないかって。
「工藤くん……」
搾り出す声はやっぱり掠れていた。
多くの絶望を背負いながらも、今この時に一番会いたくて、だけど一番戻って来てほしくない人がそこにいた。
血を流しすぎたのか、朦朧とする意識の中で背中に当たる床はひんやりと冷たくて心地よかった。
……ああ……星が……きれいだなあ。
夜空に瞬く満天の星空の下で人生の最後を迎える。
そう考えたら、そんなに悪くないような気がしてきた。
私は光球の中で、自分の中の全ての欠片をむしり取られるような感覚を味わいながら、それでも心は晴れやかだった。
助けたい人を助けられたのだ。もう思い残すことはない。
光球の輝きは明らかにさっきよりも弱々しくなり、いよいよ自分の中にはもう何も残っていないような、空っぽな入れ物の容器のような心持ちとなった。
程なくして目の前の光も消え去り、そうしたら魔族の出現は治まってくれるだろうか。
どちらにせよもう打てる策は何一つ無い。このまま流れに身を任せるたまけなのだけれど――。
「最後……か」
「何が最後だっ! ふざけるな!」
不意に口から漏れ出た私の呟きに否定を被せてくる声があった。
一瞬アイツが戻って来てしまったのかと嬉しいような、焦ったような気持ちになりながら、そうではなかったことに安堵と寂しさと驚きの感情が入り乱れた。
「あなた……たち!?」
どうやら声の主は先程逃がした騎士団の人たちだ。
数人だけで引き返してきたのか再びレッサーデーモンと斬り結んでいる。
けれどあまりにも多勢に無勢。
かなりの劣勢だということは見なくても分かる。
「どうし……て……」
「どうしてではない! 貴様! 我々に死ぬなと言っておいて何だこの様はっ!」
そう声を発しているのは先程の隊長だ。
けれど彼ら騎士達の姿は一瞬見えただけ。
それ以降は魔族の体に阻まれて見えない。
「そんな……」
まだ彼らは広場の入り口付近で戦っている。
今引き返せばまだ助かるはずだ。
「だめっ……逃げてっ」
「断るっ!!」
「っ!?」
「ふざけるなっ!! この馬鹿者がっ!!」
「ギャアオウッ……!」
「――っ!!」
隊長の大声が広場に響き渡る。
それと同時に上がるレッサーデーモンたった一体の断末魔の声。
言いたいことは分かる。けれどこんなのはダメだ。
彼らが戻ってきても、この現状を打破することなど土台無理な話なのだから。
物量に呑まれて、ものの数分と持たずに命尽き果てるのが関の山。それほどに魔族の数は多い。
私はというと、さっきからもう動きたくても全く身動きが取れない。
マインドもいよいよ枯渇して、今の私にはもうどうすることもできない。
いや、マインドが完全に枯渇すれば少なくともレッサーデーモンの出現は抑えられるかもしれない。
その証拠に工藤くんが私に変わった事でレッサーデーモンの出現速度が明らかに鈍化している。
それでもレッサーデーモンの数はもはや絶望的なほどに多い。
余りにも飽和しすぎて何体かは町中へと繰り出していってしまっているだろう。
私は歯噛みする。
せっかく助けた命なのに。戻って来てしまうなんて。
「シルフッ……! どうにかできないっ……?」
私は藁をも掴む気持ちで先ほどまで一緒に戦ってきた相棒に意見を求める。
「…………? シル……フ?」
そこで初めて違和感に気づいた。
いつものように帰ってくる声はなかった。
「――そん……な……」
不意に心の中が空っぽになったような寂しさを実感する。
自分の中にあるべきはずの風の力の存在が、消失してしまっていることに気がついたのだ。
「シルフ……?」
いない――どこにも――。
私は自分の中に確かにいたはずの彼の存在を胸の中に見つけ出すことはできなくて。
もしかして……いなくなってしまったの?
