私の名前を呼ぶ一日ぶりの工藤くんの声に、少しだけ安堵した気持ちになる。
 それと同時に胸が熱くなって込み上げるものがあったけれど、私はその気持ちをきゅっと唇を引き結んで押し殺した。

『シーナ。クドーが目を覚ましたけどさ、悪い知らせだよ』

「わかってる」

 というのも、彼が目を覚ました途端魔族の出現スピードが明らかに早くなったのだ。
 ここまで私は現れた魔族をすでに百体以上は葬ってきた。
 それでも魔族が出てくるスピードは予想以上に早かった。今では百数十体にも及ぶ魔族がこの広場に蔓延っているのだ。
 このままでは魔族が増え続けてどうにも出来なくなるのも時間の問題だ。
 一番問題なのは私のマインド。
 ここまで一日中マインドを消費し続けている。
 途中回復を入れたりはして、更に今はシルフの恩恵を受けているとはいえ流石に底が見えてきた。
 体も度重なる戦いやここまでの移動による酷使が響いてきて疲労も色濃い。
 生傷も増え、血が流れ、体の感覚も曖昧になってきている。
 そんな折、目の前にレッサーデーモン数体のヒートブレスならぬヒートビームが迫った。
 あまりにもタイミングがドンピシャすぎて回避が遅れてしまう。

「あつっ……!!」

 咄嗟に体を捻るも左腕に痛烈な一撃を食らってしまう。
 いくら覚醒で体が強くなっているとはいえ生身の人間ということに変わりはない。

「――くっ……うう……」

『シーナ!?』

 下手を打った……。このダメージはデカい。
 左腕に鋭い痛みが走り思うように動かせなくなる。
 これじゃあ正直使いものにならない。
 さらに今の衝撃で体が流されて、その隙を縫うようにレッサーデーモンが私に殺到してきた。

「くっ……! ストーム・バレット!!」

 捻りを加えながら数発の風の弾丸をやけっぱちのように放ち続ける。
 マインドの無駄使いと言えるかもしれないけれど、もはやどこを狙っても魔族魔族魔族。ボーナスタイムに突入して撃ち殺し放題となっているのだ。何をどうやっても外すことの方が難しい。

「はああっ……!!!」

 バスバスと弾丸を撃ち続け、一気にレッサーデーモン数十体を葬っていく。
 私はひたすらに撃ちまくった後、一度広場に着地し顔を上げた。

「――くっ……」

 私は目の前の景色に愕然となる。
 あれだけのレッサーデーモンを一気にに葬ったというのにまだまだ後から後から魔族は押し寄せ出現し、あっという間に広場を満たしてしまうのだ。
 私はほんの一瞬。瞬きほどの時間目を閉じ短い息を吐いた。

「はああああっ……!!!」

 そして目を開いた瞬間。いよいよ覚悟を決めてマインドを身体の隅々まで行き渡らせる。

『シーナ! それはいけない!』

 シルフは焦ったように声を上げるけれど構わずマインドを注ぎ込む。
 そうしなければ、きっと物量に押し流されて捻り潰されるのも時間の問題なのだ。

「ディバイン・テリトリー!」

 感知する範囲を広場全体に狭め、その分より強く、より深く、より確かに空間内の情報を感じ取っていく。
 それによりレッサーデーモンの動きを完全に読み取ってしまうのだ。
 私がこの戦いにおいて今取り得る最善手。
 正直もうこの後の事なんて考えていられない。
 工藤くんを救い出すという目的をより確実に達成するために全力を注ぐと決めた。

「――がっ……は!?」

 けれど唐突に私は猛烈な頭痛に襲われる。
 目の前が霞み、思考が強制的に停止しそうになる。
 シルフとの契約を結んだ為か、より多くの情報量が一気に頭の中に流れ込んできたのだ。
 その結果私の脳が悲鳴を上げている。左腕の痛みなんか消し飛ぶほどに。
 けれどその痛みとは裏腹に、広場の全ての空間が自分の身体の一部のように感じられる。
 これはすごい。私が通るべき道筋が、一筋の光となって軌跡を描いていると感じられるのだから。

