「待てっ!」
追手を撒いてこの場から去り、皆と合流する。
ヒストリアの兵士を装う魔族に追いかけられながら自身の目的を頭の中で反芻していると、いつの間にか私の背に乗っかっていたバルが耳元で囁いた。
「アイツ、殺さないのか?」
彼女は精霊だからなのか、不思議と気配や重さを感じさせない。
囁かれて初めて背中にいる事に気づかされる程だ。
「――そんな事をしたら完全に私は裏切り者となってしまう。相手の思うツボだ」
可愛いらしい外見に見合わないバルの発言を即座に否定する。
魔族を倒したいのは山々だが、そんな事をしたら人殺しの罪まで被せられてしまうおそれがある。そうなったら今よりも更に状況が悪くなってしまうのだ。
「うむ、分かったのじゃ。――めんどうくさいのじゃ」
私の意図を察し、渋々頷いくバル。
「――だな。今はとにかく追っ手を撒くのが先決だ」
「いたぞっ、あいつだっ! あの者を捕らえよ!」
そうこう話をしている内にわらわらと兵士が集まってきた。
「な……なんだなんだ!?」
道行く者達も私達を見ては戦いたり後退ったりしている。
こんなに注目を浴びていては逃げる場合ではないようである。だがヒストリアの人々を安易に傷つけるわけにもいかない。
人混みの合間を、まだ半信半疑のような人々の脇を全速力で駆け抜ける。
私は内心舌打ちした。
人が多すぎる。それに思っていた以上に騎士の身体能力は高い。
今の覚醒した私の身体能力を以てしても、全く引き離す事が出来ていないのだ。
彼らは統率された動きで私を見失うことなく着実に距離を詰めてきている。
このままでは追いつかれて捕まるのも時間の問題か。
逆に人混みだからこそ下手に攻撃出来ずまだ捕まっていない節すらあるのではないか。
正直なところこのままでは逃げ切る自信は無い。
内心でかなり焦りを感じていた。
「――――っ!?」
ふと今しがたすれ違った男が魔族だということに気付く。
その男は道の真ん中で不自然にふらふらとぐらつきながら立ち止まった。
かと思うとそのまま頭を抱えてうずくまったのだ。
その様子に私は違和感を覚える。
「――ぐ……あ」
「おい、どうした? 大丈夫か?」
男は更に苦しみを増すように体をわなわなと震わせる。そこに先程の魔族がタイミングよく声を掛けた。
「う……く、苦しい……たす……けてっ! うあああああっ!!」
「――なんだとっ!?」
兵士は大袈裟に驚き目を見開いた。
その目の前で男は突然レッサーデーモンへと姿を変えたのだ。
当然これはただ単に人間の姿から元の魔族の姿に戻っただけなのだが、周りの人間からはそうは見えない。
「キャアアアアアアッッ!!」
それを目撃した一人の女性から悲鳴が上がる。
それを皮切りに周りの人々は混乱し、恐怖と戸惑いでざわめき立った。
突然の事に周りの兵士達も驚きを隠せないでいる。
魔族はというと姿を変えた途端に醜悪な笑みを浮かべ、瞳をギラつかせた。
「はっはあっ!! 何だこの力は! とても気分がいいっ! 力が溢ぎるぞっ! これが魔族の力ってやつかっ!!」
「なっ!? なんだとっ!?」
完全にしてやられた。そう思っても最早どうしようもない。
彼が最初から魔族だと解っていたのは当然ながら私だけだ。
こいつのさも始めて魔族の力を実感するような口振りに、周りの人々はある仮定を立て始めるのだ。
「まさか……この勇者、人を魔族に変える力を持っているのか!?」
誰かが放ったその言葉に注目の目が私の方へと移動し、人々の不安と恐怖の連鎖が始まる。
人は一度疑い出すと、どこまでも疑心暗鬼になってしまう生き物だ。
この場の空気は魔族がおおよそ思い描いた通りとなってしまったのだろう。
