椎名の緑色の髪がふぁさりと揺れる。
凄まじい能力を見せられた後だからか。
そんな彼女の立ち姿が静謐な夜の闇の中で、とても神々しいものに映る。
「魔法……か。うーん……どうなんだろうね。私的には何とも言えないけど、――うん、違う気がする」
「そうなのか?」
「うん。さっきね、ちらっとランタンに光を灯していく村の人達を見てたんだけど、杖を持って、呪文のようなものを唱えてたから。あと光を出す直前に魔法の言葉を言ってたの」
「ほう……、というかそんな所、いつの間に確認していたのだ? ずっと私達と一緒だったではないか」
私は内心驚きながらも、自分で話している最中にその答えにはすぐに辿り着いていた。
椎名はというと得意気に人差し指をおっ立てて片目をパチリと閉じている。
「うん。実はね、それも風の感知能力である程度わかっちゃうのよね~。――半径30メートルくらいかな~。それでグレイウルフと戦った時も近くに来たのが分かったってわけ」
椎名はグレイウルフの接近に誰よりも早く気づいていた。
というかまだ目視できない状況から奴らが来ることが分かっていたようなのだ。
それはつまり目で見えなくとも周りの状況を把握できたということになるのだ。
「そんなことまでできんのかよっ! すげーな!」
工藤は終始瞳をキラキラと輝かせていた。
まるで欲しいおもちゃを与えられた子供だ。
実際そんな感じなのかもしれない。
工藤はゲームとか、ファンタジー世界とか。そういったことが好きなのだ。
「あ~、それでね。話を戻すけど、私がやってることは、魔法みたいなものなのかもしれないけど、村の人達が使ってるのとはちょっと違うかなあって。まあこれってそこまでの根拠はなくて、ただの勘とか、感覚の話でしかないけどね。例えるなら村人は銃に弾を込めて、安全ピンを外してからはい撃ちますっ! て弾丸を撃ってるのに対して、私は弾をそのまま放り投げてる感じかな?」
「え? それって人かゴリラかって話じゃね?」
「……工藤くん? ……マジで……」
工藤のある意味相当的を得ている発言に、椎名の眉間がぴくぴくと痙攣する。
そのまま彼女は徐に工藤に近づき、スッと思いの外流暢な動きでヘッドロックを決めた。
「――う……お……ぎゃああああっっ!! ちょっ、ちょっとっ! まじでっ……まじで痛いって椎名さんっ!? すっごい痛いからあっ!!」
そんな二人のやり取りを若干微笑ましく思いつつ、私は改めて椎名に腰を折った。
「椎名。何にしても明日はやはりお前に頼らざるを得ないようなのだ。すまないが……頼む」
それを見た椎名の動きがピタリと止まる。
「ちょっとそういうのやめてっ! 美奈を助けたい気持ちは皆同じなんだから! 隼人くんっ、不愉快だわっ!」
椎名にしては珍しく怒っているような言い方であった。
いや、というか本当に怒っているのだろう。
確かに美奈が毒に冒された時、一番彼女の近くにいたのは椎名だ。
私達の中でも特に責任を感じているのは分かりきっている。
彼女もきっと、必死なのだ。
ただ、昼間椎名がグレイウルフを倒した後の表情がいつまでも頭から離れないのだ。
工藤の胸で泣きじゃくる椎名の表情が。
こんな女の子にあのような辛い想いをさせることが、私は情けなくて、とても歯がゆいのだ。
「……すまない」
私は絞り出すように謝罪の言葉を述べる。
すると今度は椎名に胸ぐらを掴まれた。
いつになく真剣な表情。そんな彼女の瞳に見据えられて私は思わず言葉を失う。
「隼人くん、いい加減にしないと本気で怒るわよ?」
椎名に凄まれて、彼女の本気の瞳の輝きを見て思う。
どうやら私は言葉を間違えたらしいと。
「――うむ……椎名……悪かっ……いや、ありがとう」
「うむ。それでよしっ!」
私の言葉に満足したように手を放すと、椎名はいつもの笑顔でサムズアップを決めてくれたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
それから部屋に戻って皆が寝静まった後。
私は眠れずに美奈のいるベッドの脇に腰掛け彼女の顔を眺めていた。
