レッサーデーモンの叫声が広場に響き渡る。
 レッサーデーモンはその数を着々と増やしながら周りにいる騎士たちに集団となり襲いかかっていた。
 彼らは知能そのものは高くない。
 今もヒートブレスを騎士の一人に吹き散らし、周りの仲間を巻き込んで同士討ちしていたりするくらいなのだ。騎士や私の戦闘力を考えれば一体一体は大した問題にはならない。
 けれど最早彼らの物量がその戦闘力の差をほとんど埋めつつあった。
 騎士たち十数人は離れすぎず近づき過ぎず。お互いがお互いを支え合い助け合える絶妙の距離感でそれらを斬り裂く、というような戦法を取っている。
 それによりまだ態勢は崩れずになんとかなっているけれど、正直いってそれもいつまで持つか。
 皆が皆肩で息をし、汗を滴らせ。限界が近いのは私の目から見ても明らかだった。
 私は空から彼らの中心。台風の目のようなその空間に滑り込んだ。
 そんな挙動をしても、騎士たちは私の方を振り向くことはなかった。
 余裕が無いのだろう。ただ、私の存在には気づいているはずだ。

「騎士のみんな! 悪いけどここから離れて!」

 そう叫ぶと騎士の一人が後退してきて私の隣に並んだ。
 彼は凛々しく勝ち気な瞳でちらと私を見た。おそらくこの人が隊のリーダーだ。

「何を言うのだ! どこの馬の骨とも分からぬ輩にこの国の命運を委ねろとでも言うのか!?」

 騎士の隊長さんは不本意だと言わんばかりに目を剥いて叫び返してきた。かなり高圧的な物言い。
 その声音の鋭さに一瞬怯みそうになるけれど、それでも私に退く気はなかった。

「そうよ! あんたたちがいたらはっきり言って足手まといなの! 守りながらじゃ、全力で戦えないのよ!」

 私の技は広範囲のものもある。何も考えずに使用するとこの人たちを巻き込みかねない。
 彼らと一緒に戦うという選択肢ももちろんあるけれど、それはつまり、彼らに常に気を配って戦わなければならないということになるのだ。
 それは私にとってはアドバンテージではなく、ハンデになる。
 要するに、レッサーデーモン一体一体を狙いを定めて戦っていくことになるのだから。
 そんなちまちまと悠長に戦っていたら、次から次へと溢れ出てくるレッサーデーモンの群れを殲滅することなんてまず不可能なのだ。

「何を言うのだ! 元より助けて貰うつもりなどない! 私たちは例えこの身が朽ち果てようとも、この国を守るため己の全てを出しきるつもりだ!」

 リーダーの騎士は私の言葉なんて受け入れるつもりはないとばかりに詰め寄ってきた。
 どうでもいいけれどすごい剣幕ね……これがこの人の普通なんだろうか。
 そう思わないと怖くてまともに相手出来ないかもと思うから、私はこれが彼の平常だと割り切ることにした。
 とにかく思う。確かに私みたいな小娘にいきなりどっか行けとか言われたら、男としてプライドが傷つけられるに違いない。
 うむ。言葉のチョイスを誤ったかもしんない。
 けれどそんな事に今更気づいてももう遅い。言っちゃったものはしょうがない。
 ただ先にも述べたように私は引く気はないのだ。 
 だからここで弱気になるわけにはいかない。
 私ははうと一息に空気を肺の中に取り入れた。

「何が朽ち果ててもよ! あんたたちが死んだら後に残された人たちを一体誰が守るってのよ! 真の騎士なら生きてこの国を守り続けなさいよ!」

 自分自身、思いの外激昂していることにびっくりした。語気が自然と荒くなってしまつたのだ。
 たぶん騎士の言葉があまりにも身勝手すぎると思ったからかな。
 正直自己犠牲とか私は嫌いだ。格好つけるにもほどがある。
 そんな簡単に命を投げ出すようなことを言わないでほしい。
 だけどこの騎士の反応は私の予想とは少し違ったものだった。
 騎士の男の人は先ほどまでとは打って変わって哀しそうな表情を見せた。

「フ……そうしたいのは山々だが、私達も一般兵と町の人々を逃がすために残ったのでな。最早退路は絶たれてしまっているのだ」

 哀し気な表情に諦めたような微笑み。
 この人も出来ることなら生き抜いて、この国を守り続けたいのだということは嫌でも伝わる。
 前言撤回。初めから死にたい人なんていない。
 ただ彼にはそうなっても構わない程の国へ対する忠誠心みたいなものがあるのだ。

「…………」

 私はこの人たちの想いが痛いくらいに解りすぎてしまって。一度目を伏せて黙り込んでしまう。
 それから握りしめた拳を震わせては再びゆっくり顔を上げて、にっこりと笑顔を作った。

「しょうがないわねっ。私が何とか道を切り開いてあげるから、その隙に逃げて」

「――っ!? いや、だからっ! お前一人を置いてはいけんというのだ!」

 今度はあっちが激昂し始めたけれど、私は食い気味に彼の目の前に人差し指をおっ立てて、チッチッチッと指を振る。

「こう見えても私、ただの美少女じゃないの。シルフっていう風の精霊使いなの。だから正直言って半端なく強いのよ。対魔族っていう意味ではおそらく人類最強に近いかもよ?」

「――っ!? か、風の精霊使いだと!? ……成る程。先程からの驚異的な攻撃。そういう事だったか」

 騎士さんは目を向きつつ――この人よく目を向くよね――それでも深く納得したようだった。
 アリーシャの時といい、やっぱり精霊の力っていうのはこの世界ではかなりすごい力として通っているようだ。
 確かにすごいけどさ、ここまで説得力があられると逆にちょっと引いてしまう。
 まあ今は助かるんだけどさ。

「だから精霊の力を全力で使いたいわけ。それにこの数よ。さすがにいくつか取り逃がすに決まってる。そんな時、町の人たちを守る役割の人が必要なのよ。だからその憂いを無くしたいわけ。だからお願い。行って」

「ボクからもお願いするよ。騎士さん?」

いつの間にか私の顔の横に出現したシルフも騎士にお願いする。それを見て驚き、またまた大きく目を見開いた。
 どうやら効果は抜群だったみたいた。
 それまでは何だかんだ若干半信半疑な感は否めない気がしていたけれど、これでようやく観念したように彼は俯いた。

「む……むう……本当に大丈夫なのだな?」

「だいじょーぶよ。それに一人ならいつでも離脱できるし。あんたたちがいたらそれも出来ないのよっ」

「た、隊長っ! もう持ちませんっ!」

 囃し立てるようにレッサーデーモンとの死闘を繰り広げる騎士の一人が彼に呼び掛ける。
 呼ばれた彼をやっぱり隊長だったと改めて認識する。
 彼は俯いたまま逡巡した後、悲壮な面持ちで呟いた。

「……分かった。頼む……」

「おっけー」

 私はサムズアップで返すとにっこりと微笑み、そのまま二メートルほど宙へと浮かび上がったのだ。
 それから胸の前に両手を掲げ、ふっと目を閉じマインドを集中させたのだった。