「――あった。目印だ」

針葉樹が立ち並ぶ森の中。
普段から村の人達もこの道を使って狩りなどをするようで、山道の至る所に目印となる文様が刻まれた木や岩があった。
村長は私達に目印になる木や岩の書いてある地図をくれたのだ。
それが役に立ち道程は今の所順調と言えた。
このまま行けば昼過ぎには洞窟まで辿り着けるのではないかと思われた。
だがそういった風に万事上手く行く事など世の中にはあまりないものだ。
寧ろ人が何かを成し得る時、必ずと言っていい程障害というものは訪れるのではないかと私は考えている。
そんな私の別に当たらなくてもいい予感を的中させるように、村から五キロ程進んだ所でそれは現れた。
私達が山道の分かれ道に差し掛かった時のことだ。

「ここまでは何事もなく順調だな。距離的には三分の一は過ぎたが。何とか日が高いうちに着ければいいのだが」

「そうね……何事もなければよかったんだけど」

椎名がボソッと意味深に呟いた。

「ガァー、ガァー!」

直後の事だ。
鳴き声に上を向くと、鳥のようなものがバサバサと木に止まっていく。

「来たわね」

次々と集まるその異形の者達を見据えながら椎名が不敵な表情を作った。
一つ一つの個体はそう大きくはない。
カラスか大きくても鷲ぐらいだろうか。目はグレイウルフと同様赤く光っており、一つ目であった。
体の色は緑色をしており、その全ての魔物達が木の葉のように針葉樹に止まっていく。
まるで一つの蠢く緑の塊だ。
その数ざっと数十羽から百程度か。
その全てが私たちの姿を捉え、捕食せんとギラついた瞳を輝かせている。
これだけの魔物に一瞬にして囲まれて、全く以て心中穏やかではいられなかった。
冷や汗が背中を伝うのが分かる。

「ごめん! 近づいて来るのが早くて気づくのが遅れちゃった! 数が多い!」

椎名も流石に焦った声をあげた。

「い、いきなりやばくねーか!?」

工藤も慌てながら鉄の剣を鞘から引き抜いて構えた。
それに倣い私も短剣を引き抜く。
鉄が鞘を擦れる音が緊張感を際立たせる。
握りしめた剣は初めて村で手にした時よりもずっとと重く感じられた。
魔物達は私達を見下ろすとガァーガァーと鳴き声を上げ始めた。
まるで私達を見下ろしながら、恐怖する様を見てほくそ笑んでいるようだ。
恐ろしい。足がすくむ。手に力が入らない。
今すぐここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
手にしたショートソードカタカタと音を立てて震えている。
我ながら情けない。
まだ何をされたというわけでもないのに、こんな事で生きた心地がしなくなるとは。
村を出る前の決意は一体何だったのだ。
私はとんだ、甘ちゃんだ。

「ガァーッ! ガァーッ!」

「っ……!」

恐怖で声が出そうになるのを既のところで堪えた。
そんなのは流石に惨めすぎる。
魔物達はそんな私の恐怖など露も知らぬように、鳴き声を発しながら木から飛び立ち空高く上昇しはじめた。

「来るわっ!」

椎名の叫びが林に響き渡る。
魔物の群れは等しく空で旋回し、やがて一つの生き物のように私達の方へと降り注いできた。

「皆! 木の陰に隠れて!」

「ちっ!」
「うあっ!」

椎名の恫喝に私と工藤は弾かれたように動いた。
向かってくる魔物から身を隠すようにそれぞれ木の後ろに身を隠したのだ。
その直後、バサッ、ヒュンッ、ヒュンッっと風切り音がすぐ周りで聞こえてきた。
間一髪だった。
魔物の何匹かは私達が身を隠した木の裏にカッ、カッ、と刺さっていく。
その内何匹かは風切り音を響かせて、再び上空を旋回して戻ってくる。
また来る。
そう思っただけで背中から汗が吹き出し、動悸も一気に早まった。

「はっ!」

椎名はというと、その魔物達の間をかい潜り、二、三匹叩き落としていた。
最早とても人間業とは思えない。

「二人ともっ! 木に刺さった奴らを斬り落として!」

「わ、わかった!」

私と工藤は、次の攻撃が来る前に木の裏に回って剣で魔物を斬りつけた。

「ギャアーッ!!」

気持ち悪い断末魔のような鳴き声を上げる魔物。
初太刀は肉に刃が食い込んで、骨で止まってしまった。
魔物はビクンビクンと体を震わせて、血を吹き出しながら数度痙攣を繰り返していた。
何とも嫌な感触だ。
それだけで私は胃液がせり上がって来て嘔吐しそうになる。
それでも私は口から酸っぱい胃液を少し漏らした程度で必死に踏ん張った。
吐いたりしている場合ではない。またすぐ次の攻撃が来るのだ。

「くそっ……!」

何とか剣を引き抜いて、すぐにその魔物にもう一太刀を浴びせる。
  すると今度は体は真っ二つに斬り裂かれ、魔物は魔石に姿を変えた。
工藤の方を見やると、私が一匹倒している間に三匹倒したようだ。
  やはり体を動かすことにかけては頼りになる。
  それに比べて私の何と情けないことか。
  それでも何とか木に刺さった魔物は初撃の分は倒しきる事が出来たらしい。
  手近な所に魔物の姿はなくなっていた。

「また来るわ! 今度は反対側から!」

椎名の叫びに私と工藤は再び反対側の木の陰に身を隠した。
その数秒後、再び先程と同じように周りで風切り音が通り過ぎていき、うち何匹かは木に刺さる。
  椎名は二、三匹の魔物を叩き落とし、私と工藤は木に刺さった魔物を斬りつける。
それを何度繰り返すのだろうか。
とにかく必死だった。ばくばくと心臓がすぐに悲鳴を上げ始めた。