「それじゃあな、アリーシャ。後は頼むわ」
ベルクートはそれだけの言葉を残し、教会から立ち去ろうとする。
それを何となく皆して追いかけた。
外に出ると、先程とは大分空模様も変化し、薄暗くなっていた。
ちらほらと星が瞬きはじめている。
「ベルクート!」
「ん? まだ何かあんのか?」
去っていこうとするベルクートを呼び止めたアリーシャ。
彼の元へと走り寄る彼女はベルクートとは対照的に緊張の面持ちだ。
「ベルクート。ライラの事、もしかして知っていたのか?」
それは私も気になっていた。
アリーシャはライラが魔族だという事を話の中でさらっと伝えていた。
だがそれに対しベルクートは別段気に留める様子はなかったのだ。本来ならば驚愕の事実だというのに。
「ん? ああ。まあ……何となく――な」
「どうしてだ!? 魔族と知りながら副団長に任命したというのか!? それにっ――私の師にもっ」
「――そうなんのかな」
「――っ!?」
平然と答えるベルクートの様子にアリーシャは信じられないという風に目を見開き言葉を失った。
アリーシャの気持ちは痛く分かる。ともすればベルクートは反逆者の片棒わ担いだと言われても仕方ない所業をしでかしたのではないか。そんな風にすら思うのだ。
ベルクートは改めてアリーシャに向き直り、ぽりぽりと頭を掻いた。この仕草はどうやらこの人の癖なのかもしれない。
「アリーシャ。お前はライラに師事し、この数年剣術を学んだはずだ。それで、どうだった?」
「どう……とは?」
「アリーシャから見てライラは騎士じゃあなかったか? あいつの剣はお前にとって曇りのあるものだったか?」
「っ! そ、それは……」
再びアリーシャは口籠る。彼女の唇が微かに震えていた。
「俺は剣に魅入られ、剣の道に生きる男だ。それはライラも変わらねえさ。そしてあいつの剣は誰よりも優れていた。真っ直ぐだった。そこに魔族だとか人間だとか、そんな問題はねずみの毛程の価値もないと思わねえか?」
「――しかしっ!」
「ああ。だからといって罪もねえ人を手に掛けていい理由にはならねえさ。それは俺の責任だ。そこに対しては今回の件が収まれば進言してきっちり罪を償うつもりだ。だが今あいつが何を想い、何を求めてここまで生きてきたのか。その答えを示し、あいつを導くのはアリーシャ。お前にしか出来ないと思ってる。だから俺はここに来た。アリーシャ、ライラを頼む」
ライラは本来ピスタの街に一人でやって来たわけではない。魔族討伐の名目で数人の騎士達と赴いたと聞いた。
しかし椎名やアリーシャの話では出会った時は一人だったという。
そうなれば必然的に他の騎士達をライラは手に掛けたのだろうと予想できる。
要するにライラは罪もない人々を、自身の隊の人間を手に掛けた罪人ということになるのだ。
この所業は流石に見過ごすことはできない。
一瞬困惑するような表情を見せたアリーシャだったが、少し思案した後、やがてその表情は一点の曇りも無くなったように思えた。
「――分かった。騎士の誇りに懸けて、必ずライラを止めてみせる」
決意を秘めた眼差しをベルクートへと向けるアリーシャ。
どんな困難にも屈せず立ち向かってみせるといった風な彼女の姿勢は、それだけで充分人を惹き付ける魅力があり、また素直に美しいと思う。
そんなアリーシャを見て、ベルクートは満足気に頷き笑った。
「よし、流石俺の見込んだ女だ」
ポンとアリーシャの肩を叩くとベルクートは今度こそ本当にその場を走り去っていった。
町灯りと星明かりに照らされて遠ざかっていくベルクートの背中が無性に大きく感じられた。その背中をアリーシャは黙って見つめている。
「なんだか変なおじさんだったわね……」
腕を組みつつそう呟く椎名の表情は言葉とは裏腹に神妙な面持ちであった。
ふと視線を上へと向けると、空には満天の星が満ちて言葉を失う程に美しい。
本来ならばその美しさに感嘆の声を漏らしたかもしれない。
だが今の私は、これから待ち受けるであろう戦いに想いを馳せ、心臓が苦しいほどにドクンドクンと脈打つのだ。
