「はっ!!」

 裂帛の気合いと共にアリーシャの体からも剣気が巻き起こった。
風が彼女を中心に吹き私達を包み込む。
それにより私達の周りにあるプレッシャーがほんの少し和らいだ気がした。
それはベルクートのそれと比べ、温もりと優しさを伴い私達の心に届くようであった。
ベルクートを見据える彼女のその眼差しは憧憬に対する畏怖なのか、それとも強敵に対する鼓舞なのか。どちらにせよアリーシャの背中が微かに震えているように見えた。
カタカタと教会の窓が揺れる。そう思ったら次は静寂が訪れた。
しんと静まりかえる空間の中、アリーシャは自身の剣の柄に手を添えたまま、目を閉じ――開く。

「アリーシャ・グランデ――参るっ!!」

アリーシャの姿が掻き消えたかと思えばもう既にベルクートの目の前にいた。なんという驚異的な速力。
だがベルクートもそれに難なく反応していた。
抜刀の構えから互いに居合いの勝負。

「ヒストリア流剣技! 風火!」

アリーシャの渾身の技が炸裂。
ベルクートが単純な居合いの剣に対し、アリーシャは速さと強さのブーストを掛けた剣技での一太刀。先手必勝。完全に決まったかと思われた。
だがそれでも――ベルクートは笑っていた。

「踏み込みが弱いぜアリーシャ!」

「っ!? ――――」

二人の剣が合わさり、弾けた。
火花が散り、結局押し負けたのはなんとアリーシャの方であった。
バランスを崩し大きく仰け反るアリーシャ。
そんな彼女に向け、ベルクートの二の太刀が迫る。
左肩からの袈裟懸けの太刀。それがアリーシャの体を引き裂いた。アリーシャは目を見開き為す術なくその一撃をその身に受けてしまったのだ。

「アリーシャッ!?」

美奈の悲壮な叫びが教会内に木霊した。
斜めに斬り裂かれたアリーシャの体からは血飛沫が舞うかに思われた。
が、そうはならず、アリーシャの体は陽炎のように消え失せたのだ。

「――林」

ケルベロスとの戦いの際に見せたあの技だ。
消えたアリーシャの体は気づけばベルクートの斜め後ろに移動していた。まるで瞬間移動だ。
アリーシャの反撃。大上段に構えた彼女の剣がベルクート目掛けて振り下ろされた。

「それくらいはやってくれねえとな!」

しかしそれも見抜いていたのか。
ベルクートは依然として変わらず余裕の笑みを浮かべながら、アリーシャへ剣を翻し迎撃体勢を取ってみせた。
剣と剣が触れ合い衝撃の波動が生まれるかに思えたその時。再びアリーシャの剣は、いや、彼女の存在全てが不透明となりベルクートの剣をすり抜けたのだ。

「――っ!?」

その剣の切っ先は更にベルクートの体すらすり抜けた。要するにベルクートの体に傷は生まれなかったのだ。
だが彼の体は直後びくんと痙攣を起こし、ぐらりと揺れた。確実にダメージは入っているようだ。

「決まったか!?」

これで勝敗は決したかに見え、思わず声を漏らす。
だがベルクートはそれでも止まらなかったのだ。

「それがどうしたっ!」

再び顔に笑みを張り付かせアリーシャを斬りつけるベルクート。
確かに技は決まったはず。確実にダメージは入ったはずだ。
だがそれでもベルクートはアリーシャへの攻撃を止める事はなかった。
これにはアリーシャも驚愕し目を見開く。
だがそこで引き下がる程度のアリーシャでもないのだ。

「ダーク」

アリーシャの眼前に突如として黒い靄が生まれた。
いつから用意していたのか、彼女の闇魔法がベルクートを包み込む。

「な……に……? 無詠唱だと? しかも一切魔法を打ち出す素振りもねえ」

アリーシャかが放った闇魔法には流石のベルクートも虚を突かれたか。
黒い靄はベルクートの体へとそのまま溶け込むように消えた。
流石のベルクートも闇魔法の影響で体勢をよろめかせたたらを踏む。
精神力がいくら高くとも、技と魔法の二段構えの攻撃で満足に動けはしなかったようだ。
ふらついたベルクートの喉元にアリーシャの剣が添えられる。
それを見てベルクートは目を閉じ笑う。

「――参った」

そう言うベルクートの表情は何故か嬉しそうで。彼は両手を上げ降参の意を示したのだった。