ヒストリア王国の地下水路。
私達がいた教会の地下に城へと続く広大な水路が広がっていた。
周りが海や川に囲まれている反面、町の中に水路が無かったので違和感は感じてはいたのだが、ヒストリアの地下に流れていたのだ。
アリーシャやマルス神父の話ではこの地下水路は城だけでなく、海や他の抜け道にも繋がっているらしい。
所謂ここは緊急用の逃走経路といった役割も担っているのだ。
羊皮紙に記された簡易地図を頼りに私と美奈は薄暗い石畳の通路をひた進む。
本来ならば真っ暗な通路なのだろうが、美奈の魔力灯で視界は充分に確保出来ていた。万が一魔物や魔族が出て来ても戦いには困らない程に――。
アリーシャは地下水路は一部の者しか知らず、外からの侵入は王家の鍵が無いと容易ではないと言っていた。
なのでここでの戦いはそこまで心配してはいなかったが、今や国の主要人物ですら安心出来ない状況。何が起こるかは分からない。
ましてや感知能力を持つ椎名も工藤もいない状況なのだ。
油断して不意打ちなど食らってしまってはひとたまりもない。
そんな事を考えながら私は美奈を伴い必要以上に慎重な歩みを進めていた。
外ではそろそろ工藤の公開処刑が始まる頃だ。椎名とアリーシャはうまくやっているだろうか。
信頼している仲間とはいえ、たった二人で行かせてしまう事に不安は募るばかりだった。
「美奈、寒くはないか?」
私は横を歩く美奈に声を掛ける。
せめて身近にいる彼女だけは自分がしっかりと守らなければという気持ちと、今の陰鬱とした気持ちを紛らわせたかったのかもしれない。
周りが水に囲まれた薄暗い道。時折奥から髪が揺れる程の風が吹き抜けて来たりもする。
お互い緊張感を持って歩いているとはいえ、肌寒くはあるだろうとは思うのだ。
「――うん、大丈夫だよ?」
そうは言うものの、微かに美奈の肩が震えているような気がした。
恐れや緊張感から来るものかもしれないが、私は羽織ったマントをそっと後ろから美奈に掛けてやった。
「……ありがとう」
そう言い微笑む美奈の表情に、逆にこちらが温かな気持ちになる。
「いや、女性の方が寒がりだというからな。美奈もどちらかと言えばそうだろう?」
「うん、あったかいよ。あと……隼人くんの匂いがするよ?」
「ま……まあ数時間とはいえほぼずっと装着していたからな」
美奈は私のマントに顔を埋め、また嬉しそうに笑う。
そんな仕草がこんな時にも関わらず、堪らなく可愛くて胸が高鳴ってしまうのだ。
しかし中々に少し照れ臭い。こういう感じは久しぶりだ。
それに今この場所はそれなりの暗がり。互いの顔が灯りに揺らめいて彼女の優しい表情が普段以上に魅力的に見える。
そんな折、ふと目が合って見つめ合う形となる。
この状況で何も思わない男などいない。
いや寧ろもうこの状況で少しくらい何かしないと失礼なのではないだろうか。
時間が無いのは承知している。
だが彼女の頬にちゅっとやるくらい、そのくらいは許されてもいいのではないか。
「隼人くん……」
「――っ!」
そんな私の心の葛藤を察したように、美奈が憂いを帯びた眼差しでこちらを見つめ名前を呼んできた。
彼女の頬が朱に染まり蒸気しているように見えるのは気のせいではないはずだ。
『――行くかっ』
私はごくりと喉を鳴らし、その真っ白な頬に焦点を定め、ゆっくりとその白雪の如く柔肌へと自身の顔を近づけていく。
すると美奈もそれを察したのか、首の角度をやや斜め上方へと傾けそっと目を閉じた。
ドキリと心臓が脈打つ。だが私の心はそんな彼女の挙動に一層ざわめき波打つ。
『これはもう口だな。マウストゥマウスでいってしまおう』
自身の目標を彼女のほっぺから口へと方向転換。
そのままの速度を保ち自身の唇の行く末を頬から彼女の唇へと変える。
久しぶりに交わろうとする二つの唇。
それを待ち望んでいるように美奈の唇はいつもよりぷっくりと丸みを帯び、艶やかな憂いを含んでいると感じられた。
やがて二人の顔は僅か数センチまで近づいていき――。
「おいハヤト、ミナよ。完全にウチを忘れておらんか?」
「「~~~~っっ?!!!!!?」」
そうだったのだ。
私達は今、椎名とアリーシャの二人と別れ、美奈とバルの三人でヒストリア城を目指しているのだ。
バルは二人の間に入り一度引き剥がし、そのまま私の目の前に立った。下から私の顔を覗き込み、じと目を向けてくる。
「ふう……。全く、油断も隙もないやつじゃ。警戒して進もうとお主が言うから、ウチも観念しておんぶを諦めたというのに。どうもハヤトはそのおなごの事になると周りが見えんようになるようじゃな。すぐに二人の世界を展開しおって……ってハヤト! 先に行くとはなんじゃ!? ウチの扱いが雑すぎるのじゃっ! 待ていっ! おんぶじゃっ! おんぶじゃーっ!!」
恥ずかしすぎるっ……。
私は凄まじく押し寄せる羞恥の波に堪えきれず、バルを置いてけぼりにしつつ先へと歩いていった。
確かにバルの言うように私は美奈の事になると周りが見えなくなるかもしれない。
そんな反省をしつつ、左手にはしっかりと彼女の柔らかな手を引いているのだった。
まあ直ぐにまたバルに引き剥がされおんぶする羽目になったが。
