「ひっく……ひっく……」

「バル、もう分かったのだ。そんなに気に病むな」

先程から泣きじゃくりながら背中にこびりついて離れないバル。
理由は未だにはっきりとはしないが心は痛む。
精霊だから見た目の年齢よりは相当行っているのだろうが、何と言うか、小さな女の子が泣き続けているのを見続けるのはかなり精神的に来るものがあるのだ。
だが何が一体そこまでショックだったというのか。
あと、それをつい先程気づいたという事にも違和感を覚える。
人と契約を交わすということが久しぶりのことだったとしても、ここまで自身の力を把握しきれていないものなのだろうか。
椎名は周囲に警戒を放っているのか、珍しく何も言ってはこなかった。
こちらを振り向く事もなくゆっくりと上空を進んでいきながら、眼下にも気を配っている。
念のため追っ手が来ていないか注意を払うため、今は私達にかまっている場合ではないのだろう。

「ひっく……ひっく……」

先にも述べたように、バルはというと騎士団から逃れてからというものずっと泣きっぱなしだった。
理由は自身の精霊としての力が予想以上に不完全であった事なのだろうが――。

「バル、そろそろ泣いている理由を聞かせてはくれないか?」

「――うぐっ……」

バルは私からすれば、正直想像を遥かに上回る実力を持った精霊だ。
だがこの見た目が正直小さな女の子だけに、どうにも妹のような感覚があってしまう。
本来なら三級魔族のグレイシーをあっさりと倒してしまう程の実力者なのだが、彼女にはどうやらこういった精神的な弱さと今こうして泣きじゃくってしまうほどの理由があるのだろう。
流石にここまで泣かれては主として理由を把握しておきたい。
今このタイミングで知っておきたいと思うのだ。

「私はバルが私と精霊の契約を結んでくれて良かったと思っている。それは今も変わらない。だから知りたいのだ。そうまでして泣き続ける理由を。教えてはくれないか?」

「ふぐっ……うむ……」

私の言葉に涙を拭い、ようやく話す素振りを見せてくれる。
まずはその事に酷く安堵した。

「ウチはこの世界でどうやら魔族以外は切れんらしい」

「?? というと?」

「さっきハヤトを襲う奴らを峰打ちで叩き伏せようとしたのじゃが、全然上手くいかなかったのじゃ。というか全く影響を与えられなかったのじゃ」

「――なるほど」

私はバルのその言葉で色々と察することが出来た。
つい先程、私が他の騎士や兵士に正体がばれて追い回されていた時、バルは四級魔族を見て私に「アイツ、殺さないのか?」と聞いてきた。
その時私は四級魔族とは分かってはいたが、人が魔族に変えられたように見せられたため、今戦うべきではないと判断し、バルに手出ししないように伝えたのだ。
そんな事をすれば私の立場は益々良からぬ方向へと傾いてしまうからだ。
この町の民に、魔族に加担した裏切り者の勇者というレッテルを貼られてしまう。
それを理解したバルは結局それからはずっと私におぶされて大人しくしていたのだと思っていた。
だが、実際は違っていたのだ。
バルは私が追い詰められた際には周りの兵士に殺さない程度に剣を向けていたのだろう。
だが全ての攻撃が何一つ通用しないという結果に終わった。

「――要するにバルは精神世界の住人である魔族には攻撃できるが、それ以外のものには一切干渉できないと、そんなところか」

「――うむ。そういうことなのじゃ」

恐らくバルはこちらの世界の生き物にはダメージを与える事が出来ないのだと思う。
バルは精霊だ。にも関わらず、どういう訳かシルフとは違い、契約者である私の中に入る事も出来ず、常に外に顕現した状態のままだ。
それが直接の原因なのかはわからないが、力を振るっても精霊と同じような、精神体である対象にしか攻撃を当てることが出来ないのではないかと考える。
人はもちろん、魔物や引いては下級魔族であり、実体しか持たないレッサーデーモン、そして四級魔族をもその対象からは外れるのだろう。
後はこちらの世界の物質全て、か。
こうなるとこちら側の世界に限って言うと、バルが干渉できる物といえば三級以上の魔族に限られることになる。
そういった制限が加えられると最早対高位魔族専用の精霊、といったところか。

「――だからウチは中途半端にしかハヤトを守れんっ……役立たずなのじゃっ」

「そんな事はない」

「ふあっ!?」

私はバルを正面へと移動させ、彼女をしっかりと見つめた。驚きあたふたしていたが、すぐに真面目な顔で私を見つめ返してきた。

「バル、お前がいなければ先程平原で私達はグレイシーにやられていたかもしれない。少なくとも相当の苦戦を強いられて、満身創痍だったに違いない」

「――っ」

「お前がグレイシーを倒してくれた事によって皆が無事、ヒストリアまで来れたのだ。それにはすごく感謝している。本当にありがとう」

「……それは、ウチはハヤトの役に立ちたいからなのじゃ」

「うむ。それをしっかり果たしてくれている。だから少しくらい出来ないことがあっても気にやむな。私はお前にすごく助けられているのだ。だから自分を責めて、落ち込まないでほしい」

「――でもっ」

それでもバルは眉をハの字に曲げて悔しそうにしている。

「そんなに泣かれたら私も困ってしまう。バルはこんなにも私達を助けてくれているのに。バルは私達を困らせたいのか?」

「――そんな事はないのじゃ」

「じゃあもう泣くのは止めだ。前を向こう。そしてお互い出来ることを全力でやって、助け合えばいい」

「――うむ」

ようやく涙を止めて頷いてくれた。
私は自然とバルの頭に手をやり、撫でていた。
彼女の髪はサラサラに見えるが、余り感触は伝わっては来なかった。
何だかこんなにも近くにいるのに遠い存在のような、そんな感覚に少し寂しさを覚える

「エヘヘ……ハヤト。ウチはハヤトが好きじゃ。お主が困っているのならば助けたいのじゃ。だがウチにはその力が足りなかったのじゃ。やはり、このままの状態ではな。許してほしいのじゃ」

「――だからもうそんなに気にやむな」

「うむっ」

契約前はかなり嫌われていたと思っていたのだが、バルにここまで好いてもらっているのかと不思議に思ってしまう。だがそれは、正直すごく嬉しい。
少しむず痒くはあるが、本当に妹が出来たようで、心が癒されているという自覚すらある。自然と顔が綻んでしまう。

「うむ! ハヤト、ウチはまだまだ未熟じゃ。それでもウチは全力でハヤトを手助けするのじゃ! これからもよろしく頼むのじゃ!」

「ああ、よろしく頼む」

ようやく元気な声を出してくれたようだ。
バルは最後は満面の笑みを浮かべながらしゅるりとまた私の背中へと移動した。

「大好きなのじゃ、ハヤト」

「――っ!?」

最後に不意打ちのように耳元で囁かれた声音に流石に恥ずかしさで顔が熱くなる。
そこまで好意を真っ直ぐに示されるのには慣れてはいないのだ。

「――えーっと……、そろそろ私、話し掛けてもいいかしら?」

ふとした声に慌てて振り向く。
言わずもがな椎名だ。
彼女は呆れたように私にジト目を送りながら下の方を指差した。
ふと下を見るといつの間にか大分降下していたようで、すぐ近くに小さな教会が見えた。どうやらここがアリーシャと美奈との待ち合わせ場所のようだった。

「――ここか」

「隼人くんてけっこうロリコンなんだ、へえ~」

「……」

椎名の呟きが想像以上にぐさりと胸に突き刺さった。