「はあっ!!」

 私は吠えながら飛び上がる。
 痛みを堪えつつ、光の軌跡をなぞっていく。
 頭痛なんかそっちのけ。集中すれば問題ない。
 周りの動きが全てスローモーションに見えて、それでも世界はより鮮明さを増していく。

「はああああっっ!!」

 下手な技は必要無い。
 右手に装着したユニコーンナックルに力を込め、光の筋道にある魔族をただただ作業的に貫いていくだけ。
 頭の痛みなんかあってもそんな単純作業の障害になんかならない。
 それからほんの数十秒、5分にも満たない時間が流れ――――。
 最初に見えた光の軌跡を全て辿り終えた時、そこにはおよそ百体に及ぶ魔族の亡骸が生まれていた。
 その直後から光となり消えていく魔族の亡骸。そして再び見える広場の床。

「はあっ……はあっ……はあっ……! ……あぐっ!?」

 肩で息をしながら立ち止まる。
 領域を展開している以上治まることのない頭痛。
 これはもはやこの痛みに耐える自分自身との戦いと言っても過言ではない。

「……くそっ……」

 汚い言葉が思わず口から漏れる。
 ぼやきたくもなる。だってこれだけの魔族の群れを狩りとっても未だ魔族は増加の一途を辿っている。
 それに引き換え私の代償は大きかった。
 マインドはごっそり削られ残り半分以下か。予想以上の消耗。
 けれど、そんな事が些末に思えるほどに私は最悪の事態を把握してしまう。
 領域を展開したことにより、通常よりも感覚が鋭敏になった結果の産物だ。
 見えてしまったのだ。
 精神世界の景色が。
 私がいるこの場所の裏側の世界。そこにあとどのくらいのレッサーデーモンが待ち受けているか。
 普段はそこまでは見えないけれど、一時的に工藤くんを媒介として向こうとこちら側の世界一が繋がっているからなのだろう。
 で、その数がなんと一万以上。

『シーナ……』

「分かってるわよ!」

 私は絶望的な気持ちを胸に湧かせながら、言葉に苛立ちが乗ってすぐに反省する。
 シルフに当たったって仕方ないことなのに。
 千体くらいなら何とかしてみせるつもりだった。
 やってやれないことは無いという確信すらあった。そのくらい強くなったという自負があったのだ。
 だから騎士たちを避難させ、一人でも立ち向かおうと思えた。
 だけど――。

「なんなのよ……」

 悔しさで腕が震える。
 魔族はまた私に届かない壁を用意してきた。
 私の勇気や覚悟や正義感や、そんなものは全て無駄だと、徒労に終わると嘲笑うかのように。
 こうしている内にも魔族はどんどんその数を増やし続け、どういうわけか私の周りに集まるだけで、攻撃の手を休めていた。

「バフォワア……」「ガハアッ」

 私を見つめるレッサーデーモンのその表情が心なしか笑っているように見える。
 息を切らしてここに留まった私に対して、今この瞬間攻撃の手を止めて私を嘲笑っているのだ。
 それは一匹の獲物を、弱者をいたぶる獣のよう。

「くっ……」

 そんなレッサーデーモンの群れを見て、私は頭の中が急激に沸騰していく。

「何なのよあんたたち! 私はっ!! 私は絶対に絶望なんかしない! どんな困難でも、諦めてなんてやらないっ! 絶望なんかクソ食らえなのよっ!」

 気づいたら心のままに叫んでいた。
 ちっとも私らしくなくて、どうかしてるって思うけど、私は切れて心の底からの怒りを声に出してぶちまけていたのだ。
 それでもレッサーデーモンの嘲笑は消えはしない。
 何ならさっき以上に嬉しそうに見えるくらいだ。この状況を楽しんでる。本当にむかつく。
 そんな時だった。

「椎名あああああああっっっ!!!」

 工藤くんの叫び声が、レッサーデーモンの合間を縫って、遠くの方から聞こえてきたのだ。