――死んでしまったということだろうか。
そんなの考えたくないっ。
精霊におよそ死というものが存在しているのかはわからない。
だけど確実に言えることは、シルフは今ここにはいないということだ。
私が……やったんだ。
取り返しのつかないことをしてしまったという絶望感が胸に湧き起こる。
私は……私のせいでこんな……シルフを消失させてしまった。
何で気づかなかったんだろう。
何で予想しなかったんだろう。
こうなる可能性を考えずに自分勝手な行動で、結果たくさんの人たちを傷つける羽目になってしまったじゃないか。
こんなのただの独りよがりのわがままだ。
「ぐあーーーーーっ!」
「!!?」
騎士の人たちの声が広場に響き渡る。いよいよ最悪の展開になろうとしている。
皆を守ろうとしたら結局守られて。こんな私のために命を落としてしまうとか。
守るだなんて、自分はなんておこがましかったのか。
私は最初から守ったつもりになって、本当は守りきれてなんていないのだ。
そもそもここで私が負けるということは、一万にも上る魔族をこの町のど真ん中に野放しにしてしまうということ。
そうなればこの国の人々は傷ついて、きっとたくさんの命が失われる。
このまま国は滅びの一途を辿る可能性だって大いにある。
私は結局自分自身には背負い切れない問題を途中で放棄して、投げ出して逃げようとしただけなんだ。
私がどうしようもなく弱いから。
どうしようもなく無力だから。
私の行動はただのわがままでしかなかった。
こんな中途半端な形で周りの人たちの命を繋いだつもりになって、本来は無意味なことだったのだ。
だけど……。
「こんなの無理だよ……」
視界がぼやけて頬に涙が伝う。
こんなの絶対に敵いっこない。
苦しいよ。苦し過ぎて吐きそうだよ。
強大すぎる。強大すぎるよ。
こんなの、誰だって投げ出したくなるよ。
私一人の力じゃ……どうにもできない。
「ごめん……なさい」
紡ぎ出された声は嗚咽混じりでうまく言葉にならなかった。
私には……どうすることもできない。
悔しくて、情けなくて、怖くて。
後から後から涙が溢れて止まらない。
「ギャハァッ!」
「――ひっ!?」
光の壁を叩く音に向こう側の視界が不意に鮮明になった。
そこでは魔族が私を見て笑っていた。
とっても嬉しそうに。まるで至福の瞬間を噛みしめるように。
それにより自身の数秒先の未来が思い起こされて恐怖に凍りつきそうになる。
この光が完全に消え去った後、私はどんな無惨な最期を遂げるのか。
「い……嫌だ……嫌だよう……」
弱まる光にどうしようもないほどの恐怖心が煽られる。
恐い……恐い……恐い……。
「あああああ……」
私は必死で腕で顔を隠しながら、真っ黒になった視界の中で発狂しそうになった。
やっぱりこんな……嫌だ。こんなまま終わりたくない。死にたくなんかない。
恐くて。恐くてどうしようもない。
嫌だよ。このまま死んでいくなんて。
嫌――だよ。
「……たす……けて」
助けなんて来ない。来るはずもない。
分かっているけど、私は弱いから。他の誰かにすがることしかできない。
「たすけて」
ボロボロになった体が悲鳴を上げて、口の中には喋る度に血の味が広がる。
朦朧とする意識の中で、涙を流しながら慟哭する。
「――助けてっ……」
振り絞るように掠れた声は風に流されて。
――不意に。
私の右側の景色が明るくなり、少しだけ温かな風が吹いてきたような気がした。
私は動かない体で、目だけを横に向けた。
するとどうしたことか。そこにいるはずの魔族が一体もいない。
「???」
私をニヤニヤと見つめていた魔族は消え去っていて、何もない空間が広がっていたのだ。
その向こう側、一つの人影が視界の端に見えた。
そこで気づいた。
私はもう一つ大きな考え違いをしてしまっていたことに。
彼がそのまま逃げていくわけなんてないじゃないか。
すんなりはいそうですかと私の提案を受け入れてくれるはずなどないのだ。
「……なんでよ」
理由なんて聞かなくても分かってる。
けれどそんな言葉が口をついて出てしまう。
本当にコイツは大バカ野郎だ。
もう救いようがない。
そんなことを思いながらも、私もコイツに負けないくらい大バカなんだと自覚する。
「椎名! 待ってろ、今助ける!」
ホントはこんな顔見せたくなかったけれど、体はもう指一つ動かせないから仕方ない。
私はというとたくさんの涙でボヤけてアイツの顔が良く見えない。
ちゃんと見えないからやっぱり夢なんじゃないかとすら思う。
実は私はもう死んで、走馬灯のようにただただ私の願望を、都合のいい景色を最後の瞬間脳が見せてくれてるだけなんじゃないかって。
「工藤くん……」
搾り出す声はやっぱり掠れていた。
多くの絶望を背負いながらも、今この時に一番会いたくて、だけど一番戻って来てほしくない人がそこにいた。