もし明日、魔物の巣窟に行って自分が命を落としたら、今日が恐らく一緒にいられる最後の夜になるからだ。
当然のことながら帰還に失敗すれば、美奈を救う事も叶わない。
こんなどうしようもない事を考えても何にもならないとは分かっているのに、それでも嫌でもそんな考えが脳裏を過るのだ。
「ふー……」
私は長いため息を一つついた。こんなため息は一体これで何度目になるのか。
夜の闇はどうしてか人を不安な気持ちにさせる。
「……美奈」
私は彼女の手を握り締めて名前を呼ぶ。
美奈の手はもの凄く熱かった。
額には大粒の汗。相当苦しいのだろう。
私はベッドの脇に備えたタオルを水で濡らし、彼女の頬や額を拭いてやった。
もしかしたら辛い夢でも見ているのかもしれない。
熱を出すと決まって悪夢のような夢を見るものだ。
「……うっ、……は……やと……くん」
「……!」
うなされながらも私の名前を呼ぶ美奈。
胸が、締めつけられる。
痛くて痛くて簡単に挫けてしまいそうになる。
ただ美奈への想いだけが私を何とか思い止まらせ、地に足を着けて立たせている。そんな心持ちだ。
必ず帰って来て、また笑顔で一緒に話すのだ。
私は絶対に、ここへ帰ってくる。
覚悟と決意を胸に、私はゆっくりと横になった。
長かった。今日という一日は。
昨日の夜は何をしていただろうか。
家で、自分の部屋で布団に入って眠っていた筈だ。
まさかあの時、こんな明日がやって来るなど誰が想像出来ただろうか。
ここが何処かも、これからどうすればいいのかも分からない。
元の世界に帰れる時が来るのだろうか。
それとも寝て、目が覚めればいつもの日常に戻ってはいないだろうか。
そんな、今一人で考え込んでもどうしようもないことを考えながらも、段々と瞼は重くなってくるのだ。
無理もない。
こんなに緊張して、こんなに生きようとした一日は今まで経験した事が無いのだから。
結局私は相当疲れていたのだろう。
それから一分と経たずに、深い眠りに落ちてしまったのだった。
凄まじい能力を見せられた後だからか。
そんな彼女の立ち姿が静謐な夜の闇の中で、とても神々しいものに映る。
「魔法……か。うーん……どうなんだろうね。私的には何とも言えないけど、――うん、違う気がする」
「そうなのか?」
「うん。さっきね、ちらっとランタンに光を灯していく村の人達を見てたんだけど、杖を持って、呪文のようなものを唱えてたから。あと光を出す直前に魔法の言葉を言ってたの」
「ほう……、というかそんな所、いつの間に確認していたのだ? ずっと私達と一緒だったではないか」
私は内心驚きながらも、自分で話している最中にその答えにはすぐに辿り着いていた。
椎名はというと得意気に人差し指をおっ立てて片目をパチリと閉じている。
「うん。実はね、それも風の感知能力である程度わかっちゃうのよね~。――半径30メートルくらいかな~。それでグレイウルフと戦った時も近くに来たのが分かったってわけ」
椎名はグレイウルフの接近に誰よりも早く気づいていた。
というかまだ目視できない状況から奴らが来ることが分かっていたようなのだ。
それはつまり目で見えなくとも周りの状況を把握できたということになるのだ。
「そんなことまでできんのかよっ! すげーな!」
工藤は終始瞳をキラキラと輝かせていた。
まるで欲しいおもちゃを与えられた子供だ。
実際そんな感じなのかもしれない。
工藤はゲームとか、ファンタジー世界とか。そういったことが好きなのだ。
「あ~、それでね。話を戻すけど、私がやってることは、魔法みたいなものなのかもしれないけど、村の人達が使ってるのとはちょっと違うかなあって。まあこれってそこまでの根拠はなくて、ただの勘とか、感覚の話でしかないけどね。例えるなら村人は銃に弾を込めて、安全ピンを外してからはい撃ちますっ! て弾丸を撃ってるのに対して、私は弾をそのまま放り投げてる感じかな?」
「え? それって人かゴリラかって話じゃね?」
「……工藤くん? ……マジで……」