魔族がニヤついた笑みを顔に貼り付けながらこれで仕上げだとばかりに腕を奮い、手近な男を一人吹き飛ばした。
「がはっ!」
男はそのまま数メートル先の壁にぶち当たる。
グシャッと肉が潰れるような音を響かせ、ひび割れるレンガ造りの壁。ずるずると重力に従ってずり落ちる男は、地に足をつける頃には完全に事切れていたのだ。
「きゃあああああああーーーーーーーっ!!!」
割れるような悲鳴が人々から上がる。
これを皮切りに、他の場所でもあちこちで同じような悲鳴やざわめきが聞こえてくる。
恐らくここ以外でも同じように魔族が発生し始めたのでは無いだろうか。
「こ、これも貴様の仕業なのか!?」
一人の騎士とおぼしき男が私に向かって叫んだ。
だが最早疑いというよりもその瞳は確信めいた輝きを放っている。
「違うっ。私ではないっ!」
「嘘をつけっ!!」
私の返答に対して、思った通りの言葉が返ってくる。
何とかしたいのは山々だが思考がいつも通りに働かないのだ。原因は分かっている。
私は生まれて初めて今、人の死というものに直面してしまった。
それが思っていた以上にしんどいのだ。人が死ぬ瞬間の表情を意図せず目の当たりにしてしまった。
明らかに動揺して冷や汗が吹き出てきている。
体が震え胸が張り裂けそうなほどに気分が悪い。
それでも人の死を目の当たりにすると初めは吐いてしまうと聞く。
そこまでならないのはやはり覚醒により精神が鍛えられているからだろうか。
――人が死んだ。
ここに来て改めて実感する。
この世界では当たり前のように、こんなに身近に命のやり取りが行われている。
今まで奇跡的に巡り合う事が無かったが、遂に人が死んでしまうという事が起こってしまった。
この世界が美しい?
馬鹿を言うな。
この世界は余りにも単純で、余りにも残酷なのだ。
こんなに簡単に命の灯火が消えてしまう程に。
「――とにかくあの少年を捕らえろ!」
「――っ!!」
一人の騎士の怒号で我に帰る。
今は動揺している暇など無い。ここで捕まるわけにはいかないのだ。
今はこの状況を切り抜けることが最優先だ。
「ハヤト?」
バルが心配そうに私を見つめている。
そんな彼女の瞳を見つめ返しながら私は体に力を込める。
克服しろ、何もかもを。立ち止まっている暇など無いのだ。
「大丈夫だバル。それより力を貸してくれ」
「――っ。もちろんなのじゃ!」
そうして私に花が咲いたような笑顔を向けてくれる。
バルの笑顔を見て自然と顔が綻んだ。
大丈夫だ、行ける。
私はこれからやるべき事を瞬時に頭の中で整理する。
まずは目の前の魔族を倒す。それにより魔族だという正体をばらし、騎士達の疑いを晴らす。
そうすれば結果的に関係のない人々を救える筈だ。
これ以上犠牲者を出させはしない。
「待てっ! 大人しく捕まってもらうぞ!」
私が思考している時間は実際そう長くはなかったが、ほんの数秒もしない内に周りにら既に五人の騎士と兵士が集まってきていた。
その中に魔族はいない。魔族は私とは距離を取り、今の状況を静観しているようだ。
魔族を何とかしたい私としては身動きが取りづらい。
ここまでのやり取りで騎士は隊長クラスでなくとも私と同等以上に強い。
このままでは捕えられて終わりだ。
何とか隙をついて魔族に近づき速攻で倒す。
思考するのは簡単だが実際に実現できるかどうかは正直かなり怪しい。でもやるしかない。
これはできるできないの問題ではないのだ。
やるしかなければやるだけだ。
私は身体に力を込めて騎士達を見据えた。
バルが背中越しにきゅっと力を込めた。今はその温もりが妙に心地良かった。
