「――なるほど。――あなた方の事は大体わかりました」

 一頻り自分達の事を話し終え、メイサ王妃からそんな言葉をもらった。
 私がこの場で話した事は自分達が予言の勇者である事。今は別行動だが、アリーシャと行動を共にしている事。連れが処刑されようとしている事。魔族がヒストリア王国を裏で牛耳っている可能性が高い事などである。
 当初二人にあった疑念や猜疑といった感情は消えたのではないだろうか。
 メイサ王妃は自身も思う所があるのか、余り驚きもせず、終始私の話に耳を傾けてくれていた。
 そもそも王妃という立場の者がこのような牢屋に入れられていたのだ。
 それなりに理由はあるのだろうが恐らくは魔族の仕業。
 私の話に多少なりとも合点が行く部分があったのではないだろうか。

「それで、メイサ王妃とアーノルド王子は何故ここに?」

 王妃は暫し俯き黙している。
 薄明かりの中でその輪郭だけが浮かび上がり、少しアリーシャに似ているなと思った。

「――私達はこの国の王、アンガスに投獄されました」

「アンガス王ですか……」

 訥々と語る王妃の顔は憂いを帯び、哀しみが滲んでいる。
 黒幕はアンガス王。アリーシャの実の父親でもある。
 アリーシャ――。
 彼女はライラの裏切りに合い、更には父親にまで裏切られたというのか。
 それを彼女が知ったらと思うと、その哀しみは計り知れなかった。

「アンガスは変わってしまいました」

「変わった?」

「はい。大臣であるホプキンスの言う事を何でも鵜呑みにし、その通りに動くようになってしまったのです。それまでは何事もご自分の意思で決定なさるお方でしたのに……」

「それはいつ頃からですか?」

「……アストリアとアリーシャを使者として国から発たせた頃からのように思います」

「――ふむ」

 ホプキンスとは、ベルクートも言っていた魔族だと思われる相手だ。
 その話からアンガス王は魔族に操られている可能性が高いと推測する。
 だとすればどうにかしてそれを解く方法さえ分かれば、アンガス王は救えるかもしれない。

「以前はホプキンスからの進言も、違うと思うような事は受け入れる事はありませんでした。誇り高く、強い意思を持つ方ですから。今回の勇者の処刑というのもホプキンスが言い出した事です。裏切ったという証拠など何一つ有りはしないのに、裏切り者と決めつけて、予言の勇者様を処刑するなど到底許される事ではありません。この事が他国に知れ渡れば、当然歪みや衝突も生まれるでしょう」

 確かに予言の勇者というものが人々の希望となっているのならば、勝手に処刑などすれば国家間の問題や争乱の種となり兼ねない。
 そうでなくとも今回の件は余りにも事実無根。証拠不十分なのだ。人道的でも無い所業だろう。少なくとも国民からの反感を買うだろう事は容易に想像出来る。
 私は先刻広場での処刑に対する町の人々の反応を思い返しながらそんな風に思う。

「ところでメイサ王妃は何故こんな所に? ――ああ。処刑に対し異を唱えたら投獄される結果となった、というような流れでしょうか?」

 質問しておきながら私は自身でその答えに辿り着く。
 今の話を聞けば、二人が投獄されたおおよその理由が予想出来てしまったのだ。

「はい、そうです。更に娘のアリーシャも共謀して裏切り者扱いされ、我慢なりませんでした。いくらこれまで国の繁栄のために尽力してきてくれたホプキンスと言えども実の娘を侮辱するなど。確かにあの子は昔から色々と私達と意見の食い違いのようなものは起こして来ましたが、そんな人の道に外れたような事をする子ではありません。特に騎士となってからはこの国の為に尽力してくれているのが分かりました。そこからは女という身でありながらも剣の道を行くあの子を見守っていこうと決めたのです。そんなアリーシャがこの国を簡単に裏切る筈がありません」

「――――」

 思いの外熱く実の娘の事を語るメイサ王妃。
 それはアリーシャから聞いた話とは少し考えが相違するものだった。
 アリーシャはきちんと親の愛情を受けている。些末に扱われてなどいない。
 そう思える発言だった。

「ぼ、僕も姉上の事は尊敬しているんだ! 姉上が裏切るなんてあるものか!」

 今まで王妃の後ろで黙っていたアーノルドも急に前に出てきて力強く答えた。

「そうですか。分かりました。では私達はこれからアンガス王を救出に向かいます。戦いになるかもしれません。お二人は危険ですから地下水路を通ってマルス神父がいる教会まで行ってくれませんか?」

「え!? お兄ちゃん達が安全な所へ連れて行ってくれるんじゃないの!?」

 アーノルド王子が不安気な表情でそう聞いてくる。
 私はアーノルド王子の目線に腰を下ろし、彼の目をじっと見た。
 王子はというと今の私の様子に気圧されたのか、再び王妃の後ろに引っ込んでしまう。

「アーノルド、今は国の一大事なのだ。私達は一刻も早くこの国を牛耳る魔族を倒し、アンガス王を救わなければならない。今は少しでも早く前に進みたいのだ。だからお前が王妃を守ってやってほしい」

「ぼ……僕が?」

 王妃の陰に隠れっぱなしのアーノルド王子は明らかに怯えた表情である。胸の中は不安で渦巻いていた。

「お前の尊敬するアリーシャも、今この国を救う為に命を懸けて戦っている。そんな姉と同じように、アーノルドも一緒に戦ってくれ」

 そう言い私はネストの村で貰った短剣を取り出し、アーノルドに渡してやった。

「何かあればこれを持って戦うのだ。お前もいずれは騎士になるのだろう?」

 アーノルドは短剣を恐る恐るながらも受け取り、しばらくその刀身を見つめていた。
 だがやがて意を決したように拳を握り締めて前を向く。

「――うん……! わ、わかったよ!」

 流石アリーシャの姉弟だ。正義感が強い。

「よし、頼んだのだ」

 まだまだ頼りないかもしれない。だがその瞳には確かな決意の炎が灯っていると確信した。胸の中も同じようにゆらゆらと赤い炎のような揺らめきが見て取れる。
 ここから教会までは今通ってきたところだが何の害も無い。概ね問題はないだろう。

「よし、では少し牢から離れるのだ」

 私は二人が数歩後ろに下がるのを確認し、腰のツーハンデッドソードを引き抜いた。

「――はっ!!」
 
 気合いを込めて放った太刀筋は見事鉄格子を一刀両断し、破壊することができた。
 その際にはかなり大きな音がして、誰か見張りが駆けつけて来やしないかと肝を冷やしたが、今は本当に城に人が居ないらしい、特にそういった事は無かった。

「それでは頼みましたよ。勇者様」

 去り行く背中を見つめながらこくりと相槌を打つ私と美奈。

「……なんだか思ったよりすごくいい人たちだったね」

「ああ、そうだな」

 美奈の言葉に私も自然と頬が弛む。
 まずはアリーシャの親族が無事だった事に嬉しさが込み上げる。

「さあ、では行くか」

「――うん」

 二人を見送った私達は改めて王のいる広間へと歩を進めるのだった。