「……フィリア……無事でいてくれ」

 そう呟くアリーシャの挙動は侍女に対するそれというよりは、幼馴染みに対し強く心配しているようだった。
 実際そうなのだろう。アリーシャはフィリアにはすごく心を開いているようだったから。

「私の予想でしかないが、王は魔族に操られているのではないだろうか。そして、王の発言に異を唱えた王妃を鉄格子の中に拘束しているのだとしたらどうだ。フィリアは工藤と同じように裏切り者として」

 流石に王が魔族というのは考え難い。だが話を聞くと王の判断にも今一得心がいかないのだ。
 大臣のホプキンスの意見を聞きすぎている気がするのだ。
 信頼が強いと言うこと見方もできるが、普通に考えて騎士を城に一切入れないだとか、王妃を牢に閉じ込めるとか。そういった行動を取る王が今正常であるとはとてもではないが思えない。
 王が魔族に操られてしまっていると考えるのが一番しっくり来るのではないか。

「とにかく助けに行くとしたら今しかないわよね」

「ああ。どのみち工藤の処刑は止めなければならない。どうせならその混乱に乗じて手薄な城に忍び込み、一気に決着を着けるというのが一番良さそうに思えるのだ」

「そうね。要するに魔族に捕らえられた工藤くんを助けて、アリーシャの家族とフィリアを助けてライラとホプキンスをやっつける、ってことよね?」

「――ああ、そうだ」

 椎名がつらつらとやるべき事を重ねるが、改めて聞くと途方もない気持ちになった。
 といってもやらないという選択肢は無い。
 覚悟を決めるしかないのだ。

「ベルクート。ライラとホプキンスがどこにいるか分からないか?」

「ん? ああ……。恐らく二人共西の広場に来るんじゃねえか? ライラはそこの警護を任されてるはずだし、ホプキンスは処刑を執り行う際に出てくるはずだ」

 ベルクートの言葉を受けて、椎名がポンと手を打つ。

「そっか。隼人くん、じゃあ二手に別れましょう。私とアリーシャが西の広場に行くから、隼人くんと美奈は城に忍び込んで皆を助けるの」

「待て待て椎名。流石にそれは危険過ぎるだろう」

 椎名の言葉を手で制し、その流れで私は思わず眉間に手をやる。

「何よ……」

 本当にこいつは一体何を言い出すのだ。
 現在判明している三級魔族と思われるライラとホプキンスの両方がそこにいるのだ。しかもライラの直下の騎士も魔族の可能性がある。
 そうでなくとも裏切り者として大勢を相手取る事になるに違いない。
 その役目を一身に担うと椎名は言っているのだ。
 いくら椎名が精霊の力を使いこなせるといっても容易には許可出来ない提案だ。

「隼人くんが言いたいことも分かるけど。でもさ、実際これがベストじゃない?」

「いや、しかしだな――」

「城が手薄だからって安全とは限らないじゃない。もしかしたら私たちの知らない他の三級魔族が潜んでいるかもしれないし。それを王妃やフィリアを守りながら戦うことになれば、そっちだって決して楽とは言えない」

「――だが……」

 改めて現状について考えてみる。
 確かに城の中が明らかに手薄過ぎる。罠だと思うのが普通だろう。
 だが救うべき人が囚われている以上行かない訳にはいかないのも事実。
 結局のところどちらのルートを選んでも決して容易ではないのだ。
 勿論全員で一ヶ所ずつ攻略するという手が一番盤石だが、少人数での長期戦になれば結果は目に見えている。

「隼人くん、適材適所よ。多分西の広場はかなりの数の敵を同時に相手取る事になるわ。1対多は私が得意とするところ。対して城の方は手薄よ。いても数人。ならきっと強敵が待ってる。というかそこに魔族側の頭がいるんじゃないかしら? それならバルちゃんの力が適任でしょ? 美奈の魔法の援護もあれば心強いし、万が一怪我しても治せる。2人はラブラブだし」

「いや、だが――」

「2人はラブラブだし」

「いや、そこはあまり関係なくないか?」

「あるわよ。ていうかもうっ。私は何言われてもそうするつもりなのっ」

 椎名はいつになく強情な雰囲気だった。
 とは言え他にいい案があるわけでも無く。これでは強情なのは私の方なのかもしれない。

「……ちょっとは察しなさいよね……バカ。私があいつを助けたいのよ」

「ん? 今なんて言ったんだ?」

 思考しているのと椎名がぼそぼそ言った言葉というのも相まって、最後の言葉を聞き逃してしまう。

「っ!? な、なんでもないわよっ! で!? どうするの!?」

 椎名はほんのり頬を赤らめながら慌てたように手を振った。
 まあいい。
 私はふうとため息を吐いた。とにかくこうなっては何を言っても無駄なのだろう。
 その時後ろからポンと肩を叩かれた。振り向いたら近くに美奈の笑顔があった。

「隼人くん、ここはめぐみちゃんに任せよう? 工藤君のことはめぐみちゃんに任せるのが1番だよ?」

「??」

「――美奈、ちょっとうるさいかも」

「ふふ……めぐみちゃん、でも無理しないでね?」

「……分かってるわよ」

 二人の間で話はまとまってしまったようだ。
 本当にこれでいいのか正直もやもやした気持ちが消えないが、それでも結局のところ椎名の意見は概ね正しいとも思っている。
 最後に私はアリーシャの方を見た。
 すると彼女もこくりと頷いた。

「私はライラと決着を着けたい。西の広場に現れるというのならその方が好都合だ」

「――うむ、分かった。なら椎名の言うとおりにしよう」

「話はまとまったようだな」

 そこで今まで後ろで控えていたベルクートが私の横に立つ。顔を上げると目が合った。
 彼はしばし私の顔を見るとニヤリと豪快な笑顔を見せた。

「それじゃあ頼んだぜ。えっと……」

「私は隼人。こっちの二人は椎名と美奈だ」

 今更ながらベルクートに軽く自己紹介。ベルクートはまたまた豪快にガハハッ、と笑う。

「そうか。じゃあハヤトとシーナ、それとミナ。手前勝手なのは分かってる。だけどよ、アリーシャを、この国を頼む」

 ベルクートはそう言い、今までの横柄な態度とは裏腹にきちんと私達に腰を折った。
 急にそんなだから皆恐縮してしまう。

「別に今さらそんな固っ苦しいのはいいわよおじさん。私たちも私たちの都合で動いてるんだから。ウィンウィンってやつよ」

「おじさ……うぃんうぃん……?」

 椎名の物言いに面食らった顔のベルクート。流石の団長さんも驚き目をぱちくりとさせていた。

「ガハハッ! よく分かんねえがお前さんたちがいい奴なんだって事はようく分かったぜっ」

「いたっ……馬鹿力……」

 ベルクートはまた楽しそうに笑い、椎名の肩をバンッ、と叩いた。
 椎名はかなり痛そうに肩をさすっていたが、とにかくベルクートとの関係性が良好に終われて良かったと安堵する。
 ふと教会の壁の時計を確認すると、五時半を少し回った所だった。
 私はそれを確認しただけで、胸がきゅうと締めつけられそうな感覚を味わっていた。