私達がいた教会の地下に城へと続く広大な水路が広がっていた。
周りが海や川に囲まれている反面、町の中に水路が無かったので違和感は感じてはいたのだが、ヒストリアの地下に流れていたのだ。
アリーシャやマルス神父の話ではこの地下水路は城だけでなく、海や他の抜け道にも繋がっているらしい。
所謂ここは緊急用の逃走経路といった役割も担っているのだ。
羊皮紙に記された簡易地図を頼りに私と美奈は薄暗い石畳の通路をひた進む。
本来ならば真っ暗な通路なのだろうが、美奈の魔力灯で視界は充分に確保出来ていた。万が一魔物や魔族が出て来ても戦いには困らない程に――。
アリーシャは地下水路は一部の者しか知らず、外からの侵入は王家の鍵が無いと容易ではないと言っていた。
なのでここでの戦いはそこまで心配してはいなかったが、今や国の主要人物ですら安心出来ない状況。何が起こるかは分からない。
ましてや感知能力を持つ椎名も工藤もいない状況なのだ。
油断して不意打ちなど食らってしまってはひとたまりもない。
そんな事を考えながら私は美奈を伴い必要以上に慎重な歩みを進めていた。
外ではそろそろ工藤の公開処刑が始まる頃だ。椎名とアリーシャはうまくやっているだろうか。
信頼している仲間とはいえ、たった二人で行かせてしまう事に不安は募るばかりだった。
「美奈、寒くはないか?」
私は横を歩く美奈に声を掛ける。
せめて身近にいる彼女だけは自分がしっかりと守らなければという気持ちと、今の陰鬱とした気持ちを紛らわせたかったのかもしれない。
周りが水に囲まれた薄暗い道。時折奥から髪が揺れる程の風が吹き抜けて来たりもする。
お互い緊張感を持って歩いているとはいえ、肌寒くはあるだろうとは思うのだ。
「――うん、大丈夫だよ?」
そうは言うものの、微かに美奈の肩が震えているような気がした。
恐れや緊張感から来るものかもしれないが、私は羽織ったマントをそっと後ろから美奈に掛けてやった。
「……ありがとう」
そう言い微笑む美奈の表情に、逆にこちらが温かな気持ちになる。
「いや、女性の方が寒がりだというからな。美奈もどちらかと言えばそうだろう?」
「うん、あったかいよ。あと……隼人くんの匂いがするよ?」
「ま……まあ数時間とはいえほぼずっと装着していたからな」
美奈は私のマントに顔を埋め、また嬉しそうに笑う。
そんな仕草がこんな時にも関わらず、堪らなく可愛くて胸が高鳴ってしまうのだ。
しかし中々に少し照れ臭い。こういう感じは久しぶりだ。
それに今この場所はそれなりの暗がり。互いの顔が灯りに揺らめいて彼女の優しい表情が普段以上に魅力的に見える。
そんな折、ふと目が合って見つめ合う形となる。
この状況で何も思わない男などいない。
いや寧ろもうこの状況で少しくらい何かしないと失礼なのではないだろうか。
時間が無いのは承知している。
だが彼女の頬にちゅっとやるくらい、そのくらいは許されてもいいのではないか。
「隼人くん……」
「――っ!」
そんな私の心の葛藤を察したように、美奈が憂いを帯びた眼差しでこちらを見つめ名前を呼んできた。
彼女の頬が朱に染まり蒸気しているように見えるのは気のせいではないはずだ。
『――行くかっ』
私はごくりと喉を鳴らし、その真っ白な頬に焦点を定め、ゆっくりとその白雪の如く柔肌へと自身の顔を近づけていく。
すると美奈もそれを察したのか、首の角度をやや斜め上方へと傾けそっと目を閉じた。
ドキリと心臓が脈打つ。だが私の心はそんな彼女の挙動に一層ざわめき波打つ。
『これはもう口だな。マウストゥマウスでいってしまおう』
自身の目標を彼女のほっぺから口へと方向転換。
そのままの速度を保ち自身の唇の行く末を頬から彼女の唇へと変える。
久しぶりに交わろうとする二つの唇。
それを待ち望んでいるように美奈の唇はいつもよりぷっくりと丸みを帯び、艶やかな憂いを含んでいると感じられた。
やがて二人の顔は僅か数センチまで近づいていき――。
「おいハヤト、ミナよ。完全にウチを忘れておらんか?」
「「~~~~っっ?!!!!!?」」
そうだったのだ。
私達は今、椎名とアリーシャの二人と別れ、美奈とバルの三人でヒストリア城を目指しているのだ。
バルは二人の間に入り一度引き剥がし、そのまま私の目の前に立った。下から私の顔を覗き込み、じと目を向けてくる。
「ふう……。全く、油断も隙もないやつじゃ。警戒して進もうとお主が言うから、ウチも観念しておんぶを諦めたというのに。どうもハヤトはそのおなごの事になると周りが見えんようになるようじゃな。すぐに二人の世界を展開しおって……ってハヤト! 先に行くとはなんじゃ!? ウチの扱いが雑すぎるのじゃっ! 待ていっ! おんぶじゃっ! おんぶじゃーっ!!」
恥ずかしすぎるっ……。
私は凄まじく押し寄せる羞恥の波に堪えきれず、バルを置いてけぼりにしつつ先へと歩いていった。
確かにバルの言うように私は美奈の事になると周りが見えなくなるかもしれない。
そんな反省をしつつ、左手にはしっかりと彼女の柔らかな手を引いているのだった。
まあ直ぐにまたバルに引き剥がされおんぶする羽目になったが。