俺は体に何度も力を込めた。
 だがどんなに動こうとしても一向に体は言う事をきいてはくれない。
 光がどんどんと俺の体から力を奪っていく。時間が経つこどに自身の中に絶望的な気持ちが芽生えていくのだ。

「ディバイン・テリトリー!」

 そんな俺の負けてしまいそうになる気持ちを励ますかのように広場に響く声。
 椎名の声音は一際力強く聞こえた。
 それと同時に嵐のような風が吹き荒れて、物凄い風切り音と共に魔物の数が一時的にすり減っていく。
 立ち消えた魔物の合間にほんの一瞬だけ椎名の姿が見えた。
 希望とも思うはずの彼女の姿を見て、けれど俺は目を瞠った。

「なんだよ……」

 漏れ出た呟きと共に冷や汗が頬を伝う。
 心臓がバクバクして取り返しのつかないことをしているような、そんな気持ちになる。
 椎名はめちゃくちゃぼろぼろだった。
 あいつは俺が想像していたよりもずっと疲弊していて、体中色んなところから血を流しているように見えた。
 緑が基調の衣服は赤黒く染まっており、左腕に大きな怪我をしているのか、痛々しく垂れ下がった状態だった。

「うそだろ……こんな……」

 あんな体で動いたらヤバくねえか?
 ともすれば立っているのもやっとじゃないかと思えるほどだ。
 だというのに敵の数は一向に減る気配が無い。むしろ増えていってると思う。
 視界を覆い尽くす魔物の量が尋常じゃない。
 こんな状態であいつは俺を助けるつもりなのか。
 無理だ。たった一人でこの状況を切り抜けて俺を助けるなんて。
 心ん中が恐怖に埋め尽くされていく。それは自分が助からないという恐怖じゃねえ。彼女の姿を目の当たりにして真っ先に思った気持ち、それは――――。
 このままじゃ椎名を失っちまう。

「やめ……ろ」

 絞り出した声はかすれて震えていた。俺自身も疲弊が色濃くなっている。
 こんな事で、情けねえ。

「はあああっ!!」

 そんな時、魔物の壁ですっかりまた見えなくなったところから彼女の気合いを込めた声が届く。
 姿は見えなくとも吹き荒ぶ風が、今も彼女がすぐそこで懸命に戦い続けている事を教えてくれるのだ。
 それも俺なんかのために。
 荒ぶった風は、まるで最後の命の欠片を燃やし尽くしているような、そんな風に思えた。

「……だめだ……椎名」

 胸に熱い想いが込み上げて情けなくも泣いてしまいそうになる。
 体が重くて目を開けているのも億劫に感じる。
 もう、いい――。
 椎名、もう頑張るな。俺なんかのために無茶するな。逃げてくれよ。
 俺は最期にお前の姿を見れただけでもう十分だ。
 だから、もうこれ以上俺なんかのために傷つかないでくれっ!

「椎名あああああああっっっ!!!」

 俺の叫び声に魔物達の動きが一瞬鈍ったかのように思えた。
 その隙間を縫って、ほんの少しだけ椎名の姿が見えた。
 奇跡的にその合間に彼女の顔が見えて、俺たちは一瞬だけ目が合う。
 この機を逃したくはない。
 俺はもう一度だけ在らん力の限りを尽くして叫んだ。

「もういい椎名っ! ……逃げろおっ!」