ベルクートはそれだけの言葉を残し、教会から立ち去ろうとする。
それを何となく皆して追いかけた。
外に出ると、先程とは大分空模様も変化し、薄暗くなっていた。
ちらほらと星が瞬きはじめている。
「ベルクート!」
「ん? まだ何かあんのか?」
去っていこうとするベルクートを呼び止めたアリーシャ。
彼の元へと走り寄る彼女はベルクートとは対照的に緊張の面持ちだ。
「ベルクート。ライラの事、もしかして知っていたのか?」
それは私も気になっていた。
アリーシャはライラが魔族だという事を話の中でさらっと伝えていた。
だがそれに対しベルクートは別段気に留める様子はなかったのだ。本来ならば驚愕の事実だというのに。
「ん? ああ。まあ……何となく――な」
「どうしてだ!? 魔族と知りながら副団長に任命したというのか!? それにっ――私の師にもっ」
「――そうなんのかな」
「――っ!?」
平然と答えるベルクートの様子にアリーシャは信じられないという風に目を見開き言葉を失った。
アリーシャの気持ちは痛く分かる。ともすればベルクートは反逆者の片棒わ担いだと言われても仕方ない所業をしでかしたのではないか。そんな風にすら思うのだ。
ベルクートは改めてアリーシャに向き直り、ぽりぽりと頭を掻いた。この仕草はどうやらこの人の癖なのかもしれない。
「アリーシャ。お前はライラに師事し、この数年剣術を学んだはずだ。それで、どうだった?」
「どう……とは?」
「アリーシャから見てライラは騎士じゃあなかったか? あいつの剣はお前にとって曇りのあるものだったか?」
「っ! そ、それは……」
再びアリーシャは口籠る。彼女の唇が微かに震えていた。
「俺は剣に魅入られ、剣の道に生きる男だ。それはライラも変わらねえさ。そしてあいつの剣は誰よりも優れていた。真っ直ぐだった。そこに魔族だとか人間だとか、そんな問題はねずみの毛程の価値もないと思わねえか?」
「――しかしっ!」
「ああ。だからといって罪もねえ人を手に掛けていい理由にはならねえさ。それは俺の責任だ。そこに対しては今回の件が収まれば進言してきっちり罪を償うつもりだ。だが今あいつが何を想い、何を求めてここまで生きてきたのか。その答えを示し、あいつを導くのはアリーシャ。お前にしか出来ないと思ってる。だから俺はここに来た。アリーシャ、ライラを頼む」
ライラは本来ピスタの街に一人でやって来たわけではない。魔族討伐の名目で数人の騎士達と赴いたと聞いた。
しかし椎名やアリーシャの話では出会った時は一人だったという。
そうなれば必然的に他の騎士達をライラは手に掛けたのだろうと予想できる。
要するにライラは罪もない人々を、自身の隊の人間を手に掛けた罪人ということになるのだ。
この所業は流石に見過ごすことはできない。
一瞬困惑するような表情を見せたアリーシャだったが、少し思案した後、やがてその表情は一点の曇りも無くなったように思えた。
「――分かった。騎士の誇りに懸けて、必ずライラを止めてみせる」
決意を秘めた眼差しをベルクートへと向けるアリーシャ。
どんな困難にも屈せず立ち向かってみせるといった風な彼女の姿勢は、それだけで充分人を惹き付ける魅力があり、また素直に美しいと思う。
そんなアリーシャを見て、ベルクートは満足気に頷き笑った。
「よし、流石俺の見込んだ女だ」
ポンとアリーシャの肩を叩くとベルクートは今度こそ本当にその場を走り去っていった。
町灯りと星明かりに照らされて遠ざかっていくベルクートの背中が無性に大きく感じられた。その背中をアリーシャは黙って見つめている。
「なんだか変なおじさんだったわね……」
腕を組みつつそう呟く椎名の表情は言葉とは裏腹に神妙な面持ちであった。
ふと視線を上へと向けると、空には満天の星が満ちて言葉を失う程に美しい。
本来ならばその美しさに感嘆の声を漏らしたかもしれない。
だが今の私は、これから待ち受けるであろう戦いに想いを馳せ、心臓が苦しいほどにドクンドクンと脈打つのだ。