追手を撒いてこの場から去り、皆と合流する。
ヒストリアの兵士を装う魔族に追いかけられながら自身の目的を頭の中で反芻していると、いつの間にか私の背に乗っかっていたバルが耳元で囁いた。
「アイツ、殺さないのか?」
彼女は精霊だからなのか、不思議と気配や重さを感じさせない。
囁かれて初めて背中にいる事に気づかされる程だ。
「――そんな事をしたら完全に私は裏切り者となってしまう。相手の思うツボだ」
可愛いらしい外見に見合わないバルの発言を即座に否定する。
魔族を倒したいのは山々だが、そんな事をしたら人殺しの罪まで被せられてしまうおそれがある。そうなったら今よりも更に状況が悪くなってしまうのだ。
「うむ、分かったのじゃ。――めんどうくさいのじゃ」
私の意図を察し、渋々頷いくバル。
「――だな。今はとにかく追っ手を撒くのが先決だ」
「いたぞっ、あいつだっ! あの者を捕らえよ!」
そうこう話をしている内にわらわらと兵士が集まってきた。
「な……なんだなんだ!?」
道行く者達も私達を見ては戦いたり後退ったりしている。
こんなに注目を浴びていては逃げる場合ではないようである。だがヒストリアの人々を安易に傷つけるわけにもいかない。
人混みの合間を、まだ半信半疑のような人々の脇を全速力で駆け抜ける。
私は内心舌打ちした。
人が多すぎる。それに思っていた以上に騎士の身体能力は高い。
今の覚醒した私の身体能力を以てしても、全く引き離す事が出来ていないのだ。
彼らは統率された動きで私を見失うことなく着実に距離を詰めてきている。
このままでは追いつかれて捕まるのも時間の問題か。
逆に人混みだからこそ下手に攻撃出来ずまだ捕まっていない節すらあるのではないか。
正直なところこのままでは逃げ切る自信は無い。
内心でかなり焦りを感じていた。
「――――っ!?」
ふと今しがたすれ違った男が魔族だということに気付く。
その男は道の真ん中で不自然にふらふらとぐらつきながら立ち止まった。
かと思うとそのまま頭を抱えてうずくまったのだ。
その様子に私は違和感を覚える。
「――ぐ……あ」
「おい、どうした? 大丈夫か?」
男は更に苦しみを増すように体をわなわなと震わせる。そこに先程の魔族がタイミングよく声を掛けた。
「う……く、苦しい……たす……けてっ! うあああああっ!!」
「――なんだとっ!?」
兵士は大袈裟に驚き目を見開いた。
その目の前で男は突然レッサーデーモンへと姿を変えたのだ。
当然これはただ単に人間の姿から元の魔族の姿に戻っただけなのだが、周りの人間からはそうは見えない。
「キャアアアアアアッッ!!」
それを目撃した一人の女性から悲鳴が上がる。
それを皮切りに周りの人々は混乱し、恐怖と戸惑いでざわめき立った。
突然の事に周りの兵士達も驚きを隠せないでいる。
魔族はというと姿を変えた途端に醜悪な笑みを浮かべ、瞳をギラつかせた。
「はっはあっ!! 何だこの力は! とても気分がいいっ! 力が溢ぎるぞっ! これが魔族の力ってやつかっ!!」
「なっ!? なんだとっ!?」
完全にしてやられた。そう思っても最早どうしようもない。
彼が最初から魔族だと解っていたのは当然ながら私だけだ。
こいつのさも始めて魔族の力を実感するような口振りに、周りの人々はある仮定を立て始めるのだ。
「まさか……この勇者、人を魔族に変える力を持っているのか!?」
誰かが放ったその言葉に注目の目が私の方へと移動し、人々の不安と恐怖の連鎖が始まる。
人は一度疑い出すと、どこまでも疑心暗鬼になってしまう生き物だ。
この場の空気は魔族がおおよそ思い描いた通りとなってしまったのだろう。
