道は意外と単純な構造であった。
 途中幾つかあった分岐は今は殆ど使用していないのか、扉や錠が掛けられた鉄格子に阻まれ進む事が出来なかったのだ。
 緩やかな追い風を受けながら私達はほぼ一本道と言ってもいい道を慎重に進んだ。
 聞く所によればこの道はアリーシャが幼少期から何度も通っていた道なのだとか。
 複雑な道なのであれば、子供のアリーシャが利用する事すら憚られていたはずだ。
 今さらながらに取り越し苦労だったと思い知らされるのである。
 薄暗い地下水路を歩き続ける事数十分。やがて目の前に登り階段が見えた。

「ここ……だよね?」

「ああ。そうだろうな」

 私は美奈の言葉に同意を示した。
 アリーシャから貰った地図通りに来て辿り着いた場所だ。ここを上がればヒストリア城へと侵入出来るのだろう。
 ここまで何事も無かっただけにほんの少し拍子抜け感は否めなかった。

「よし、行くぞ。美奈」

「――うん」

 緊張する美奈を引き連れ、一歩一歩ゆっくりと石段を登っていく。
 ここを登りきればいよいよ城の中。
 改めて気を引き締め直さねば。

「――っ」

 私は未だ緊張した面持ちの美奈の手を取った。
 彼女の緊張をほどいてやりたいという気持ちもあったが、自分自身もここに来て再び心臓が脈打つのを感じていた。
 頬に冷や汗が伝い、また先程の城下町での出来事が思い出されてくる。
 私はこの先、嫌でも人を斬らなければならなくなる自体が発生してまうかもしれないのだ。
 そう考えてしまうと何とも言えない苦い気持ちになった。
 出来るだけ命に別状が無いようにはするつもりだが、先程の騎士達の動きを鑑みるに正直そんな生温い芸当が出来る相手とは思えない。
 全力で行かねば命を絶たれるのはこちらの方である。
 万が一負けて捕らえられたとしてもそれは同じ。魔族が国を牛耳っている以上敗北は即死に繋がるのだ。

「隼人くん?」

 不意に私の手がきゅっと握りしめられる。振り向けばそこには心配そうな美奈の顔があった。

「大丈夫。私たち、力を合わせてここを乗り切ろう?」

「――ハヤト。大丈夫なのじゃ。ウチもおる」

 彼女を安心させるつもりがこちらが助けられてしまった。そこにバルも便乗して声をかけてくれる。
 我ながらこれは流石に情けない。こんな事では駄目だ。
 私は一度目を閉じふうと長い息を吐き、そして目を開く。そこには未だ心配そうな美奈の顔。私は薄く微笑み彼女と、そしてバルの頭に手をやる。

「済まない、美奈、バル。もう大丈夫だ」

 ここまで来たらいい加減覚悟を決めろ。
 私は決意を新たに拳に力を込めた。
 そのまま振り返り、いよいよ目の前に立ち塞がる木製の扉を見つめた。
 扉の前に立ち、念のために耳を当てて向こう側の気配を確認してみる。
 扉の向こう側は鎮まりかえっているようで何も物音はしなかった。振り返り、私を見つめる美奈とバルを順番に見つめ、頷く。

「では行くか……」

「うん」「うむ」

 私はアリーシャから受け取っていた王家の鍵を懐から取り出し、鍵をゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
 鍵を回すとカチャリと小気味良い音がして、すんなりと扉は奥へと開いていった。
 中はここまでと同じように暗く、光が射し込むことはなかった。
 美奈が隣に立ち、魔法の灯りが照らす。
 通路を見渡すと鉄格子に塞がれた小部屋が幾つも並んでいた。

「牢屋……?」

 美奈の呟きに私も同じ所感を抱く。
 だが長い間使用してはいないのか、どの部屋も人が入っていた形跡は無く、じめじめとしている。
 少なくとも数ヶ月は誰も捕らえられたりしていないのではないだろうか。
 そもそもここはアリーシャが気軽に抜け道として使っていたらしいのだ。使用頻度自体昔から少なかったのだろう。というかもう使っていない?
 私は地下水路の地図を懐にしまい、同じ場所から今度は別の地図を取り出し広げる。今度はヒストリア城の見取り図だ。
 こちらはアリーシャの手書きだ。かなり大雑把でお世辞にも上手いとは言えない。
 貧弱な線がみみずのように這い回り、それでも目的の王のいる広間へはほぼ一直線なようであったので、迷う心配は無さそう、というか申し訳ないがこの地図は必要なさそうだ。

「――ふっ……」

「隼人くん?」

「あ、いや、何でも無いのだ。少し可笑しくてな」

「???」

 本当にこの国のお姫様は可愛らしい。
 そんな事を密かに思いつつ、私はその見取り図を再び懐にしまい込んだ。

「美奈、バル。行くぞ」

 進むこと一分程度。すぐに牢獄の入り口近くまで来た。
 そこで私はピタリと歩を止める。美奈も察したようで私の肩に手を添えてきた。

「隼人くん。――誰か、いる?」

 急に耳元で囁かれたので耳がくすぐったい。というかきゅんきゅんするのでこんな時にやめてくれ、とは思ったが流石にここでそんな事はおくびにも出さない。
 どうやら入り口側の牢屋の中。
 静まりかえったその空間に人の気配を感じるのだ。間違いなくそこに誰かいる。
 別に牢に囚われている者に見つかった所で出来る事は無いに等しい。
 別段気に留める必要は無いのだが、念のため牢屋からは距離を取り、慎重に中を伺う。
 向こうはまだ私達の侵入には気付いていない。
 見れば囚われていたのは二人。女性と子供だった。
 どういった身分の者かは分からないが、少なくとも貧困な出自の者では無さそうだ。
 そこで私はピンと来た。
 身に付けている衣服が明らかに王族のそれ。私は思いきって二人に声を掛けてみることにした。

「もしかして、アリーシャの親族か?」

「……? 何者ですか?」

 女性の方が声を上げた。
 その声音は毅然とした響きを持ち、それでも彼女の心の色は不安と少しの怯えを含んでいた。それをおくびにも出さないのは見事だ。
 男の子の方は明らかにビクついて、女性の体をぎゅっと抱き締めている。胸の中は不安と恐怖でいっぱい――といったところか。まあまだ子供だ。仕方ないだろう。

「アリーシャの仲間だ。二人に危害を加えるつもりは無い。少し話を聞きたい」

「アリーシャの――」

 私の言葉に逡巡しているようだ。

「一応確認しておくのだが――あなた方はヒストリア王国の王妃とそのご子息ではないか?」

 そこで後ろにいる美奈が「あっ」と声を漏らす。ちょっと察しは悪いがそれはそれで可愛いのでオーケーだ。

「……いかにも、私達はヒストリア王国の王妃メイサと息子のアーノルドです」