どうしようもないくらいの気だるさに苛まれながら、俺はゆっくりと目を開けた。
 けれど目の前は光で眩しくて、景色がよく分からない。
 確か俺は犬っころと一緒にいて、それから――。
 記憶を手繰り寄せようとするけれど、未だ微睡みの中。思うように現状と過去が繋がらない。
 ここは一体何処なのだろうか。仰向けに寝転がりながら背中に冷たいアスファルトの感触がある。
 外なのだろうか。
 見上げた先には夜空が広がり、こんな時だってのにどうしようもないくらい美しいって思ってしまった。
 久しぶりに見た星々の瞬きに目を奪われてしまうんだ。こんなにも色鮮やかな星が瞬く空は久しく見ていなかったから。
 ――色のある……世界?
 そこに来てようやく気づく。
 自分がいる場所は確か牢獄の中だったはず。それに色も無ければ手足の自由も利かぬ状態のまま何日も過ごした。
 そことは今、全く違う状況の中にいる。

「ゴハアッッ!!」

「うおわっ!?」

 突如視界に映り込んだ魔物の姿に目を見開いた。
 全身毛むくじゃらで翼の生えた魔物。獰猛な爪と、鋭い牙の生えた口からよだれを垂らしながら俺に近づいてきた。
 明らかに俺を襲うつもりだろうから身を捩ろうとするも体が一向に動かない。

「クソがあっ!!」

 万事休す。そう思ったけれどその魔物の大きな手が俺の顔面目掛けて振り下ろされた時、目の前の光に阻まれてここまで届きはしなかった。
 
「ゴハアッッ!!」

 それでダメージを受けたのかそいつは後退り、どこかへ移動していった。 

「ここはっ……!? ――一体なんだってんだ!?」

 すぐに上体を起こして周りを確かめようとするが、うまくいかなかった。
 ただ、周りに視線を巡らせるとさっきの魔物はそこかしこにいるではないか。

「――この光のせいなのか……?」

 先ほど魔物から俺を守ってくれた光。
 たが同時にそれは俺自身を縛りつける檻のようでもあるのだ

「――う……く……」

 改めてそれを認識した途端、再び目を覚ました時のような強い倦怠感に見舞われた。いや、改めてそれを認識したと言った方が正しいか。
 最初からずっと倦怠感は感じていたのだ。ただあまりにも必死になってそれを一瞬忘れていただけのこと。
 更に強いめまいを覚え、力が抜けていくような感覚があった。
 ――苦しい。

「ぐ……ああっ……俺は……一体どうしちまったんだ……」

 光の輝きが増すのと同じように増していく苦しみ。
 絞り出すように声を発しながら、気を失う直前の記憶が甦ってくる。
 確か男が一人、牢獄の中へと入って来た。
 そして確か怪しい煙を嗅がされて眠らされてしまった。

「――くっ……苦しい……」

 本格的に自分の力が失われていくのを感じる。
 その苦しみを味わいながら、沸々の胸の中に湧き上がってくる感情があった。
 恐怖だ。

「俺は……このまま死ぬのかよ……」

 せっかく取り戻した意識が再び遠退いていくのを感じながら、今意識を失えば本当に終わりなんじゃねえかと思う。
 嫌だ――俺はまだ――。

「――っ」

 その時、喧騒の中で何かのを聞き取った。
 これは……誰かの……声?
 まさかと思い、けど俺はその声に一縷の望みを抱きながら何とか少しだけ首を捻り横を見た。
 俺の周りの夥しい数の魔物。それは変わらない。
 だがその中で魔物以外の何か、いや、誰かがいるのが分かる。
 その内魔物の何体かが吹き飛び砂のように霧散した。
 間違いねえ。誰かがいる。
 そう思いながら、俺はその誰かが誰なのか。一瞬で感じ取ってしまった。
 よく分からねえ。状況も、俺の身に起こっていることも。
 だだ、俺はたぶん、悪い奴に捕まっちまって、きっとそれをどうにかしようと踏ん張ってくれてる奴がいるんだよな。
 そんでもってそいつが誰なのか。俺はよく知ってる。

「工藤くん!!」

 闇夜を切り裂き、文字通り魔物をも切り裂いて、目の前には今、彼女の姿があった。

「椎名!? 椎名ぁーーーーーーーっ!!」

「相変わらずうるさいわね! 聞こえてるわよ!」

 思わず情けない声で叫んでしまう俺の声に、いつもの彼女の呆気らかんとした声が間髪入れず帰ってくる。
 たったそれだけの事で俺の心には輝かしい光が灯るんだ。
 体にあった倦怠感も嘘みてえにフッと消えた。
 本人には絶対に言えねえけどよ、正直椎名のことが女神に見える。
 本当に何年ぶりかのように感じる。
 懐かし過ぎて思わず涙が出そうになったけど、それを俺は唇を噛んでグッと堪えたのだ。