「はあっ! はあっ……!」
「いやー。きちー」
「ふう……」

私が肩で息をしているのに対し、工藤と椎名は比較的余裕があるようだ。
工藤は体力バカなので分からなくも無いが、椎名はあれだけの群れの攻撃を捌ききったにも関わらず割とケロッとしている。
やはり相当の身体能力の向上をしたのだろうと思えた。

「……なんかお前どんどん人間離れしてきてねーか?」

工藤も流石に椎名の活躍には度肝を抜かれたようだった。
しかも椎名は昨日私達に見せた風を操る能力を使わなかった。まだ相当の余力を残している筈だ。
これくらいの魔物相手に風の能力を使う程では無かったという事を意味するのだから。

「何だろねー! なんか戦うのが楽しくなってきちゃったかも! あっ! また魔石拾っとかなくちゃっ!」

そんな事を言って魔物から出た赤い石を拾い集めだした椎名を見て私は言葉を失う。
最早同じ高校生とは思えない。
椎名の行動力には驚きを通り越して呆れやドン引き、という感想がしっくり来た。
私は今にもその場に倒れ込みたい気分だというのに。
もしかするとあの光に包まれると、精神力や胆力といったものも向上するのだろうか。
昨日グレイウルフを倒した時、泣いていた彼女と同一人物とは思えない。
昨日の今日でここまで変われるものなのだろうか。
単純に慣れという一言で片付けるには、余りにも期間が短すぎる気がするのだ。

「……まあ、助かってはいるが。私達の立場がないな」

私が劣等感満載の感想を述べると椎名はせっせと魔石を広い集めながらちらとこちらを見た。

「まあ気にしないで? あなたたちにもいずれこうなってもらうんだから!」

椎名は満面の笑顔でそう答えた。
確かに椎名と同じようになれればこの先の道中大いに楽になりそうではある。
私達も本当にそんなことが可能なのかはまだ不確定だが。

「あー! くそっ! 俺も早く覚醒してー! 目覚めろ! 俺! ほらっ! こんにゃろー!」

工藤は椎名の言葉を真に受けて、空に手を上げたりして喚いていた。
こんな状況なのに本当に気楽なものだな。
まあそれも彼の良い所でもあるのだが。
しばらく経って、魔石を全て拾い集めた。
持ってきていた麻袋に詰め込む前に数を確認。
するとその数全部で四十五個。
その一つ一つは昨日のグレイウルフの物に比べると二回り程小さいように思える。
一体につき一つの魔石だったから私達で四十五体倒した事になる。
そう考えると凄い量だ。
とにかく無我夢中でそんな数を相手取ったとは到底思えなかった。
これらの情報を鑑みて思った事がある。
確信は無いがこの魔石の大きさと強さは関係あるのかもしれない。
攻撃もグレイウルフに比べれば随分と単調だったように思う。
もしかしたら他にも私達の知らない情報でこの世界の常識は沢山あるのかもしれない。
今になってもう少しネムルさんに情報を聞いておけば良かったと後悔する。
少なくともこの辺に出る魔物の特徴や弱点くらいは押さえておくべきだった。
冒険は初心者。
素人なので仕方無いかもしれないが、仕方無いで済ませて自分たちが危険に晒されるのはいただけない。
これからそういった事も肝に銘じて行動しなければ。
私は一つその事を誓いのように心に刻み込んだ。

「では先に進むとするか」

考えているうちに、呼吸も落ち着いたのでそろそろ先を急ごうと思った。
先程はこのまま行けば昼過ぎに着けると思ったが、今回のように魔物がこの先も出てきて行く手を阻むなら、少しでも時間が惜しい。

「え? ちょっと休憩しない? 急ぐ気持ちはわかるけど、焦りすぎも良くないと思うの。洞窟は逃げないんだし」

そんな私の気持ちとは裏腹に、椎名はそういう意見であった。
確かにずっと歩きっぱなしの上魔物の襲撃を受けたのだ。
そうするべきなのかもしれないとも思う。
色々不安な点もあるが私は一旦一番の功労者である椎名の意見に従う事にした。

「そうだな、すまない椎名。一番疲れているのはお前だろうに」

「ん? いいのいいの! こういう時こそ焦らず行きましょ!」

謝罪を入れると椎名は手をパタパタ振りながら笑顔でサムズアップを決める。
そんな椎名を見ていると、何だか申し訳無くて私は彼女の顔を直視出来ないでいた。

「あのー、隼人くん?」

「ん?」

「色々考えすぎ。一人で気張りすぎ。皆の問題は皆で乗り越えようよ」

椎名の拳が私の胸にとんと当たる。
心を全て見透かされたようだ。
少しの私の行動や発言だけで私の不安や焦りを全て見抜いているのだ。
本当に椎名の洞察力にはいつも感嘆させられる。

「なんだ!? 隼人、便秘なのかっ!?」

「下品っ!」

「ぐえっ!」

工藤の意味不明な発言に鋭い椎名の突っ込み。いつも通りの私達だ。
椎名は終始笑顔だ。
そんな彼女を見て私も少しだけ張り詰めた心の緊張の糸を弛める。
もしかしたら彼女は私達が悲観的にならずに済むように気を使っているのかもしれないなと思った。
椎名は皆の心の機微に敏感だから。
美奈の事で私達が気持ちから負けてしまわないように。
自分も人一倍責任を感じて辛いだろうに。
気がつくと、掌に汗がぐっしょりだった。
空を見上げると綺麗な青空が広がっている。
この世界の空はいつだって澄んで綺麗なのだ。
そんな些細な事にも気づかずにここまで歩き続けてきたのか。
私は徐にじゃれ合う椎名と工藤二人の手を握った。

「何!? 隼人くん手が汗ばんでキモいんですケド!?」

「おっ! 隼人! キモいな!」

「あんたよりマシだけどね!」

「ちょっ! 椎名さん!?」

空に暫し賑やかな声が響いた。