工藤のある意味相当的を得ている発言に、椎名の眉間がぴくぴくと痙攣する。
そのまま彼女は徐に工藤に近づき、スッと思いの外流暢な動きでヘッドロックを決めた。
「――う……お……ぎゃああああっっ!! ちょっ、ちょっとっ! まじでっ……まじで痛いって椎名さんっ!? すっごい痛いからあっ!!」
そんな二人のやり取りを若干微笑ましく思いつつ、私は改めて椎名に腰を折った。
「椎名。何にしても明日はやはりお前に頼らざるを得ないようなのだ。すまないが……頼む」
それを見た椎名の動きがピタリと止まる。
「ちょっとそういうのやめてっ! 美奈を助けたい気持ちは皆同じなんだから! 隼人くんっ、不愉快だわっ!」
椎名にしては珍しく怒っているような言い方であった。
いや、というか本当に怒っているのだろう。
確かに美奈が毒に冒された時、一番彼女の近くにいたのは椎名だ。
私達の中でも特に責任を感じているのは分かりきっている。
彼女もきっと、必死なのだ。
ただ、昼間椎名がグレイウルフを倒した後の表情がいつまでも頭から離れないのだ。
工藤の胸で泣きじゃくる椎名の表情が。
こんな女の子にあのような辛い想いをさせることが、私は情けなくて、とても歯がゆいのだ。
「……すまない」
私は絞り出すように謝罪の言葉を述べる。
すると今度は椎名に胸ぐらを掴まれた。
いつになく真剣な表情。そんな彼女の瞳に見据えられて私は思わず言葉を失う。
「隼人くん、いい加減にしないと本気で怒るわよ?」
椎名に凄まれて、彼女の本気の瞳の輝きを見て思う。
どうやら私は言葉を間違えたらしいと。
「――うむ……椎名……悪かっ……いや、ありがとう」
「うむ。それでよしっ!」
私の言葉に満足したように手を放すと、椎名はいつもの笑顔でサムズアップを決めてくれたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
それから部屋に戻って皆が寝静まった後。
私は眠れずに美奈のいるベッドの脇に腰掛け彼女の顔を眺めていた。
もし明日、魔物の巣窟に行って自分が命を落としたら、今日が恐らく一緒にいられる最後の夜になるからだ。
当然のことながら帰還に失敗すれば、美奈を救う事も叶わない。
こんなどうしようもない事を考えても何にもならないとは分かっているのに、それでも嫌でもそんな考えが脳裏を過るのだ。
「ふー……」
私は長いため息を一つついた。こんなため息は一体これで何度目になるのか。
夜の闇はどうしてか人を不安な気持ちにさせる。
「……美奈」
私は彼女の手を握り締めて名前を呼ぶ。
美奈の手はもの凄く熱かった。
額には大粒の汗。相当苦しいのだろう。
私はベッドの脇に備えたタオルを水で濡らし、彼女の頬や額を拭いてやった。
もしかしたら辛い夢でも見ているのかもしれない。
熱を出すと決まって悪夢のような夢を見るものだ。
「……うっ、……は……やと……くん」
「……!」
うなされながらも私の名前を呼ぶ美奈。
胸が、締めつけられる。
痛くて痛くて簡単に挫けてしまいそうになる。
ただ美奈への想いだけが私を何とか思い止まらせ、地に足を着けて立たせている。そんな心持ちだ。
必ず帰って来て、また笑顔で一緒に話すのだ。
私は絶対に、ここへ帰ってくる。
覚悟と決意を胸に、私はゆっくりと横になった。
長かった。今日という一日は。
昨日の夜は何をしていただろうか。
家で、自分の部屋で布団に入って眠っていた筈だ。
まさかあの時、こんな明日がやって来るなど誰が想像出来ただろうか。
ここが何処かも、これからどうすればいいのかも分からない。
元の世界に帰れる時が来るのだろうか。
それとも寝て、目が覚めればいつもの日常に戻ってはいないだろうか。
そんな、今一人で考え込んでもどうしようもないことを考えながらも、段々と瞼は重くなってくるのだ。
無理もない。
こんなに緊張して、こんなに生きようとした一日は今まで経験した事が無いのだから。
結局私は相当疲れていたのだろう。
それから一分と経たずに、深い眠りに落ちてしまったのだった。