皆に注目されると、椎名は得意げに腕を組みつつふんと鼻を鳴らした。
 先程まで寝ていた長椅子から起き上がり、椅子の背にちょこんと座る姿がなんだか可愛いかった。

「あのね、ちょうど今、風の能力でヒストリア城内を調べてみたのよね」

「おお、そうだったのか。――で? どんな感じなのだ?」 

「うん、どうやら相当手薄みたいなのよね。少なくとも武装した人はかなり少ない。団長さんの言うとおり、ほとんどの兵士は城の外に出払ってるみたいなの。ということは、城に忍び込む絶好のチャンスとも言えるわよね」

「ハハッ。嬢ちゃんはそんな事まで分かるのか」

 ベルクートの言葉に椎名は機嫌良さそうにふんと鼻を鳴らしつつ頷いた。
 恐らく兵士とそうでない者を剣や鎧に身を包んでいるかどうかで見分けているのだろう。
 いくら感知が出来るとはいっても詳細な部分までは難しいような事を言っていた。
 明らかに大きななりをしていたり、長細い棒状のような者を持っている者を兵士と断定しているのかと予想した。

「ふふん。それだけじゃないわよ? あとたぶん工藤くんが処刑されるからだと思うんだけど、西の広場に人が集まってるわ。そこにも武装した人がいる」

 更に機嫌を良くしながらつらつらとヒストリアの状況を言い連ねていく。
 しばらく私は彼女の話に耳を傾けていた。

「あとそれとは別に東の広場にもたくさんの兵士が集まってるわ。これってかなりの数なんだけど、団長さん心当たりある?」

「ああ、それか。この後この国に向かってきてる魔物の群れの討伐を任されててな。そのせいだろ」

「――っ」

 ベルクートの言った言葉に私はドキリとした。
 その魔物の群れは私達が戦いの後逃げて残してきてしまった者達に他ならないだろうから。一瞬にして罪悪感が胸に広がっていく。

「――じゃあ私たちのせいだね」

「ん? どういうこった?」

 椎名も私と同意見だったらしく、そんな呟きを漏らした。
 訳が分からずベルクートは不思議そうな顔で疑問を呈する。

「ここに来る前にヒストリアの東の平原で魔族とやり合ったのよ。その時大量の魔物をおびき寄せられて、さすがに無理だって思って逃げてきちゃったのよね。――だから」

「ああ、そういうことかよ。フッ、馬鹿がっ。そんなのいちいち気にしてんじゃねえよ」

 ベルクートは椎名の言葉を遮り笑い飛ばした。

「――でもさっ」

「お前みたいな嬢ちゃんが大量の魔物を目の前にして逃げて何が悪いってんだよ」

「――っ……」

「それよかまずは自分の命を優先しろよ。あれは俺達騎士が引き受ける。嬢ちゃんは何も間違っちゃいねえよ」

「――うん、ありがと」

 椎名はベルクートの言葉に目を見開き、何か言いたそうではあったが、最後には力なく微笑み頷いた。
 ベルクートの言葉には私もいくらか救われた。だがここで心配なのは椎名だ。
 彼女は責任感が強い。そして周りで起こる事象の多くを自分のせいだと捉える節がある。
 それは単純に格好良く、人として尊敬に値する正義感の強さだとは思うが、時に彼女自身に大きな負担を強いるのではないかと思ってしまう。
 ――危うい。
 そんな所感が彼女の挙動から頭に浮かんでしまうのだ。  

「あ、あのさ。で、城の中の話に戻るんだけど、大きな部屋に大きな椅子があるところがあるんだけど、そこって玉座の間かしら?」

 椎名の心の中の靄は消えてはいなかったが、ここで話の腰を折っても仕方ないと思ったのか、気を取り直したように続けてベルクートへと話を促す。

「――ああ。そうだろうな」

「やっぱそっか。そこにいるのが王様じゃないかしら。あとその部屋に鉄格子みたいなものがあって、誰か分からないけど何人か捕らえられてる」

「あ、それって工藤くん?」

 ふと漏れた美奈の呟きに、私は首を横に振り否定した。

「いや、美奈。工藤はもうじき西の広場で処刑される事になっている。いるとすれば、王妃やアーノルド、若しくは――」

「っ――!! フィリアか!」

 私の言葉を受けて今まで黙って話に耳を傾けていたアリーシャが叫んだのだ。
 フィリアの名前を呼ぶアリーシャの表情は、いつになく焦りを含んだ苦々しいものであった。