魔族がニヤついた笑みを顔に貼り付けながらこれで仕上げだとばかりに腕を奮い、手近な男を一人吹き飛ばした。
「がはっ!」
男はそのまま数メートル先の壁にぶち当たる。
グシャッと肉が潰れるような音を響かせ、ひび割れるレンガ造りの壁。ずるずると重力に従ってずり落ちる男は、地に足をつける頃には完全に事切れていたのだ。
「きゃあああああああーーーーーーーっ!!!」
割れるような悲鳴が人々から上がる。
これを皮切りに、他の場所でもあちこちで同じような悲鳴やざわめきが聞こえてくる。
恐らくここ以外でも同じように魔族が発生し始めたのでは無いだろうか。
「こ、これも貴様の仕業なのか!?」
一人の騎士とおぼしき男が私に向かって叫んだ。
だが最早疑いというよりもその瞳は確信めいた輝きを放っている。
「違うっ。私ではないっ!」
「嘘をつけっ!!」
私の返答に対して、思った通りの言葉が返ってくる。
何とかしたいのは山々だが思考がいつも通りに働かないのだ。原因は分かっている。
私は生まれて初めて今、人の死というものに直面してしまった。
それが思っていた以上にしんどいのだ。人が死ぬ瞬間の表情を意図せず目の当たりにしてしまった。
明らかに動揺して冷や汗が吹き出てきている。
体が震え胸が張り裂けそうなほどに気分が悪い。
それでも人の死を目の当たりにすると初めは吐いてしまうと聞く。
そこまでならないのはやはり覚醒により精神が鍛えられているからだろうか。
――人が死んだ。
ここに来て改めて実感する。
この世界では当たり前のように、こんなに身近に命のやり取りが行われている。
今まで奇跡的に巡り合う事が無かったが、遂に人が死んでしまうという事が起こってしまった。
この世界が美しい?
馬鹿を言うな。
この世界は余りにも単純で、余りにも残酷なのだ。
こんなに簡単に命の灯火が消えてしまう程に。
「――とにかくあの少年を捕らえろ!」
「――っ!!」
一人の騎士の怒号で我に帰る。
今は動揺している暇など無い。ここで捕まるわけにはいかないのだ。
今はこの状況を切り抜けることが最優先だ。
「ハヤト?」
バルが心配そうに私を見つめている。
そんな彼女の瞳を見つめ返しながら私は体に力を込める。
克服しろ、何もかもを。立ち止まっている暇など無いのだ。
「大丈夫だバル。それより力を貸してくれ」
「――っ。もちろんなのじゃ!」
そうして私に花が咲いたような笑顔を向けてくれる。
バルの笑顔を見て自然と顔が綻んだ。
大丈夫だ、行ける。
私はこれからやるべき事を瞬時に頭の中で整理する。
まずは目の前の魔族を倒す。それにより魔族だという正体をばらし、騎士達の疑いを晴らす。
そうすれば結果的に関係のない人々を救える筈だ。
これ以上犠牲者を出させはしない。
「待てっ! 大人しく捕まってもらうぞ!」
私が思考している時間は実際そう長くはなかったが、ほんの数秒もしない内に周りにら既に五人の騎士と兵士が集まってきていた。
その中に魔族はいない。魔族は私とは距離を取り、今の状況を静観しているようだ。
魔族を何とかしたい私としては身動きが取りづらい。
ここまでのやり取りで騎士は隊長クラスでなくとも私と同等以上に強い。
このままでは捕えられて終わりだ。
何とか隙をついて魔族に近づき速攻で倒す。
思考するのは簡単だが実際に実現できるかどうかは正直かなり怪しい。でもやるしかない。
これはできるできないの問題ではないのだ。
やるしかなければやるだけだ。
私は身体に力を込めて騎士達を見据えた。
バルが背中越しにきゅっと力を込めた。今はその温もりが妙に心地良かった。