「――アリーシャ、強くなったな」

ベルクートは剣を鞘へとしまい、アリーシャの前に立つ。
今しがたのダメージはすぐに回復したかのように、足取りはもう確かだった。
その表情はどこか満足げで、彼女の事を誇らしく思っているようにも見えた。

「ベルクート、久しぶりだ」

対するアリーシャも柔らかな笑みを見せた。
まるで今の戦いが無かったかのように。
そのまま二人は互いに抱き合い再会を喜びあった。
嬉しそうな二人の表情を見ていると、こんな戦いなど必要無かったのではと思えてくる。
最初から二人の間には強い信頼があるように見えたから。
ベルクートも結局最初からアリーシャを試すというよりは、ただ単に彼女の成長を見届けたいというような気持ちだったのではないかと思えた。
これから来るであろう戦いにアリーシャが通用するかの試験のような。
本来ベルクートからしたら私達など赤子も同然なのだと。そう思えるだけの圧を先の戦いの際、この男は放っていたのだから。
今思えば実際殆ど手の内を見せる事もしなかった。
結局ベルクートが繰り出した技は最初のヒストリア流剣技、山のみだ。
そこまで思考を巡らせ、改めて気になった事がある。
ヒストリア流剣術の技の名前についてだ。
今まで私が目の当たりにしたものが風、火、林、山。
繋ぎ合わせると風林火山という事ではないだろうか。
とすると五百年前にこの世界にいたとされるヒストリアとは、少なくともそれを知る人物という事だ。
だとすればやはり彼も私達のいた世界から来たのではないか。
今から五百年前と言えば西暦千五百年台となる。
武田信玄が歴史上生きていた時代でもあるので、もしかしたら武田信玄本人、などという事もあり得るのではないか。
いや、流石にそれはねいか。せいぜい武田信玄の事を知っている人物、と言う方がしっくりくるか。
まあヒストリアの人物像を知ったからといってどうなるものでもないのだが。私はそんな事を考えずにはいられなかった。

「ベルクート、私達に力を貸してくれないか」

そんな折、暫く談笑をしていたアリーシャとベルクート。
その最中にアリーシャが改めてベルクートに助力を申し出た。
確かに騎士団長が手を貸してくれさえすれば、実質騎士団がこちら側に付くようなもの。形勢はかなりこちらに傾くと言ってもいいだろう。
ライラの手先がどのくらい紛れ込んでいるのかは分からないが、それでも半数以上はこの国の正式な騎士に違いない。一気に戦いが楽になるのは火を見るより明らか。
だが――。

「それは難しいな」

そんな期待とは裏腹に、ベルクートの答えははっきりとアリーシャの願いを拒絶するものであった。

「何故だ!? この国が今どういう状況なのか、ベルクートならば薄々は気付いているのではないか!?」

尚も食い下がるアリーシャ。
だがそんなアリーシャの勢いを受け流すような笑みをベルクートは見せる。

「まあな……。だがすまねえ。無理だな。こっちにも色々あんだよ。大人の事情ってやつでな。俺もあんまり自由には動けねえのさ。だからこうしてわざわざ確かめに来たんじゃねえか」

「確かめに?」

「ああ。結果は期待以上だったよ。こんな短期間に相当強くなりやがったなアリーシャ。合格だ」

ベルクートは頭を掻きむしりながらにこやかに微笑んだ。
この言葉からやはりこの男は最初からアリーシャが裏切っている事など微塵も思ってはいなかったのだと伺い知れた。
先程の自身の考えも的を射ていたのだと思う。
しかしそれでも本当に国の一大事だと言うのならば、彼の言動や振る舞いは何と呑気な事かとも思ってしまう。
彼の一挙手一投足からは危機的な雰囲気は一切感じ取れないのだから。

「ベルクート。助力が得られないのは分かった。だが私達も情報が乏しい。答えられる範囲で答えてほしいことがあるのだが、どうだ?」

仮に手を貸してくれなくても、ヒストリアが今どうなっているかの情報は得たい。
この国の中核にいたであろうベルクートならばある程度の事は知っているはずだ。

「おう、いいぜ坊主。俺が知ってることなら答えてやろう。何が知りたい」

ベルクートは豪快な笑みを見せ、腕を組んでこちらを振り向いた。
 彼の体の大きさも手伝い、雰囲気に圧倒されそうにはなるが色々と話してくれるつもりはあるようで安心した。
 私はできるだけで平静を装いながらベルクートを見返した。 

「この国に関する動向で最も強い発言力を持つ人物とは誰なのだ?」

私達が裏切り者扱いされている現状は魔族の仕業に他ならないだろう。
という事はこの国の実権を握っている人物が魔族である可能性が高い。
 その者が私達がターゲットとするべき人物となるだろう。

「――なるほど。そういう奴が誰かと聞かれれば今んところ一人しか思い当たらねえな」

「――ホプキンスかっ」

 アリーシャが発した名前にベルクートはこくりと頷き肯定を示した。 

「やはりっ……!!」

それに対しアリーシャは苦々しげな表情を浮かべた。
 この様子を鑑みるに、どうやらアリーシャも最初からその男を怪しんでいたようである。

「ホプキンスというのは?」

「この国の執政を担っている大臣だ。今回の事件に関する情報もアイツが父上に進言し、私やアストリアが動く事になったのだ。クソッ……私達がいない間にこの国を乗っ取るような真似までするとはっ……下劣な男めっ!」

アリーシャにしては珍しい。眉間に深い皺を寄せて怒りを露にした。
それだけ元々アリーシャにとっても気に入らない相手だったということか。
となると魔族の側は、ライラとホプキンスがまず間違いなく三級魔族という事になるのだろう。

「他にも心当たりはあるか?」

「いや……、どうだかな。王を除いてはたぶんホプキンスより発言力の強い奴はいねえんじゃねえか? こっちもアリーシャとアストリアが国を発ってから城には全く入れてねえんだ。正直情報はそこまで多くねえ。騎士団長と言えど、ただ命令に従う事しかできねえんだよ」

面目ねえと力なく笑うベルクート。

「父上や母上はどうなったのだ!?」

ベルクートが言った王という言葉に反応を示すアリーシャ。要するに実の父の事になる。
父親とは不仲だと聞いていたが、やはり肉親の安否が心配なのだろう。彼女の心の中は大きく揺れ動いていた。

「分からねえ。だが王も一線を退いたとはいえヒストリア流剣術の手練れだ。相手が魔族だとしても引けは取らねえはず。王妃とアーノルドは心配だがな」

アーノルドはアリーシャの弟だと以前旅の道中で聞いたことがある。十二歳だったか。
  アリーシャが彼の事を話す様子から、弟からは慕われ、彼女も弟を大切に思っていることが伺いしれた。
王妃に関してはどうだろうか。ただ剣術はやらないとは聞いている。
その二人が魔族に抵抗する事は難しいだろう。
殺されはしなくとも、自由を奪われ捕らえられているということは考えられる。
人質ともなり得るのだから、簡単に殺したりはしないとは思うが。

「あの~、ちょっといいかしら?」

その時加熱する空気を和やかすように、話の途中に手を挙げ割り込んできたのは椎名だった。