私は朝目覚める時、決して目覚まし時計の音で目覚めるということはない。
何故かいつも目覚ましが鳴る五分前には一度目が覚めてしまうのだ。
それから時間を確認して、目覚ましのアラームを解除して、ベッドから出て窓の外の景色を眺める。そんな一日の始まりを幾度となく繰り返してきた。
しかし今日は目を覚ますと、見慣れない木製の天井があった。
実を言うと、この世界には時計というものはあるのだが、目覚まし時計というものはない。
それでも私は、やはり起きようと思っていた時間のきっちり五分前に目覚めた。
時刻は五時五十五分だ。こちらの世界では五の時、五十五分と言うらしいが。
半身を起き上がらせ周りを見ると、美奈、椎名と工藤がそれぞれベッドとソファーに眠っていた。

「……ん。……隼人くん、起きたの?」

椎名が一早く気づいて起き上がり、声を掛けてくる。
まだ少し眠いのか、胡乱(うろん)げな表情で目を擦っている。
そんな彼女は高校三年生とはいえ、まだあどけない少女のような可憐さも残しているように思えた。
しかしこんな簡単に起き出すとは、やはり感覚が鋭い分少しの変化にも敏感に反応してしまうのだろうか。

「……ああ。椎名、おはよう」

「うん。おはよう」

椎名は肩口をはだけさせて、それでもそんな事はお構い無しという風に笑顔をこちらに向けてくる。
その表情がいつもの彼女とは違い扇情的な雰囲気を醸し出しているようでかなり目のやり場に困ってしまった。

「あ、ちょっと……」

そう言い彼女は部屋の外へ。
パタンと小気味よい音がして扉がしまった。
私は何かあるのかとのそりとベッドから降り、椎名の後を追おうと立ち上がる。一体朝から何だと言うのだ。
体は、少し重かった。疲れはそこまで取れてはいなさそうだ。
ふと斜めに目を逸らすと美奈の苦しそうな顔が視界に入る。
そういえば昨日は彼女を背負い山を下ったのだ。
手足の痛みの原因に思い当たり、だがそれについては別段嫌な気はしなかった。
私は美奈と未だ眠りこける工藤を部屋に残し、椎名の後を追うべく扉を開けた。
廊下に出ると彼女の姿はなかった。
斜め向かいにもう一つ部屋がある。
もしかしたらそこで私が来るのを待っているのかと思う。
朝から話とは一体どういった了見か。
私はおもむろに扉に手をかけ、カチャリと奥へと押し開けた。

「……は?」

「は?」

椎名はそこに、いた。
今の間抜けな声は椎名本人と私自身のものだ。
目が合うとお互いに固まってしまったのだ。
なぜならそこには着替えのために部屋を移動した椎名の姿。
上着に手をかけ、白いお腹周りの素肌と胸には白い絹の下着、いわゆるブラジャーがおもいっきり覗いていたのだ。

「ばっ……ばかあ~~~~~~っ!!!」

顔を真っ赤にした椎名の怒号が、早朝の村長さんの家に響き渡ったのだ。
今更ながらに気づいた。
椎名は始めから私を呼んでなどいない。
ちょっと席を外すと言いたかっただけなのだ。
それをのこのこ後からついてきて、何とも滑稽なことだ。
こちらの世界に来て初めての朝は、とんだ勘違いで幕を開けたようだ。

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一時間程して支度を済ませ、私達は村長達に見送られいよいよ洞窟を目指す。

「気をつけてな。護衛なども用意してやれんで申し訳ない。わしらも自分たちのことで精一杯じゃて」

わざわざこんな朝早くから村の入り口まで来てくれて、最後まで本当にありがたかった。
村長の優しさが目に沁みて、またここに戻ってくる意思を固める。

「いえ。武器も持たせて頂きましたし、食料まで用意して頂いて、本当に感謝です。後は自分達で何とかしてみせます。なので美奈の事、よろしく頼みます」

一礼すると村長は私の肩にそっと手を置いた。

「ああ、任せておけ」

彼の手は温かくて、笑顔は優しくて。
この異世界に来て初めて出逢う人がこの人で本当に良かったと思える。

「ハヤト殿、ただ一つだけ言うておく。命を粗末にするんじゃないぞ? 人助けも命あってのものじゃ。ミナ殿もそこまでされることを望まんじゃろうて」

引き結んだ唇から彼の心配の度合いが伺える。
本当にありがたい。
だが私は何があろうと美奈を救う。
もちろん命を粗末にするつもりなど毛頭ないが、彼女を助けるために自分が傷つくことは厭わないつもりだ。

「はい……。夜までには戻りますので」

私たちはネムルさんを始め、村の人々に見送られながら1日ぶりに村の外へと出た。
踏みしめる大地は枯れ葉に覆われて、柔らかい。
顔を上げると針葉樹が針山のように高々とそびえ立っている。
少しだけ身震いがした。
私は力強く足を前へと踏み出した。カサカサと歯が擦れる音が耳に届き、ごくりと唾を飲み込む。

「よしっ! 行くかっ!」

前を歩く工藤が元気よく拳を打ちつけた。
それが今はすごく心強く感じられる。

「隼人くん」

ポンと背中を後ろから叩かれて、私を追い抜いていく。

「えっち」

言葉とは裏腹に、顔を上げた隙に見えた椎名の横顔がとても緊張しているように感じられた。

「朝から得したのだ」

「む……バカ」

そう毒づいた椎名は私の前をすたすたと歩いていく。その歩調はかなり速い。

「椎名、あんまり急ぐなよっ」

「分かってるわよっ、工藤くんのあほっ」

「え~~~~」

日差しは暖かく、天気は快晴と言っていいほどに澄み渡っている。
緊張など当たり前だ。油断するよりずっといい。
私は両の拳に力を込めて先ほどより更に強く足を踏み出した。
さあ、いよいよ出発だ――。