ゴーン……、ゴーン……、ゴーン……。

 まるでお寺の鐘の音のように重厚な音が頭にズンズンと響き渡る。
 さすがにこんな間近だとうるさすぎて耳を塞ぎそうになるけれど、私たちが今いる場所は如何せん足場が悪い。
 取っ掛かりに捕まっていないとうっかり足を滑らせて落下してしまうおそれすらあるのだ。
 でもその辺は致し方ない。ここが一番広場を見渡せる場所だったし何よりこの時計塔のデザインが良かった。
 この尖塔、なんかかっこいいのだ。
 ここにすっくと立ってるだけで、何だかちょっとヒーローっぽいし。
 まあまさかアリーシャがここまで高い所が苦手たとは思わなかった。
 隣で未だ怯えたように基本目をギュッと閉じ震えているアリーシャを見て流石に申し訳なく思った。
 それでも彼女の小動物みたいに怯えた姿はとても可愛らしくて眼福だ、ってそれはちょっと性格が悪いかもしれない。

『ホントに君ってやつは……』

「何よ……」

「ん? な、何か言ったかシーナ」

「あ、ごめんごめん。こっちの話」

「??……」

 思わず声が漏れてしまった。
 アリーシャに怪訝そうな顔をされてちょっぴり反省。
 私と契約を結ぶ精霊、シルフは常に私の中にいる。脳内に響く声は私自身にしか聞こえない。
 そりゃ声を出せば近くにいる人は自分が話しかけられたか独り言でも呟いているのかと映るに決まっているのだ。
 その辺意識して気をつけておかないと危うく独り言の多い変人扱いされかねないなと改めて認識する。

「――いよいよね……」

 私の横顔を見ていたアリーシャは黙ってこくりと頷いた。
 そんな折、六度目の鐘が鳴った。
 工藤くんの処刑の時がついに訪れたのだ。
 空は既に宵闇で、星が瞬き町にはあちこちに魔力による灯りが灯っている。
 それによって思っていたよりも視界は良好ではあるものの、広場には特に変わった動きはない。
 数分前から広場の様子を伺っていたけれど、そこには数十名の兵士と騎士がいて、心なしか落ち着かないように見えていた。
 町の人々もいるにはいるけれど、興味本位で集まった数名の人だけ。
 数刻前の騒ぎがあったためか、外にいるよりも家の中にいた方が安全と考える人の方が多かったのかもしれない。
 鐘がやんでしばらく経つけれど、時間を過ぎても工藤くんはおろか、ライラやこの処刑を仕切るはずである大臣のホプキンスすらも見当たらない。
 ――――もしかして嵌められた?
 一瞬過る良からぬ発想。
 処刑の情報はブラフで実は他に狙いがあるのだろうか。
 そんな焦燥感と不安感が胸に渦巻きはじめる。
 けれどそんな逡巡はすぐに杞憂に終わったのだ。

「アリーシャ、あの壁のところ見てっ」

 突然広場を囲うように設置された石造りの壁の前の空間が歪んだのだ。
 これには見覚えがある。
 以前グリアモールという魔族と戦った時。突如空間を歪めるようにして彼め姿を現していた。
 この独特な出現方法が高位な魔族の移動手段というわけなのだろう。
 やはりと言いますか。そこから現れた件の三人。無意識にごくりと唾を飲み込み喉が鳴った。

「ホプキンスだっ」

 アリーシャが先頭の男を見て声を上げた。
 ヒストリア王国の大臣というだけあって、豪奢な装飾に彩られたローブを身に纏っている。
 丸眼鏡の奥の瞳はギラギラと溢れる野心と傲慢さを讃えているようだった。口元には薄ら笑いを浮かべて、見るからに悪党面。気持ち悪い。

「シーナ、ライラとクドーもいる」

 アリーシャの言葉にこくりと頷く私。
 ホプキンスの後ろにはライラと彼女に肩から担ぎ上げられた工藤くんの姿があったのだ。――ようやく見つけた。
 ライラに担がれている工藤くんはピクリとも動かない。気を失っているのか。――まさか死んでる、なんてことないよね?
 ――そんな事を考えて私は首を振る。バカ言ってんじゃないわよ。悲観的に考え過ぎて自滅とかバカかっての。
 私たちをおびき寄せるためのエサを殺すとかあり得ないでしょうよ。
 急に震えそうになる体を無理矢理手で抑えつけて、私は強く唇を噛んだ。
 ヒストリアの兵士たちは、いきなりの三人の登場に酷く困惑しているようだった。
 空間の歪みから現れたことは見ていなかったと思うけれど、この人たちどこから? といった感じだろうか。

「シーナ、助けよう」

 アリーシャの言葉に私は我に帰る。どうやら思考の海に沈みすぎたみたいだ。

「うん、だけどちょっと待って。もう少し様子を見たい」

 ここは一旦慎重に。相手がどう動くか確認してからでも遅くはないと思うのだ。


「……分かった」

 アリーシャは逡巡した後、私の意見に従ってくれた。
 とりあえずライラの姿を見ても冷静さを失うなんてことはなさそうだ。
 そんな事を思いながら私は広場に目を向け続けていた。
 このままではライラと工藤くんがあまりに密着し過ぎている。さすがにあの状況からライラをから彼を奪うのは至難の業だ。
 けれど処刑というくらいなのだから、どこかに工藤くんを置くはず。
 狙うならその時だ。私はゆっくりとした動作で動く二人の様子を伺っていた。
 ライラはそのままホプキンスを追い越して広場の中央へと歩いていく。その様子をホプキンスも兵士の前に立ち止まり見つめていた。相変わらずその表情は薄ら笑いを浮かべていて気味が悪い。
程なくして広場の中央へと辿り着いたライラ。そこで工藤くんを石畳へと寝かせた。
 その瞬間――。
 どくんと心臓の鼓動が脈打つように広場全体が揺らいだ。
 そこから突然命を吹き込まれたように周辺が蠢きだしたのだ。

「――な、なんなのこれっ!?」

「分からない!」

 突然の出来事に慌てふためく私とアリーシャ。
 時計塔も激しく揺れて、危うく滑り落ちそうになるのを風の補正で正した。
 その直後、眩い光が目に飛び込んできた。
 それは工藤くん自身から発せられているようで、彼の姿がたちまち見えなくなり、光が広場全体を呑み込んだのだ。