「――ふう、ヤバかったわね。アイツ」

「同感だ」

まともにやり合っていたら、二人とも無事ではすまないだろう。というか普通に捕まっていたな。
それ程までにベルクートの胸の内に色づく生命力というか、燃え盛る大炎のような魂の揺らめきには圧倒されていた。

「……にしても、隼人くん」

「ん?」

「いつまでそうしてるつもり?」

「――んうおあっ!?」

椎名にそう告げられ改めて私達がかなり密着していることに気づく。それに彼女の顔もすごく近い。いい匂いもするし、恥ずかしさにかなり慌てた。
だがここは遥か空の上。
離れようにも彼女から手を離したら落下は免れないだろう。

「大丈夫だからっ。一旦離れてっ! もうっ……えっちなんだから。美奈に言いつけるわよ」

と思っていたら彼女に手をほどかれた。離れても別に平気だったのだ。
椎名の風の力で私も上空で佇めるようにしているらしい。
椎名から更に責め句を受けると思っていたら、彼女は私の顔を見て驚いたように目を見開いた。

「――って……隼人くん? ――あなた、大丈夫?」

「え?」

椎名にそう言われて初めて気づく。
自身の手が震えていることに。
それを自覚した途端体全体が小刻みに震え、それを押さえつけようと両手で包み込むように体を抱く。
だが体はますます震えだして止まらなかった。

「隼人く――」

「人が……死ぬのを見てしまったのだ」

「――――っ」

ぽつりと吐露する私はきっと情けない顔をしているのだろう。
椎名を不安にさせまいと笑おうとしてもうまく笑えなかった。いや、それでも笑うなどと、不謹慎か。

「あの状況下でそんな事にかまけている暇はないと、そう思ったら途端に冷静になれてな。だが、ちょっと安心したらこんな様だ」

人が死ぬ。
そんな衝撃的な現場に出くわして、それでもあの時自分の事を優先してしまった。
それは自分のために他ならないが、そこですぐに冷静になれる自分が嫌だった。
だがそうでもなかったようだ。震える手が止まらない。どうしようもなく怖くなる。

「――隼人くん」

「椎名?」

私の俯いた顔を、両手で頬を掴み、くいと持ち上げられた。
目をまっすぐ前へ向けると、先程までと同じくらい近くに椎名の顔があった。

「ん――」

「!?」

そのまま彼女の胸の中に抱きしめられて、私は自由を失った。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、今回は慌てるでなく、むしろ酷く落ち着いて、安心できた。

「ちゃんと人の死に動揺して、こんなにも落ち込んでる。あなたはすっごく優しい人だよ」

「……」

「ん、よく頑張った。美奈には言わないどいてあげるから、一旦私の胸で泣けば?」

「……」

彼女の優しさが伝わって、ほんの少しの恥ずかしさも手伝ってか、震えが落ち着いていく。
私はふう~と長めのため息を吐いた。

「ん……」

すると椎名の声が頭の上から耳に届いて。その声音が妙に色っぽくて、私は震えている場合じゃない程に顔が熱くなる。

「――も、もう大丈夫だっ」

「わきゃ!?」

私は慌てて彼女を引き剥がし、顔の熱を悟られぬよう彼女と反対側を向いた。

「…………」

「…………」

しばらく妙な沈黙が流れる。
椎名も冷静になるとやり過ぎたと思い恥ずかしくなったのか、すぐには話しかけてはこなかった。
先程までとは打って変わって変な空気が場に流れていた。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。

「ハヤト、うわきものなのじゃ」

「――ん? おわっ!?」

改めてバルの存在を忘れていた事に気づかされ驚あた。
彼女は私の背中にしがみつきっぱなしだったのだ。
彼女は羽のように軽くて、私の体に張りついていても存在を失念してしまうくらいなのだ。
彼女は今もしっかりと私の背中にしがみついている。

「隼人くん、その子、大丈夫?」

「??」

すっかり調子を戻した椎名にそう問われ、改めてバルの異変に気づく。
何か様子がおかしい。
バルは背中に掴まったまま俯き沈黙している。

「バル? どうしたのだ?」

私の言葉を受けて、そこで初めて弾かれたように顔を上げ、空を見上げた。

「――うっ……うっ……うああ~~~~んっ!!」

はい?
ここまで彼女はずっと泣いていたようだ。
私に声を掛けられ、それを皮切りに堰を切ったように大声で泣き始めた。
瞳からはどばどばと大粒の涙が零れ落ちる。

「うう……ハヤトぉ~!! ウチは役立たずなのじゃあ~~っっ!!」

「な、何何? この子、急にどうしたの?」

「バル、一体どうしたというのだ?」

椎名も訳が分からずバルを見つめている。
私もバルはここまでずっと大人しくしていたのでこの数刻の間に何があったのか、全く見当がつかなかった。

「ウチは……、ウチは……」

しゃくり上げながら声を絞り出している。
何か言いたいようで、だが声が上手く出せなくて。涙でそんなもどかしい状況のようであった。
仕方なく今は椎名と共に彼女の動向を見守り、次の言葉を待つことにした。

「……」
「……」

先程とは違う意味で気まずい沈黙が場に満ちる。
私も椎名も最後の方は半ば呆れたようにバルを見つめ続けていた。
そうこうしている内にようやく涙でぼろぼろになった顔を上げたバル。

「ハヤト……ウチは……ウチは……何も斬れんっ……!!」

「??」

ますます彼女の言っている事は理解できなかった。